第38話 変な事になってきた

「そういえば最近、人を獣人にする商いを始めたそうですわね」

 紅茶を一口飲んでからローレッタが私に尋ねる。

「ええ、成り行きで」

 私は彼女の言葉に頷きながら、最近の私、成り行きでとんでもない事になり過ぎじゃないだろうかと思う。


「色々と大丈夫ですの? あなたの母親であるブリジッタさんは、その獣人化魔術を考案したジャック・ギランを学会から追放するよう周囲に働きかけた張本人なんですわよ?」

 心配するようにローレッタが言う。

 ずいぶんと詳しいけれど、ローレッタはどこまで知っているのだろうか。


「娘のアンナリーザは、前にジャックが騒ぎを起こした時に獣人にされたのだけれど、本人が気に入っちゃってそのままにしてるの。母は本人のいない所ではさっさとアンナリーザを元に戻せって言ってくるわ」

「知ってますわ、六次試験で猫の獣人になっていたあの子ですわね」

「ええ。母は嫌みたいだけれど、私自身は獣人化は本人が納得してるなら別に好きにすればいいんじゃないかって思うのだけれど」


 だって、親子と言っても所詮は他人だ。

 母は私じゃないし、私はアンナリーザじゃない。

 お互いの考えや感じる事は全然違うし、それを否定する気は無い。


 ただ、私はアンナリーザの保護者だから、アンナリーザの意思や希望は出来る限り尊重してあげたいし、母の主張や感覚も否定はしないけれど共感は出来ないし、無理にその考えに合わせるつもりも無い。


「……レーナ、あなたの主義主張にとやかく言うつもりはないけれど、あまり行き過ぎると親子間の不和に繋がるし、お母様の立場を考えると、獣人化云々での衝突は避けた方がいいと思いますわ」

 ローレッタの言う事も最もではあるけれど、『お母さんがダメって言うから、嫌がるからやめる』というのもなんか納得いかない。


「確かに、私が今やってる事を母が知ってもいい顔はされないでしょうね……その忠告憶えておくわ」

 言いながら私はケーキに手を付ける。


「そういえば、ローレッタは娘さんと息子さんが一人ずついたわよね、元気?」

 話題を変えたくて、私はローレッタの子供の事を思い出す。

 同じ地元に住んでいても、学院を卒業してからはめっきり会わなくなってしまったので、前に一度だけ会った事のあるローレッタの二人の子供達の顔や姿もかなりおぼろげだ。


「元気ですわ。あなたがこの町から姿を消した後、すぐに三人目が生まれて、その息子も今回の最終試験に残ってますのよ」

「ふーん、じゃあ息子さんって九歳くらい? うちの娘が八歳だから近いわね」

「そうですわ。今年が初めての受験ですの」


 全然知らなかった。

 でも、私が町を出ようと決心した時も挨拶に行ったわけじゃないし、その時点でもう何年か顔を見てなかったような気もするので、そんなものだろう。


「じゃあうちと同じね」

「息子は、生まれた頃から高い魔術適性を持ってましたの。物心つく前から独学で魔法を使えて、周りの人間はかなり息子に期待してましたの……」

 話だけ聞くと、まるで自慢のようだけれど、ローレッタの声と表情はなぜか暗い。


「まあ、そんなに将来有望ならそうなるでしょうね」

「でも、兄弟から祖父母に至るまで、周りがあまりにも息子を、エリックを猫可愛がりするせいで……今では小さな暴君のようになってますの……」

「あ、それすごくわかる……!」


 私はすぐにローレッタのまとうどこか陰鬱な気配の正体に気づいた。

 どうやら彼女は現在私と結構近い苦労をしているらしい。

 子供が優秀なのは嬉しい。けれど、優秀すぎるのも考え物なのだ。

 特に周囲が子供の優秀さばかりに目を向けて大抵の事が許される環境が整ってしまっている場合は特に。


「やっぱりレーナもそうですのね!? 六次試験で娘さんを見た時、なんとなくそんな気がしてましたの!」

「まあ、うちも私の母が孫馬鹿ではあるけれど、ローレッタのところは家中の人間が猫可愛がりなら余計に大変そうね」

 どうやらローレッタも私に同類の気配を感じていたらしい。


「家中どころか、親族全体で猫可愛がり状態ですわ……先日品評会用に作成したグリフォンがいつの間にかエリックの使い魔にされてしまったのですが、周りの人間もエリックの勝手な行動をほとんど咎める事も無く、むしろまだ十歳だというのに気性の荒いグリフォンを手懐けた事を賞賛する有様ですわ」


 せきを切ったようにローレッタが愚痴を垂れ流す。

 安心して愚痴を話せる相手が今まで周りにいなかったのだろう。

「……まあ、子供の将来の事を思えばこそ、その辺の教育は必要よね」

 ローレッタの言葉に、自分もちょっと反省しつつ、私は彼女の言葉に同意する。


「その通りですわ! このままではエリックは能力は高くても鼻持ちならない、親族以外からは煙たがられるような人間に育ってしまいますわ!」

「そ、そうよね、甘やかしてばかりじゃダメよね……」


 確かに、アンナリーザの事を考えれば、あんまり甘やかしてばかりではいけないのかもしれない。

 ……わかってはいる。

 わかってはいるのだ。


「私はエリックに、思慮深く周りを思いやれるような人間になって欲しいと考えていますわ。人と接するのも使い魔と接するのも独りよがりではなくちゃんとお互いに意思疎通を取り合う事が信頼に繋がりますのに……」

「で、ですよねー……」

 思った以上にローレッタが子育てにしっかりした信念を持っていて、非常に耳が痛い。


「ですから、エリックはそろそろ一度外の世界に出て、その鼻っ柱を折られた方が良いと思っていますの。大人になってからでは致命傷になりかねませんが、まだ子供のうちなら傷の治りも早いですもの」

「なるほど、それでの魔法学院受験なのね」

 確かに、最難関と言われるの魔術学院の受験というのなら、一番手っ取り早く挫折を味わえそうだ。


「そのつもりだったのですが、一昨日エリックの初戦を見て、もしかしたらこのまま上位八人に食い込んで合格してしまうかもしれないと思いました」

 けれど、事はそう簡単にはいかないらしい。

 思った以上にエリック君は優秀なようだ。


「……まあ、私が合格したのも十歳の時だったし、日々ちゃんと勉強と鍛錬をしていれば、不可能ではないわよね」

 頭を抱えるローレッタに、私はフォローになってるかわからないようなフォローをする。


「ええ。実際息子は周りがとても褒めるので、魔術の勉強や習得にはとても積極的ですわ。周りも息子にせがまれるがままに勉強を教えたり魔法の練習に付き合ってしまいますし、そういう意味ではとても良い環境かもしれません」

「そ、そうなのね……」

 確かにそれは理想的な学習環境なのかもしれない。


「ただ、間違った事をしても叱る人間が私しかいないのが問題で、周りもいつも息子の味方をするせいであの子は私が叱ってもあまり反省しませんわ」

「確かに、それは問題ね……」

 家族が全員私の母のような状態と考えると、なんとなくその状況にも納得できてしまう。


「……レーナ、一つお願いがあるのですが、一回息子の鼻っ柱を折ってやって欲しいんですの」

「へ!?」

「あの子は一回外の世界で痛い目を見た方がいいのですわ! お願いです、私とエリックを助けると思って!」

 席を立ったローレッタが私の前までやって来て私の手を握って懇願してくる。


 なんか変な事になってきた。

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