第22話 モフモフの責任

 六日前

「アンナリーザ、何してるの?」

「絵を描いてるの!」

 夕方、遊びから帰ってきたアンナリーザは母に買ってもらったらしいスケッチブックとクレヨンをテーブルの上に置いた。


「ああ、昨日読んでた本のアンネね。隣の猫さんは随分と鼻が高いのね」

「こっちは狼男だよ! これでね、お話作るの」

「あら紙芝居?」


 昨日読んだ本に影響されて自分で話を作りたくなったのだろうか。

「もう! ママにはまだ内緒なの!」

 クレヨンで次々と絵を描いていくアンナリーザに話しかければ、怒られてしまった。

 まだ内緒、という事は、完成したら見せてくれるつもりなのだろう。


 五日前

「あら、今日は随分とご機嫌ね」

「昨日描いたの見せたらね、褒められちゃった」

「ああ、あの紙芝居ね、完成したなら、ママにも見せてくれない?」

「いいよ!」


 紙芝居の内容は、目が覚めたら猫になってた女子がびっくりして家族や友達に会いに行ったら皆猫や犬、熊などの動物になっていて、そのまま幸せに暮らしました。という内容だった。


「……なかなか斬新ね」

「天才的な発想だって褒められたよ!」

 そのコメントだけですぐに誰の発言かわかってしまう。

 孫馬鹿め……。


 四日前

 最近やたらとアンナリーザの機嫌が良い。


 三日前

 母が押しかけてきて事業や研究を引き継げだなんだと言ってきた。

 既にアンナリーザを作った私の次の目的は、アンナリーザを立派な魔術師に育てる事だ。


 そのためには当然お金もいる訳で、正直今ならもう母の後を継いで長いものに巻かれてしまうのもアリのような気もしている。

 だけど、その前に最近私の知らない所でしょっちゅうアンナリーザを甘やかしているらしい母には色々と言いたい事もある。


 だから母とアンナリーザについて色々と話したのだけれど、母はアンナリーザの紙芝居は見ていないらしい。

 アンナリーザのスケッチブックを見せながら話の内容を聞かせてやれば、

「なんて天才的な発想なの! 魔法だけじゃなくて創作の才能もあるなんて!」

 と、予想通りの反応をしていた。


 父は本を読むのが好きだし、もしかしたらアンナリーザは父に見せたのかもしれない。


 二日前

 最近毎日のようにアンナリーザが遊びに行っているようなので、お礼と様子をうかがうために手土産を持って私はリアの家に行った。

「アンちゃん? 最近はうちに来てないわよ? ダリアとデボラももう魔術予備学校の長期休暇も終ってほぼ毎日学校に行っているし、一緒に遊んでいるとは思えないけれど……」

 リアは不思議そうに首を傾げる。


 その日の夜、アンナリーザにそれとなく今日は何して遊んだのかと尋ねれば、

「ダリアお姉ちゃんとデボラお姉ちゃんと魔法の練習したよ!」

 と言っていた。

 確実に何か隠している。

 私は何も知らないふりをしてしてその話に頷きつつ、明日はアンナリーザに監視用に観測精霊を作ってつけておく事にした。


 一日前

 アンナリーザが家を出て、リアの家とは全く別の方向へ向かってしばらくしたところで精霊の気配が消えた。

 恐らくは何者かに消されたのだと思う。

 簡易な方法で作った人工精霊なので、気づけば誰でも簡単に破壊できてしまう代物ではあるけれど、それなりに気づかれにくくはしたはずなのに……。


 その日の夕方、上機嫌で帰ってきたアンナリーザは特に私が精霊をつけていた事に気づいている様子は無かった。


 そして今日。

 私はアンナリーザが出かけると、姿を消す魔法を使ってアンナリーザの後を尾行した。

 普通に飛べばいいもを、意味も無く曲芸飛行のような飛び方で踊るように空を飛びながらアンナリーザは町の中心の噴水のある広場へと降り立つ。


 きょろきょろとアンナリーザは辺りを見回した後、目的の人物を見つけたようで走り出す。

 そこで私はアンナリーザと待ち合わせをしていたらしい人物を見て固まった。

 ジャックだ。


 アンナリーザは随分とジャックに懐いているようで、二人は何か楽しそうに話している。

 話を聞こうと二人の側まで寄ると、急にジャックは話をやめて、私を見た。

 そう、彼は魔法で姿を消しているはずの私をしっかりと”見た”のだ。


「ああ、まさかこっちから発表する前に君にバレてしまうとはな、レーナ」

 彼はおどけたように肩をすくめる。


 そんな馬鹿な!

 私の透明化魔法は完璧なはず!

 驚いて自分の姿を確認するけれど、ちゃんと魔法の効果で私の姿は消えている。

 視線を戻せば、彼はアンナリーザを連れて消えていた。


 やられた!

 きっと昨日アンナリーザにつけた精霊を消したのも彼だろう。

 だとして、彼の目的はなんだ?

 そこまで考えて、人質、脅迫、身代金という言葉が浮かぶ。


 アンナリーザの祖母は魔術学会の役員にして美容魔法の研究により一代で富を築き、多額の寄付により学会での影響力を強めているブリジッタ・フィオーレ。

 しかも彼女はジャックの研究を否定して学会から追放して研究費を打ち切った主要人物の一人で、彼を全く関係ない事件の犯人に仕立て上げようとしている。


 ……彼の動機がありすぎる。


 しかし、アンナリーザがさらわれてしまった以上、私も黙っている訳には行かない。

 それから私は町中を探し回ったけれど、アンナリーザの姿は見つからなかった。

 やがて日が暮れて、もしかしたらという希望を込めて一旦家に戻ってもみたけれど、アンナリーザは帰ってこなかった。


 アンナリーザの髪を使った人探しの魔法も使ってみたけれど、魔術による防御がされているようで見つからない。

 いよいよどうしようもなくなった時、母と父が家を訪ねてきた。


「もう晩ご飯食べた? キッシュとワイン持って来たらまだなら一緒にどう? アンナリーザちゃんの紙芝居の話をしたらお父さんがどうしても見たいって言うから来ちゃった!」

 ニコニコしてアンナリーザはどこだと訪ねてくる母と父に、今日の昼過ぎから今までの出来事を説明すれば、みるみる二人の顔が真顔になっていった。


「奴め! とうとう本性を現したわね!」

 その後、烈火のごとく怒りを露にした母により、町中の母の知り合いの魔術師が集められ、自警団のようなものが出来上がった。


 相手が優秀な魔術師ともなると、警察などの公的機関に泣きつくよりも自分達で解決して後で報告なり何なりするのが早くて確実な事が多いので仕方ない。

 集まった魔術師達も久しぶりの招集だなんだとまるでお祭りにでも参加するかのようなはしゃぎようの人が多い。


「ジャック・ギランは私の孫娘、アンナリーザを誘拐しました! 孫はまだ七歳です! 私はこの行いを断じて許す事が出来ません! 彼には以前にも娘を誘拐しようとした疑いがかけられています! 皆さん、私達に力を貸してください!」


「なんて奴だ!」

「大丈夫かしら……」

「かわいそう!」


 母の言葉に、集まった魔術師達は口々に言うけれど、先程までのはしゃぎ方のせいで、堂々と暴れられる建前を手に入れて嬉しそうにしているようにしか見えない。

 というか、思った以上に大事になってしまった。


「でも、アンナリーザの居場所もわかりませんし……」

「大丈夫~アンちゃんはあっちの町外れの廃屋にいるよ~」

 随分と盛り上がっている皆さんに私が指摘すると、いつの間にか私の隣にやってきていたデボラちゃんが右手の方角を指して言う。


「え? なんでそんな事わかるの? 察知魔法は使ってみたけど、防御されているみたいで見つからなかったのに……」

「アンちゃんってお日様の匂いで黄色くて音で言うと透き通った高音なんだけど、あっちで卵の殻位の固さに覆われているのが見えてね、それを中和して見えるようにしたらそこにいたの~」

「…………は?」

 なんだかよくわからない答えが返ってきた。


「デボラは昔から独特の感性を持っているのだけど、その独自の感性で複数の魔法を同時に起動して物を探しているみたいなの。独特過ぎて誰も真似できないけど、一度直接目にした物や人は一定の範囲内にいればまず見つけられるわ」

「すごいでしょ! デボラちゃんは探しものの天才なのよ!」


 驚く私に、リアが説明をして、母が得意気に胸を張る。

 確かに魔術防御を無視して察知魔法を行使できるなんて画期的だ。

 残念なのは、その画期的な察知魔法はデボラちゃんにしか扱えず、他の人間には理解できない所だけれど。


「さあ! 準備は整ったわ! 皆でアンナリーザを助けに行くわよ!」

「「「「「おおおおお!!!!!!」」」」」

 母の呼び声に、集まった魔術師達がここぞとばかりに雄叫びをあげる。

 まだ夜の早い時間とはいえ、近所迷惑過ぎないだろうか。


 近所の人達もさっきから窓から顔を出してこっちみたり、通行人の人達も足を止めて人だかりも出来ている。

 完全に見世物状態だ。


 こうして野次馬からの声援を受けつつ、全員特に作戦も立てずに飛行魔法でデボラちゃんの言った廃屋に突撃した結果、私達はちょうど儀式の途中だったらしい所に出くわし、全員獣の耳を頭にはやすことになった。


 今更だけど、皆さん久々の出動だとか、周りからの声援とか、相手は一人の魔術師とかで、確実に調子に乗って油断してたよなあ、と思わずにはいられない。


 というか、ジャックの真の目的は世界中の人間を問答無用で獣人にするとんでも危険思想だったとか、この前の私のアドバイスとか、アンナリーザの紙芝居の内容とか、色々思うところはある。


 思うけど、これ、どうしよう……。

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