第27話 何を言っているのだろう

 窓から飛び去って行ったアンナリーザを慌てて私は追いかけようとしたけれど、私がロッドに飛行魔法をかけて飛び立った頃には、もう追いつけない程にすっかりアンナリーザの影は小さくなっていた。


「いつの間にあんなに早く飛べるようになったのよ……」

 そう呟いて私はハッとする。

 アンナリーザに飛行魔法を教えたのは、今年の飛行レース優勝者であるダリアちゃんだ。


 飛行魔法で追いつく事を諦めて私が家のリビングに戻れば、クリスがどうだったかと私に尋ねてくる。

「ダメね。あれはもう追いつけないわ。でも、あの方向なら、多分私の母の所に行ったんだと思う」

 行き先がわかっているのなら、転移魔法で先回りすればいい。


「迎えに行くついでに、これから二人で暮らそうと思う、みたいな感じの挨拶とか、しとく?」

「うん! するする~」

 私が提案してみれば、クリスは二つ返事で了承した。


「なら決まりね」

 早速私はクリスを連れて実家の前へと転移魔法で移動した。

 普段はいきなり家の中に移動するのだけれど、今日はクリスもいるので今日は玄関から入る事にする。


 早速玄関先のドアノッカーを鳴らして声をかける。

 すると、中からバタバタという足音が聞え、こちらに近づいてくる。

 足音はすぐ目の前のドアの奥で一旦止まった。

 そして少し間を置いた後、ドアの向こうから母がにこやかに私達を迎えた。

 平静を装っているのだろうけれど、先程の足音でバレバレだ。


「いらっしゃい、あなたがクリスね。今ちょうどリアが来てあなたの話をしてた所なのよ」

 明らかにわくわくした様子で母が言う。

 やはりリアはあの後、母にクリスの事を報告しに行っていたようだ。


「あれ、アンはこっちに来てないの?」

 てっきりアンナリーザも母の所に来ていると思ったのだけれど。

 それとも、転移魔法を使ったせいでアンナリーザを追い越してしまったのか。


「アンちゃん? 来てないわよ? それより、さあさあ上がって! 何か私に報告することがあるんでしょう!?」

 一方母は目を輝かせながら、ぐいぐいと私とクリスを家の中に引き込む。

「あらお姉ちゃん、思ったより早かったわね」

 母にリビングへと案内されれば、リアがここに来る事はわかっていたとばかりに、にこやかに私達を迎えた。


 促されるがままに席に着いた私達に、母は上機嫌で紅茶を入れる。

「それにしても、噂には聞いていたけれど、本当にクリス君はかっこいいわねえ」

「ありがとうございます。こんな綺麗な人にそう思っていただけて嬉しいです」

 クリスの顔をまじまじと見ながらお茶を出す母に、クリスは笑顔で答える。


「まあ、うふふ……」

 そして母はクリスに褒められてすっかり上機嫌だ。

「今日、こうして伺ったのは、ご挨拶とご報告を兼ねてなのですが……」

「クリスと一緒に暮らすことにしたわ。結婚云々はアンナリーザの様子を見ながらだけれど、視野には入れてくつもり」


 クリスの言葉を遮るように私は言う。

 そういえば、さっきまでの流れだと、いきなり結婚という流れにもなりそうだったので、ここは先手を打っておく。


「あらあらまあまあ、そうだったの! まあ、準備期間は必要よね! でも、二人とも知らない仲でもないのだし、母さんは別にすぐでも構わないわよ!? というか、二人はどういう繋がりで……」

 母は待ってましたとばかりに目を輝かせながら食いついてくる。


「さっきアンにクリスを紹介したら飛び出して行ってしまって……やっぱり結婚はアンがクリスに慣れるまでは待ちたいわね」

 母の言葉を遮りつつ私は言う。


 小さい頃、ある日突然母に新しい父親だと知らない男を連れてこられた時の自分の心情を思い出すと、やっぱり家族として一緒に暮らす以上、アンナリーザの気持ちは尊重すべきだ。

 アンナリーザはパパが欲しいなんて言っていたけれど、あの反応を見るに、そもそも父親という存在がなんなのかを理解していない気がする。


「うーん、それなら逆にさっさと結婚しちゃえばいいんじゃないかしら? レーナも母さんが再婚した時はなかなか新しいお父さんに懐いてくれなくて大変だったし」

「それで当時、私がどれだけ苦労したと思ったのよ……」


 そして、アンナリーザを溺愛してはいるものの、いまいち当事者としての子供の気持ちに疎い母の発言に私はため息を漏らす。

 まあ、私が苦労したのは母が連れてくる男達がことごとくダメ男だったからだし、その点、クリスは心配ないけれど……。


「まあ、アンちゃんもそのうちわかってくれるわよ! それより、二人の馴れ初めとか聞かせてよ」

 それから私達はしばらく、母とリアの質問攻めに遭い、やっと解放されたのは日が傾き始めてからだった。

 アンナリーザがそろそろ帰ってくるだろうからと言って家に戻ったのだけれど、日がすっかり暮れてからもアンナリーザは帰ってこなかった。


 流石に心配になってアンナリーザの行きそうな所を片っ端から探しに行こうとした時、玄関のドアをノックする音が聞えた。

 アンナリーザなら勝手に家に入ってくるだろうし、誰だろうと思いながらドアを開ければ、そこには黒い服を着た、身なりの良い黒髪の男がアンナリーザを連れて立っていた。


「失礼、近くの森で彼女が迷子になっていましたので、もう外も暗いので送らせていただきました。こちら、アンナリーザさんのご自宅で間違いないでしょうか」

 彼は丁寧な様子で話し、アンナリーザは彼の服の裾を掴んだまま、警戒した様子で彼の影に半分身体を隠してこちらの様子を見てくる。


「はい、そうです。わざわざありがとうございます……あの、もしよろしければ、中でお茶でも飲んで行かれませんか? 色々お話も聞きたいので……」

「そうですね、ではお言葉に甘えて」

 私がアンナリーザをチラリと見ながら言えば、彼も一度アンナリーザを見た後、困ったように笑った。


「私、パパならこの人がいい!」

 彼を家に招き入れた直後、相変わらず彼にくっついていたアンナリーザが、抗議するように私に言ってきた。

 いきなり見ず知らずの人間を連れてきて何を言っているのか。


 お茶を入れていると、準備を手伝うと隣にやって来たクリスが私にこっそりと耳打ちをしてきた。

「どうしよう、あの人すごい好みなんだけどっ……!」


 クリスもクリスで何を言っているのだろう。


 というか偽装結婚は!?

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