第32話 お持ち帰り

「じゃあ、あの木まで誰が一番速く着けるか競争ね! 飛んでも走ってもいいよ!」

 森の中でも一際高い木を指差してアンナリーザは、言う。

 早速遊ぶつもりのようだ。


「それじゃあ皆位置について~」

 自分はもう飛行魔法をかけたロッドに乗っかって準備万端な様子でアンナリーザは私達に声をかける。

 ……まだ競争するとも遊ぶとも言ってないのだけど。


「多分、私が飛ぶと一瞬で勝負が付いてしまうと思うのですが……」

「大丈夫! 私速いから!」

 のそのそと穴から出てきたニコラスが言えば、アンナリーザは得意気に胸を張る。

 もう競争する事は決定事項らしい。


「それじゃあ行くよ! よーい、どん!」

 アンナリーザがそう言った直後、辺りに突風がふいた。

 ものすごい速さで飛んで行くアンナリーザと、それに引けをとらない速さで飛んで行くニコラスが羽ばたいた影響らしい。


 気が付くと、既に二人はかなり離れているはずの木のすぐ側まで行っていた。

「ダリアちゃんにアンナリーザを会わせたのは失敗だったわね……」

「ダリアちゃんって?」

「私の妹の子供なんだけど、今年の飛行レースで優勝した子なのよ。アンナリーザはその子に飛行魔法を教わったの」


 もう既に勝負は見えているので、私はロッドの後ろにクリスを乗せて、疲れない程度の速さでゴールの木の元へと世間話をしながら向かう。


 木のふもとに着けば、暇だったのか獣人の姿になってニコラスと戯れているアンナリーザの姿があった。

「ママ達おそーい!」

「仕方が無いですよ、私達が速すぎるのです」

 ちなみに、先程のレースはアンナリーザが一番だったらしい。


「今度は木のぼり! この木の上に一番早く木のてっぺんに行った人が勝ち! あ、飛ぶのは禁止だよ!」

 そして、息つく暇も無く、次の種目をアンナリーザが提案する。


 幹が太く、一軒屋がすっぽり納まる程の太さで、上を見上げるのにも首が痛くなってしまう程のこの大木は、しばらくは手や足を引っ掛けられそうな手ごろな枝もくぼみや出っ張りも無い。

 これを普通にのぼるのは大変そうだ。


「じゃあ開始ね、よーいどん!」

 言うが早いか、アンナリーザは獣人の姿になると、木の幹に思いっきりジャンプして飛びつき幹に爪を立ててするするとのぼっていく。


「木のぼりなんて、久しぶりだなあ」

 クリスはそう言いながら、ガントレットや足の装備をガチャガチャといじった後、さくさくと木をのぼっていった。

 どうやら腕や足にそれ用の装備を着けていたようだ。


 駆け出し冒険者の頃には需要のある木の実やきのこなどを採集して売買するタイプの依頼がランク的には多いので、その時の装備なのだろう。


「それにしても、ニコラスはともかく、クリスがこんなにアンの遊びに付き合ってくれるとは思わなかったわ」

「だって、あんまりやられっぱなしというのもかっこ悪いし……」

 重力操作魔法を使って、木の上を歩くようにのぼっていきながらクリスに話しかけると、クリスはちょっともじもじした様子でチラリと下にいるニコラスを見てから言った。


 ちなみにニコラスは自力で飛べるせいか木に登るという習慣が無かったようで、人間位の大きさのドラゴンに化けたり、アンナリーザやクリスの姿に化けて木をのぼろうとしては失敗している。


「というか、相手ドラゴンだけどいいの?」

「でも、人間に化けた姿とかかっこいいし、紳士的だし、強いし……」

「アンナリーザに手を出されるよりはマシだけど、偽装結婚の話はどうなるのよ?」

「もういっそ、四人で暮らさない?」

「なんでそうなるのよ……」


 私達がそんな事を話しながらのぼっていると、もう頂上までのぼったらしいアンナリーザが、自分が一番だなんだと叫んでいるのが聞えた。


 それから私達は、日が暮れるまでアンナリーザに付き合わされる事になった。

 かけっこ、川遊び、障害物競走、木の実あつめ……。

 意外だったのは、クリスがなんだかんだでアンナリーザやニコラスのペースについていけていた事だった。


 騎士という、日常的にかなり体力を使う職業についているのもあるかもしれない。

 一方私は魔法で出来るだけ楽をしたはずなのに、夕方になる頃にはヘトヘトだった。


「ママー、おなかすいた~」

 日が暮れかけた頃、流石のアンナリーザも遊び疲れたのか、眠そうに私にくっついてきた。

「じゃあ、今日はそろそろお開きにしましょうか」


 やっと解放される!


 心の中で安堵しつつ、そう提案すれば、アンナリーザは私の言葉に頷きつつ、隣にいたニコラスを見上げた。

「ニコもおいでよ、一緒にご飯食べよう?」


 キラキラと目を輝かせながらアンナリーザが言う。

「いや、気持ちは嬉しいですが……」

 ニコラスは複雑そうな顔で私の方を見る。


「人間と同じ位の量しか出せないけど、それで良いなら来ればいいわ」

「では、ご相伴に預かります」

 照れ臭そうにニコラスは笑った。


 それから私達は人間に化けたニコラスを連れて、転移魔法で家へと帰った。

 今朝買って来たパンに、作り置きのスープがあったので、後は適当にサラダを作って保存食を並べておけばいいので準備は楽なのだ。


「ねえねえ、ニコといると楽しいでしょう? パパになってもらおうよ~」

 夕食を食べながら、アンナリーザは相変わらずニコラスを父親にしようと推してくる。


「でもニコラスは、アンと結婚したいらしいわよ?」

「私?」

 不思議そうにアンナリーザは首を傾げる。

 そろそろ父親だとか、結婚について、アンナリーザにちゃんと教えておかなければならないだろう。

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