第23話 生温かい視線

「わあっ! 皆モフモフの耳がはえてきた! 目標達成?」

 獣のような耳が生えてしまった私達を見て、アンナリーザは目をキラキラと輝かせながらジャックを見上げる。


「いや、本当は町全体に獣人化魔法を使うはずだったんだが、さっき邪魔が入ったせいで範囲がこの辺だけに限定されてしまったようだな……町全体に張り巡らせた導線がさっきの爆撃で破壊されてしまったらしい」

「えー、じゃあ実験は失敗?」

 ジャックの言葉にアンナリーザは耳をぺたんと下げて不服そうに尋ねる。


「完全な失敗じゃないさ、町への導線はまた繋げばいいし、魔法の発動効果をこの辺だけに限定するれば獣人化魔法は発動できる」

 目の前の私達を完全に無視してアンナリーザにジャックがそう説明した直後、私達の足元が光り出した。

 あまりの眩しさに私は目をつむる。


「きゃー! すごーい! 私の手、猫の手になってるー!」

 アンナリーザの楽しそうな声に再び目を開ければ、そこにはアンナリーザの服を着た白猫の獣人が己の肉球に感動している姿があった。


「さあ! その素晴らしい姿で子々孫々まで過ごすがいい! なに、今に世界中の人間を同じようにしてやるさ!」

 アンナリーザを抱えながら得意気にジャックが言い放った直後、背後から悲鳴が聞こえる。


「うわあああああ!」

「何これ!」

「いやあああ!」

 振り向けば、犬や猫、熊に狐など、様々な種類の獣人達がいて阿鼻叫喚している。


 子々孫々まで、というキーワードが答えたのか、

「俺は一生このまま……? まだ女の子の手も握ったことが無いのに? 万が一結婚できて子供が出来ても娘や息子は皆この姿に……?」

 と膝から崩れ落ちて呆然としている人もいた。


 ふと自分の腕を見れば、白いふわふわの毛に覆われていて、手の平にはプニプニの肉球がある。

 どうやら私はアンナリーザと同じ白猫の獣人になっているらしい。


「どうだ! 獣人の姿は素晴らしいだろう!」

 得意気に私達にジャックは問いかけるけど、ほとんどの人間がパニックに陥っていてそれどころじゃない。


「ふっざけんな! ぶっ殺してやる!」

「馬鹿野郎! これはただの状態異常じゃないんだ! 今あいつを殺したら一生元に戻れないんだぞ!」

「話ができる程度にひねり潰してやる……!」

「奴の腕の中に人質がいるだろうが! 落ち着け!」

 何人かの血の気の多い声も聞こえてきたけれど、他の人に宥められているようだ。


「……それで?」

 小さくため息をついた後、ジャックに視線を戻した私は彼に問いかける。


「それでとは?」

 質問の意味がわからないというようにジャックは首を傾げる。


「あなたの計画は、これで終わりなのかと聞いているのだけれど」

「そんな訳ないだろう。これから更に世界中の人間を獣人に変えていかなければならないんだからな!」

「そう、ならもうこれでこの場で使う魔法は一段落したという事よね」


 つまり、もう下手に魔法を使ってこの辺りにめぐらされている大規模な魔法術式に干渉して思わぬ暴発を招く事もない訳だ。


 未だにパニックに陥っている自警団の面々を尻目に、私はジャックの元へ歩み寄る。

 出来るだけ普通に。

 笑顔で。


「ジャック、私はね、あなたの研究その物にはとても感心しているし、あなた個人の趣味に口出しするつもりは無いの。ただ、あなたは一つ間違いを犯した」


「な、なにが言いたい……」

 ジャックが私の意図がわからず、うろたえているうちに、鼻先同士がくっつくほどの距離まで近づく。

 後ずさろうとするジャックの腕を、すかさず私は掴んでそれを阻止する。


 そして一旦彼が抱きかかえていたアンナリーザを多少手荒だけど、彼の腕の中から引き剥がしてその辺に放り投げる。


「こういう事はね、相手の同意が無くちゃやっちゃダメなのよ!」

 言いながら私は彼に触れた部分から魔法で電撃を流す。

 バチバチバチッ!

 という乾いた音が彼から聞こえて、ジャックはその場に倒れた。


「ジャックー!!」

 その場に倒れたジャックにアンナリーザが駆け寄る。


「大丈夫、死ぬほどの威力じゃないわ。ちょっとの間動けなくなるだけよ」

「なんでママはジャックにこんな酷い事するの!?」

 ジャックを庇うように彼に覆いかぶさりながら、猫になったアンナリーザが私を見上げながら睨みつけてくる。


「ジャックが勝手に私達を獣人に変えたり、変えようとしているからよ」

「皆モフモフになったら楽しいもん! 私だって楽しいもん!」

 狼男になったジャックのモフモフの胸板に顔を埋めながらアンナリーザが言う。


「アンが楽しくても、そうじゃない人もいっぱいいるのよ」

「……ママも楽しくないの? アンネみたいでかっこいいのに」

 アンナリーザは顔を上げると心底驚いたような、がっかりしたような顔で私を見てきた。


「私の趣味じゃないわね。ここにいる他の皆もそう。だからね、ジャックにはこれから皆を元に戻してもらわないといけないわ」

 アンナリーザの言葉に頷きながら、私はしゃがんで視線を合わせる。


「やだ! そんな事言って皆でジャックをいじめるんだ! 後ろの人達がさっき言ってたもん! 私はモフモフ好きだもん!」

 アンナリーザの言葉に後ろにいる自警団の人達が怯むのが気配でわかった。


「アン!」

「あっち行ってよ! 『ウィンド』!」


 直後、私の身体が後方へと吹き飛ばされる。

 すぐに浮遊魔法を使って体制を整えるけれど、アンナリーザは私が離れた瞬間に転移魔法の呪文を唱えてジャックと共に消えてしまった。


「ダリア、二人がどこに行ったのかわかる?」

「大丈夫~、今度は町を挟んで反対側の林の中に逃げたみたい~」

 リアがダリアちゃんにアンナリーザを探させれば、すぐに二人は見つかった。


「今すぐ皆で追いかけましょう!」

「待って、今逃げてるのはアンナリーザだわ。下手に大勢で押しかけたらまたへそを曲げて何をしでかすか……」

 皆に声をかける母に、私は待ったをかける。


「でも、万が一にもこのままジャックが逃げたら私達は一生このまま……」

 うさぎの獣人にされた女の人が不安そうに呟けば、他の人達もすぐに追いかけようと口々に言い出した。


 今、ここにいる人達の一番の心配は、もしこのままジャックを逃がしてしまえば、自分達は一生この姿のままなのではないかという事だ。

 だけど、それについては心配する必要は無い。


 私は大丈夫だと言ってみんなの前で自分の身体をリザレクションで復元して見せた。

「この前ジャックと話した時に、術式に関しては大体本人から聞いているの。だからそれを応用すれば、すぐに元に戻せるわ」

 私がそう話せば、張り詰めた場の空気が少し和らいだ。


「今は全員治してる時間も魔力も無いから、後にさせて。後で絶対全員元に戻すって約束する。私はもう一度ちゃんとアンナリーザと話さなくちゃならないの。それに、彼とも」


 彼のやった事は見過ごせるものではないけれど、彼を追い詰めてしまっている今この状況を作ってしまった原因が私や私の身内にもある以上、彼だけに責任を押し付けて罰して、それで終わりにするのは間違っている気がする。


「え、お姉ちゃんの趣味ってああいう感じなの!? というか、いつの間に……」

「もっと他にいい男いるでしょう!? 母さんあんな相手は認めないわよ!?」

「レーナおばさま大胆~でもアンナリーザちゃんも懐いてるみたいだし、それはそれでありなのかな~」

 武力行使の前に二人と話させてくれと言えば、なぜか妹と母と姪にあらぬ誤解を受けてしまった。


「違う! そういうんじゃないから!」

 慌てて私は否定したけれど、自警団の人も、そういう事なら、と少し離れた場所から他の人達が監視する事を条件に私の希望を受け入れてくれる事になった。


 皆、急に生温かい目で私を応援してくる。

 状況的には都合が良いけど、違う、そうじゃない!

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