第39話 エリーちゃん
「アンナリーザちゃん、今日の試合で勝ったそうですわね」
「え、ええ……」
私の手を握りながら、ニコニコとローレッタが言う。
「なら、次の第二試合の対戦相手はエリックですわ。どちらが勝っても、これで二人は面識を持ちます」
「まあ、そうね」
「そこで、実は親同士が学院の同期生だと明かして、その日の夕方母親二人、子ども二人で一緒に夕食を食べましょう」
既にローレッタの中ではどうやってエリック君に挫折を味あわせるかの計画は出来上がっているらしい。
「すると、どうなるの?」
「私がレーナの学生時代の事を褒めちぎります。エリックは負けず嫌いなので必ずあなたにつっかかりにいくでしょう。そうしたら、私が勝負を用意するので、レーナが圧勝してください」
「……大人気なくない?」
本当に大人気ない。
ローレッタは名案だろうというような顔をしているけれど、子供との勝負に本気になってその子を挫折させるとか、色々大人としていかがなものかと思う。
「それでいいのですわ。親族の人間がエリックと勝負する時は、本人が挫折しないようにいつも手加減してギリギリ勝てるか勝てないかの勝負を演出するのが暗黙の了解になっていますけれど、レーナにそれは関係ないですもの」
圧倒的な力を見せ付けられて、絶対にかなわないと思うと、確かに心が折れてしまうだろうから、本人のやる気を維持する為にもそのやり方はいいと思う。
ただ、それを親族全員でやった結果、エリック君が調子に乗ってしまっているのではないか、というのをローレッタは心配しているのだろう。
確かに、悪い事をしても誰も叱ってくれる大人がいない状態というのは危険かもしれないけれど。
「つまり、一度完全敗北を味あわせてから、エリック君に奮起して欲しいって事?」
「その通りですわ!」
ローレッタは私の言葉に大きく頷く。
「そんなに上手くいくかしら……」
「我がアッシュベリー家がドラゴンを従えるより先にドラゴンを使い魔にしたレーナなら、それだけでエリックも対抗心を燃やすはずですし、効果絶大ですわ!」
……まあ、私が恥をかくだけで一人の子供の成長を促す事ができるのなら、それもいいかもしれない。
それに、こうしてアッシュベリー家次期当主であるローレッタに恩を売っておけば、将来的にアンナリーザが何か問題を起こした時も協力してくれるだろう。
「僕は話し合う事が大事だと思うな。逃げられないように手を握ったり両肩を持ったりした後、ちゃんと目を見て、相手を怒らせないように言い方に気をつけながら優しく自分の気持ちを話したらいいと思うんだ」
「むしろ、決闘してお互いの力をぶつけ合い、上下関係をはっきりさせる事が解決に繋がると私は思うのですが……」
「二人共何の話してるの?」
家に帰れば、ニコラスとクリスがアンナリーザと何か話していた。
「あ、ママ、今ニコとクリスにケンカした友達とどうやったら仲直りできるか聞いてたの」
「二人共明らかに違う趣旨のアドバイスしてなかった!?」
アンナリーザが私に抱きつきながら説明してくれるけど、クリスのは自分に気のある不機嫌な女の子を丸め込む方法で、ニコラスのは意見の対立する相手を力でねじ伏せる方法ではないだろうか。
どちらも子供のケンカの仲直りには不適切だ。
「じゃあ、ママはどうやったら仲直りできると思う?」
「そうねえ、まず、どうしてそんな事になったのかしら? というか、お友達ができたの?」
とりあえず私はアンナリーザに事情を尋ねてみる。
「うん、エリーとは五次試験が終った後のお休みの時に初めて会って、それから昨日まで毎日遊んでたの。でも昨日怒らせちゃったみたいで、今日はいつもの場所に行ってもいなかったの……」
しょんぼりした様子でアンナリーザはうつむく。
どうやらエリーちゃんと言うらしい。
「……エリーちゃんは、アンと同じくらいの年頃の子? 何して遊んでたの?」
「そうだよ! えっとね、空を飛ぶ競争とか、かけっことか、木のぼりとか、虫取り競争とかしたよ!」
アンナリーザの言葉に私は戦慄した。
ボードゲームやカードゲームなど、家の中で遊ぶような大人しい遊びならまだしも、外で身体を使うような遊びをして、八歳前後の子供がアンナリーザについていける訳が無い。
飛行魔法を使えるという事は、エリーちゃんはある程度魔術の心得のある子なのかもしれないけれど、もう大人の私でさえアンナリーザの全力の遊びについていくのはかなりきつい。
「えーっと、エリーちゃんはその競争でアンにどれか一つでも勝った事あるの?」
「全部私の勝ちだったよ!」
恐る恐る私が尋ねてみれば、予想した通りの答えが返ってきた。
「……それ、エリーちゃんは途中でもうやだとか帰りたいとか言ってなかった?」
「いつも悔しがってもう一回って言ってたよ?」
「そ、そう……」
どうやらエリーちゃんは随分と負けず嫌いなタイプだったらしい。
「昨日はエリーの描いた召喚魔法の魔法陣が間違ってたから、私そこ間違ってるよって教えたの。そしたらエリーが顔が真っ赤になった後泣き出して帰っちゃったの。私何か悪い事しちゃったのかなあ?」
今でも何が悪かったのかわからない。という様子でアンナリーザは首を傾げる。
……普通なら、アンナリーザくらいの年頃で、複雑な召喚魔法用の魔法陣を描ける子なんて滅多にいない。
エリーちゃんは同世代の中では比較的優秀な子だったのかもしれない。
きっと、エリーちゃんは何をやっても負かされてばかりのアンナリーザに、得意分野で勝ちたかったのだろう。
「……アンナリーザは悪い事してないけれど、もうエリーちゃんとは会わない方がいいかもしれないわ。お互い悪い事をしていなくても、相性が合わない事ってあるもの」
私も昔はよく、意図せず誰かのプライドを傷つけてしまって人間関係にヒビを入れてしまうことが多々あった。
けれど、それはどうしようもない場合もある。
今回のアンナリーザの場合だってそうだ。
そんな時はもう、お互いに距離を取って無理に付き合わないようにするのが一番平和なのだ。
「え、でもエリーとは次の試合で会うよ?」
「へ?」
アンナリーザの言葉に、私は固まる。
「でも、次の試合相手の名前は、エリック・ジーン・アッシュベリーって書いてあるけど……」
配られたトーナメントの対戦表を見ながら、不思議そうにクリスがアンナリーザに尋ねる。
「そんな感じの長い名前だけど、覚えにくいからエリーって呼ぶことにしたの!」
にっこりとアンナリーザが笑う。
「エリーだと女の子の名前じゃない……」
「僕達もエリーって言うからてっきり相手は女の子だと思ってたんだけど……」
「おや、実際はアンに寄ってきた悪い虫が自滅しただけでしたか」
私がため息混じりに呟けば、クリスやニコラスも相手を女の子と思っていたようで驚いていた。
「競争でどう呼ぶか勝った方が決める事にしてて、私が勝ったからエリーでいいってことになったの!」
「……もしかして、勝負の度に何か勝った方の言う事を聞くみたいな事やってたの?」
「うん! 一回目はエリーの呼び方決めて、二回目は私の呼び方! 三回目からは次に何をして遊ぶか勝った方が決める事になってるの!」
「そ、そう……」
……私が動くまでもなく、アンナリーザによって既にエリック君は十分挫折を味わっている気がする。
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