第33話 レーナは納得いかない

「うーん、ママが何を言っているのかよくわかんないけど、ママはニコが私のパパになるの、嫌?」

「アンは、どんなパパが欲しいのだったかしら?」

「私といっぱい遊んでくれて、私よりママと仲良くならないパパ!」

 私が尋ねれば、アンナリーザは元気よく答える。


「それは、パパって言わないのよ」

「違うの?」

「ええ。パパっていうのは、ママの旦那さんの事だから」

「旦那さんって?」


 未知の単語が出て来たとばかりにアンナリーザは眉を寄せて聞き返してくる。

 やっぱり、根本的に父親というものを理解していないらしい。


「要するにね、パパっていうのは、ママの事が好きで、ママと結婚するからパパになるの。だから、パパの一番好きな人はママだし、アンはどう頑張っても二番目なのよ」

 できるだけ、アンナリーザにも理解しやすいように噛み砕いて説明する。


「じゃあ、パパが出来たらママの一番も私じゃなくなっちゃうの!?」

 途端にアンナリーザが不安そうな顔になって、胸が締め付けられる。

 ……そういえば、私も子供の頃、母が新しい男を連れてくる度にそう思っては不安になったものだ。


「ならないわよ。その辺は人によるだろうけれど、私の一番はパパが出来てもずっとアンよ」

 だから、嘘でもアンナリーザよりも、結婚相手の方が好きだなんて言えなかった。

「……本当?」


 隣の席に座るアンナリーザが、泣きそうな顔をしながら私を見上げて来る。

 こんな聞かれ方をして、嘘だなんて言える訳がない。

「ええ、本当よ。アンナリーザが今一番好きなのはだあれ?」

「ママだよ!」

 頭を撫でながら尋ねれば、アンナリーザは元気よく私に抱きついてくる。


「でもね、もし将来アンナリーザがママより好きな人が出来たとするでしょう? そしてその人もアンナリーザの事が一番好きって言ってくれて、二人が家族になったら、その事を結婚って言うのよ」

「そんな事あるの?」

「もしかしたら、あるかもね」

 抱きついてきたアンナリーザの背中をさすりながら私が言えば、不思議そうな顔が私を見上げてきた。


「それで今、ニコラスはアンの事が一番好きだから結婚したいって言ってるんだけど、アンはどうしたい?」

「うーん、ニコの事は好きだけどママの方が好きだから結婚は出来ない!」

「ニコラス、これがアンの答えよ」

 少し考える素振りを見せた後、しっかりと答えを出したアンナリーザに安堵しつつ、私はニコラスの方を見る。


「なるほど、ふられてしまいましたか……」

 意外にも、ニコラスはあっさりとアンナリーザの答えを受け入れた。

 一応決闘での負けは認めていたし、このまま大人しく引き下がってくれるだろうか。


「ねえ、ママは、おばあちゃんよりもクリスが好きだから結婚するの?」

「まあ、そうなるわね」

 アンナリーザの質問に、私は頷く。


「じゃあ、おばあちゃんとニコだとどっちが好き?」

「んん? 何を言っているのかしら?」

 あれ? なんで今、その質問が出てくるんだろう。


「私はニコと結婚できないけど、ママがニコとも結婚したらパパが二人になるから私も嬉しい!」

「いやいやいや、ニコラスさんは別に私の事が好きな訳じゃないから」

 何か、話がおかしな方向へ向かっている。


「いえ、今日一日共に過ごして観察した結果、私はあなたを好ましく思います。私の種類のドラゴンは基本つがいを作りますが、親族同士や一夫多妻、一妻多夫などの形態で群れを作るドラゴンもいますので、その辺は希望があれば合わせましょう」


「そういう気遣いは要りませんから!」

 そして、ニコラスまでおかしな事を言い出した。


「まあまあ、そういう事なら後十年はアンナリーザちゃんに手を出さない事を条件に、これから四人で暮らすと言うのはどうでしょう?」

「クリス!?」

 一つ屋根の下で一緒に暮らしたら自分にもチャンスがあるとか考えてるでしょう!


「私は、もしかしたらあなたはレーナさんやその娘の正体に気づかず一緒にいるのではと思っていました。そして、もし本当の事を知ったらこの親子から離れて行くのではないか、という期待も持っていました。けれど、今日の戦闘や、今の言葉でわかりました。あなたは随分と器の大きい人らしい」


 ニコラスが、クリスに感心したように言った。

 ダメだ。

 もう四人で暮らす方向で話がまとまりかけている。


「獣人でも人間でも、レーナはレーナですし、アンナリーザちゃんもアンナリーザちゃんです」

「……そもそも、私は人間だし、アンナリーザも元は人間ですから」

「元人間……?」


 不思議そうに首を傾げるニコラスに、私はつい最近起こった獣人騒ぎの事を端的に話した。

「そんな事が……まさか自らの種族まで書き換えられる程までに魔術が進歩していたなんて……」

「だから別に人間社会に溶け込んでたって普通なのよ。人間なんだから」

 誤解が解けたところで、私は大きなため息をついた。


「もし、あなたがどうしても私達と一緒に暮らしたいと言うのなら、条件があるわ」

「条件?」

 ニコラスが首を傾げる。


「私と使役術式による契約を結んで、私の使い魔になるなら、あなたを家族として受け入れるわ。アンを狙うドラゴンを野放しにする位なら、この方がまだマシだわ」

 アンナリーザもクリスも同居に前向き過ぎて、これ以上反対しても私が悪者になりそうだったので、私は妥協案を出す。


「使役術式による契約が結ばれていれば、あなたの生殺与奪の権限を私が握る事になるし、魔術的段取りを踏んだ命令なら、絶対に服従させるだけの力がある。あなたに残るのは、せいぜい私の命令をきいて生きるか、逆らって死ぬか程度の自由しか残らない」


 つまり、ニコラスは私に逆らえなくなるので、正式な手順を踏んで命令すれば、アンナリーザに手を出せなくなる。

「わかりました。レーナの使い魔になりましょう」

「……案外あっさり受け入れるのね」


 もっと渋るかと思ったけれど、ニコラスはあっさりと受け入れた。

 ドラゴン程の高位な魔物なら、自力で契約魔法を跳ね除けられる上に、元々気位の高い種族なので、なんとか契約できても命令に背いて自害という話をよく聞く。


 というか、そんな重大な決断をそんなあっさりする!?


「弱い者が強い者に従うのは道理ですからね……あなた、手を抜いていたでしょう。自分一人でも私に十分勝てる力を持っていながら、魔力消費を抑えるために彼を使いましたね」

「バレてたのね」


 だって、一応魔力の蓄えはあるけど、できれば使いたくない。

 まあ、途中からはそんな事も言ってられなくなってしまったけれど。


「あんなあからさまな負け方をすれば、気が付かない方がおかしいです。それに、言ったでしょう? 希望があるなら群れの形態は合わせるし、私はアンと家族になりたいのです」

「まあ、あなたがそれでいいのなら契約成立ね」


 私が右手を差し出せば、ニコラスも私の手を握り返す。

「これからよろしくお願いします。レーナやクリスと家族になるのも楽しそうです」

 こうして、私の家に家族がもう一人増えた。




「そういえば、クリスはアンナリーザが急に獣人になっても驚かなかったわね」

 ニコラスとの正式な契約を済ませて、物置になっていた部屋の整理をしながら私はクリスに話しかけた。

 ちなみにニコラスにはアンナリーザの部屋でアンナリーザの面倒を見てもらっている。


「まあ、僕はアンナリーザちゃんの出自を知ってるからね。僕は魔術には詳しくはないけれど、そういう事もあるのかなと思って」


 確かに、魔術に詳しくない人間の方が、最初からアンナリーザがホムンクルスと知っているのなら、多少人間離れした所があっても逆にそんなものかと思えるのかもしれない。


「……というか、ニコラスはドラゴンだけど、本当にクリス的にはアリなの?」

 ニコラスを恋する乙女のような目で見ていたクリスに、改めて私は尋ねてみる。


「え? だってかっこよくて紳士的で、僕より強いって事の方が重要だし。それに僕、ドラゴンと生贄にされた女の子のロマンスを描いた小説とか、結構好きだったんだ」

「ああ、そう……」

 さらっと普通に答えるクリスに、私はもうそれ以上深く尋ねる気は起きなかった。




「レーナ~母さんが遊びにきたわよぉ~…………増えてる……」

 翌朝、私とクリスの事を探りに来たらしい母が我が家にやって来た。


「ア、アンちゃん? そちらの方は……?」

「パパだよ!」

「パパ!? じゃあクリス君は!?」

「クリスもパパだよ! 二人共私のパパになったの!」

「え……」


 戸惑った様子の母に、アンナリーザは元気よく説明する。

「いや、これには訳が……」 

 私が釈明しようとした瞬間、ニコラスは立ち上がって母に深々と頭を下げた。

「初めまして、ニコラスと申します。この度この家の新たな家族になりました」


「クリス君はそれでいいの!?」

 ニコラスの家族になりました発言に、驚いたように母はクリスを見る。

「はい。色々ありましたけど、家族の形も一つじゃないと思うんです」

 一方クリスはクリスで、にこやかに返す。

 違う。今言うべき事はそうじゃない。


「レーナ、あなた……もう少し誠実に生きた方がいいんじゃない……?」

 心底ドン引きした様子で母が言う。

 まさか、母にこんな反応をされる日が来るとは思っても見なかった。


「違うわ、ニコラスは私の使い魔よ」

「えっと、それはそういうプレイ……」

「違うから!」


 その後、実際にニコラスの正体を母に見せて彼の正体を説明したけれど、ニコラスが普段は人に化けているせいで、町中に私が娘公認で男を二人囲っているらしいという噂が広まってしまった。


 ニコラスの正体を明かして彼は使い魔だと説明しても、

「ドラゴンがそうまでして人間と一緒に居たがるなんてそれはもう……」

「家族になりたがってたから使い魔にしたって……」

「惚れた弱みに付け込んで……」

 などと、なぜか私が悪女みたいな扱いを受けてしまって納得がいかない。


「クリス様はその女に騙されているのです! 私ならもっとあなたを幸せにできます!」

「ごめんね。僕の幸せは今ここにあるから」

「そんな……! 目を覚ましてくださいクリス様!」

 そして、私は昔以上にしょっちゅうクリスの修羅場に巻き込まれるようになった。


 納得がいかない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る