第29話 彼の正体

 アンナリーザがニコラスさんに家まで送ってもらった翌日、私はある事に気づいた。

「そういえば昨日、魔力を使い果たしたって事は、ニコラスさんに会った時、獣人の姿だったんじゃないの?」


 獣人の姿を見た人は、びっくりしてアンナリーザを怖がってしまうかもしれないから、人前では獣人の姿にはならない。

 それが私がアンナリーザが獣人の姿のままがいいと言いだした時に私がアンナリーザに出した条件だ。


「で、でも、ニコはびっくりしないで助けてくれたよ?」

 アンナリーザは私の言葉に一瞬ビクリと肩を震わせた後、弁解するように私に言った。

 つまり、ニコラスさんと会った時、やっぱりアンナリーザは獣人の姿だったらしい。


 昨日の話だとアンナリーザはニコラスさんに夕食をご馳走になったりしたらしいので、人間の姿で戻ってきたのはその間に人間の姿に化けるだけの魔力は回復したのだろう。


 森の中で獣人姿でいたら魔物だと勘違いされて退治されたりしてもおかしくないのに、なぜ、ニコラスさんはあんなに親切に対応してくれたのだろう?


 その日はアンナリーザの勉強は自習にして、私はその間に手土産の準備をしたり、いつもよりちゃんとした服を着て薄化粧をしたりといつもより念入りに身だしなみを整えた。

 私の準備ができた後は、アンナリーザの自習も切り上げさせて、いつもよりも少し良い服を着せる。


「えへー可愛い?」

「ええ、可愛いわよ」

 いつもとは違うフリルやリボンをあしらった可愛らしい服に、アンナリーザはくるりと一回転した後、目を輝かせてアンナリーザが尋ねてくるので、頭を撫でながら頷く。


「この服、アンネみたいで可愛い」

「ああ、あの本の猫さん?」

「もっと普段からこういう服着たいなー」

 スカートの裾を自分で持ってヒラヒラさせながらねだるようにアンナリーザが言う。


「可愛い服着ても、アンはすぐに汚すでしょう? 洗濯が大変だし、こういう装飾が多い服はすぐ木の枝に引っ掛けたりするからダメよ」

「むー……ママのケチんぼ」

 アンナリーザは不服そうだけど、実際毎日のように服を汚して帰ってくるので仕方が無い。


 そうこうしているうちに、玄関のドアがノックされる音が聞えた。

 きっとクリスだろうと思ってドアを開けた私は、思わず固まる。

 そこに立っていたのは、戦場に出るような鎧を着て、腰には立派な剣がぶら下げてたクリスだった。


 でも、なぜ完全武装しているのか。


「え? これから魔物でも狩りに行くの?」

「いやあ、何を着て行こうか迷ったんだけど、やっぱりこれが僕の正装だから」

「いやいやいやいや……」


 照れたように言っているけど、一応お呼ばれの席で完全武装とかダメでしょ。

「でも、道中魔物や野党に襲われるかも!」

「一応飛行魔法で向かう予定だから大丈夫だと思うけど……とりあえず、その剣とか甲冑とかは私が預かっとくわ」


 言いながら私はクリスの装備に転送用の魔法陣を小さく書いていく。

「なにこれ?」

「この転送用の魔法陣を描いた物は、描いた術者が任意の場所に転送する事が出来るのよ。水溶性のインクで描いたから、後で濡らした布で拭けば落ちるわ」


 この転送魔法はその魔法陣を描いた術者しか使用できないし、描かれた魔法陣が消えたら転送できない。

 だけど、よく使う道具等に魔法陣を描いておけば、いつでも必要な時に手元に出せるのでとても便利だ。

 私のロッドにもこの魔法陣が彫ってある。


 装備全てに魔法陣を描き終わった後は、転移魔法で装備をまとめて”ストルハウス”に送る。

「道中で必要になったらすぐにでもまた着せてあげるわ」

「うわっ、ホントに一瞬で消えた! ……その、ちゃんと返してね?」

「もちろんよ、私が持ってても意味の無いものだし……どうしたのよ、アン」


 気が付くと、私のすぐ隣でアンナリーザはクリスを凝視していた。

 先程までの私とクリスの一連のやり取りを見ていたらしい。


「ママ! 私良い事思いついた! 服に全部転移魔法の刺繍をしたら一瞬で着替えられるよ!」

 アンナリーザは目を輝かせながら言う。

「服くらい自分で着なさいよ……まあその刺繍をぜんぶアンが自分でやるなら好きにすればいいけれど」

「え、やだ」

「じゃあこの話はこれで終わりよ」


 アンナリーザと話しながら、私は自宅から絨毯を転移魔法で出して飛行魔法をかける。

 前の家で使っていた物で、今は物置にしまわれている品だけれど、大人数で移動するには便利だ。

 家の周りに結界魔法を張り、絨毯にアンナリーザもクリスも乗って、手土産も持った事を確認した私は、早速絨毯の高度を上げる。


「ついてきてもいいけど、ママの一番は私なんだからね!」

絨毯が町を見渡せる位の高さまで上がった所で、アンナリーザがクリスに突っかかった。

「そっか、アンナリーザちゃんはママが大好きなんだね。じゃあ二番目ならいい?」

 一方クリスはニコニコしながらアンナリーザに話しかける。


「だっ、ダメ! 二番目はニコになるの!」

 ニコラスさんとは昨日初めてあったのだけれど、いつの間にかアンナリーザの次に好きになる事を義務づけられてしまった。


「なら三番目は?」

「……三番目ならいいよ!」

「わあ! ありがとう」


 そしていつの間にか二人が打ち解けてしまったのだけれど、勝手に好きな人ランキングを作られてしまった私は蚊帳の外だ。


「……それで、ニコラスさんの家ってどっちなの?」

「あっちだよ~」

 気を取り直してアンナリーザにニコラスさんの家の方角を尋ねれば、西の方角を指差すので、そちらに進む。


「あの森の奥の山を越えたらもっと大きな森があるんだけどね、ニコはそこにある洞窟に住んでるんだよ~」

 はしゃいだ様子でアンナリーザが話す。

 まさかとは思っていたけれど、やっぱり暗がりの森に行っていたらしい。


 暗がりの森は、背の高い樹木は生い茂って昼間でも薄暗く、洞穴や岩山がそこかしこに点在している、樹海と呼ぶにふさわしい巨大な森だ。

 私も数えるくらいしか足を踏み入れた事は無いけれど、あんな場所を子供が一人さ迷うなんて、自殺行為以外の何ものでもない。


 魔力を使い果たしたアンナリーザが魔物に出くわすよりも先にニコラスさんに保護してもらえたのは、本当に運が良かったと思う。


 ニコラスさんはアンナリーザを送り届けてくれた時、乗り物に乗ってきた気配は無く、玄関まで見送ったと思ったらいつの間にか姿を消していたという事も考えれば、恐らくニコラスさんはあの森で暮らす魔術師なのだろう。


 研究の内容によっては人里離れた場所の方が都合がいいという事もあるだろうし、本人がある程度戦えるのであれば、凶暴な魔物がうろつく森は研究成果を何者かに盗まれる心配もかなり低くなる。


 アンナリーザに言われるがままに飛んで行くと、入り口の辺りで何かキラキラと光っているものがある洞窟があった。

「あそこ! あのキラキラしてるのがあるとこ!」

 とアンナリーザが声をあげる。


 私達が入り口の前に降り立てば、薄緑の拳大の光が私達の周りを周った後、少し洞窟の奥に進んで止まった。

「着いて来いって事なのかな……」

 クリスが首を傾げる。

「多分、そういう事でしょうね。あれはニコラスさんの使い魔かしら?」


 私達が話していると、アンナリーザは元気よく光の前まで走って行く。

「こっちだよ! 早く早くー!」

 絨毯をストルハウスにしまってからアンナリーザを追いかければ、洞窟内を照らす光の玉が増えて辺りを照らす。


 光の玉に案内されるがままにしばらく進めば、大広間のような場所に出た。

 辺りを私達を案内した光の玉と同じ物が照らし、所々には淡い光を放つ鉱石のような物が岩壁に生えている。

 広間の中央には大きな丸テーブルやソファー、肘掛の付いた椅子や木の椅子などが並んでいた。


 周囲の幻想的な風景と、物は良さそうだけれど統一感の無いそれらは、全体的にちぐはぐな感じがする。

「ああ、皆さんよくぞいらっしゃってくれました」

 不思議な光景に呆気にとられていると、すぐ後ろからニコラスさんの声が聞えた。

「ここにいる人間はそちらの彼だけです。どうぞ気にせずおくつろぎください」


 どこからとも無くそんな声が聞えた直後、目の前に風が吹きつける。

 私は嫌な予感がして咄嗟に防御魔法を張る。

「にゃっ!」

 風が通り過ぎたかと思ったら、すぐ後ろでアンナリーザの小さな悲鳴が聞こえた。


 風はすぐに止んで、慌ててアンナリーザの方を振り向けば、獣人の姿になったアンナリーザが尻餅をついている。

「そんなに警戒しなくても、ただ変身魔法を解除しただけですよ」

 私がアンナリーザに駆け寄って他に変な所はないかと確認していると、断続的な地響きが聞えてくる。

 だんだんとそれは大きくなって……いや、これはまさか、足音……?


「驚きましたよ。人間に化けられる魔物自体が希少なのに、その上獣人だなんて! 獣人の類は七百年前に絶滅してたと思っていたのですが、まだ生き残りがいたなんて、感動さえ覚えます!」

 まるで世間話をするような朗らかなニコラスさんの声が頭上から聞えた。


「は?」

 私は洞窟の奥から現れた声の主を見て固まった。

 黒い、巨大なドラゴンがその身を屈めて私達を覗き込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料