第28話 理想のパパ像

 そういえば、以前クリスに随分と女の子にモテているけれど、そっちの趣味は無いのかと尋ねた事がある。


「無いよ! 僕は男の人が好きなのっ! 紳士的で、かっこよくて、優しい王子様みたいな人が好きなの!!」

「え? それクリスの事じゃないの?」

「僕は僕の思うかっこいい男の人を演じてるだけなんだから、自分の好みと被るのも当然でしょ! 僕は僕より強くてかっこいい人が良い!」

 ……確か、こんな感じの会話をした気がする。


 私は、お茶を出しながら改めてアンナリーザを家まで送ってきてくれた彼を観察してみた。

 長い黒髪を後ろで一つにまとめた彼の肌は、青白い程に白く、その瞳は深い海のような色だった。

 歳はクリスと同じ二十台半ばか、それよりも少し上だろうか。


 身なりの良さそうな紳士風の服装や優雅な立ち居振る舞いは、確かに王子様のようと言えなくもないのかもしれないけれど、彼は男性らしいがっしりした体格なので、クリスとはまた随分違った印象を受ける。


「私はニコラスと申します。森で偶然、魔力を使い果たして迷子になっていたアンナリーザちゃんを保護したので、こちらまで送らせていただきました」

「アンナリーザの母のレーナです。ご親切にありがとうございます」


 ニコラスと名乗る彼は、どうやら森で魔力を使い果たしてさ迷っていたアンナリーザをわざわざ家まで送り届けてくれたらしい。

 この辺の森と言うと、町の西にある森だろうか、北にある林かもしれないけれど、飛んでいった方角を考えれば西の森だろう。


 どちらも特に凶暴な魔物も出ないし、魔法が使えなくても今のアンナリーザなら大丈夫だろうけれど、西の森はわかりやすい目印もなく同じような景色が続くので、もし迷ったら厄介だ。

 ちょうど親切な人が通りかかってくれて良かった。


 これが、西の森から山を一つ挟んだ、”暗がりの森”だったら厄介だった。

 あそこは西の森と比べ物にならない程広くて凶暴な魔物もわんさかいるし、人に化ける知能の高い魔物も出るという噂だ。


「もう夕食はお済ですか? 簡単な食事でしたら用意できますが……」

「いえ、お構いなく。出来るだけ早く家へ送り届けるべきとは思っていたのですが、彼女が随分とお腹をすかせていたので、もう食事を済ませてしまったのです」

「お肉美味しかったよ~」


 私が尋ねれば、アンナリーザはあっけらかんと答える。

 どうやら、ニコラスさんに夕食までご馳走になっていたらしい。

 ……高級レストランのステーキでもご馳走になってそうな気がして怖い。


「娘が随分とご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありません」

「いえいえ、私もアンナリーザちゃんと話せて楽しかったですよ」

「ママー、私パパならこの人がいい」

 私がニコラスさんと話していると、アンナリーザが横からまた先程の主張を繰り返す。


「またそんな事言って、娘がすいません」

 というか、ニコラスさんだってそんな事言われても困るだろう。


「いえ、私もこんな可愛い子にそんなこと言われたら悪い気はしませんよ。でも、そちらの彼には悪いかな」

「クリスです。お気になさらないでください、僕もこれからアンナリーザちゃんと仲良くなればいいだけですから」

 ニコラスさんとクリスが笑顔でそう話しているけれど、クリスはその受け答えだと彼との仲は進展しなさそうだ。


「ニコー、またニコの家遊びに行ってもいい?」

「ええ、いつでもまた来てください」

「アン!?」


 そして、アンナリーザが横からニコラスさんの服の裾を引っ張って問題発言を繰り出す。

 というか、既に家にまで上がり込んでたの……!?


「いいんですよ、私の家は普段来客がほとんどないので、たまに誰か訪ねてきてくれた方が嬉しいです。よろしければ今度皆さんで遊びに来てください。場所はアンナリーザちゃんが知ってますから」

「じゃあ明日、朝の勉強が終ったら行くね!」


 ニコニコしながらニコラスさんが言えば、アンナリーザが元気よく明日の予定を取り付ける。

「近いうちにお礼に行きたいとは思うけれど、明日の昼過ぎって近すぎでしょう!?」

 さすがに迷惑が過ぎるのではないだろうか。


「私はかまいませんよ。あなたみたいな美しい人が訪ねてきてくれるなら、なおさらだ」

「え」

 しかし、なぜかニコラスさんは向かいの席に座っている私の手を取って、じっとこちらを見つめて微笑む。


「そうですね、レーナは美しい。だから僕も道中誰かにさらわれないかと心配なんですよ……僕もご一緒しても?」

 直後、隣の席にいたクリスが私の肩を抱いて自分も行くと言いだす。


「もちろん、歓迎しますよ」

 ニコラスさんが笑顔で了承すると、今度はニコラスさんの隣の席に座っていたアンナリーザが席を立って私の所までやって来た。


 何をするのかと思って見ていれば、無言でニコラスさんとクリスの間に割り込んで私の膝の上に座ってきたかと思うと、私の腕を持って自分の身体にまわさせる。

「ママの一番は私なんだからね!」


「え、ええ、そうね……」

 突然のアンナリーザの頓珍漢なけん制に、私は噴出すの必死で堪える。

 ふと周りを見れば、ニコラスさんもクリスも顔を背けて笑いを堪えていた。


 それからニコラスさんが帰るのを見送った後、クリスは一旦今自分が泊まっている宿へと戻っていった。

 一緒に住む事になったとはいえ、準備もある。

 明日はニコラスさんの家にお礼に行った後はクリスの部屋を用意しなくては。


 といっても、物置状態になっていた空き部屋を整理し部屋を作ればいいだけなのだけれど、今日はもう疲れたので明日にしよう。

 そんな事を考えながら寝仕度をしていると、アンナリーザが枕を抱えてやって来た。


 前の家では二つベッドを置くスペースが無かったので一緒に寝ていたけれど、この新しい家に引っ越してきてからはアンナリーザにも自分の部屋を作ってそこで寝てもらっている。

 自分の部屋が出来た時は随分と喜んで、その日から特に寂しがる事も無く一人で寝ていたのに、どうしたのだろう。


「今日はここで寝る!」

「それはいいけど……」

 アンナリーザはどこか不機嫌そうに枕をベッドに置いて私へ宣言する。


 じっと私を見つめてくるアンナリーザの視線を感じつつ、早々に寝仕度を整えてベッドに入れば、アンナリーザは私にぎゅっとくっついてきた。

「ママのベッドで寝ていいのは私とママだけなんだからねっ」

 私の胸に顔をうずめながら、拗ねたようにアンナリーザが言う。


 つまり、自分にかまってくれる存在が増えるのは嬉しいけれど、母親を取られるのは嫌だ。という事なのだろう。


 ……やっぱり、アンナリーザは父親というものの存在をいまいち理解していないらしい。

 かといって、それをどう説明したものか……。


 アンナリーザの理想のパパ像……それはもう、ペットか何かなんじゃないだろうか。

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