第21話 関係なくもない話

「それにしても、さすが学院の創始者、オフィーリアの再来と噂されるレーナ・フィオーレだ」

 話が一段落すると、ジャックが感心したように私に言ってきた。


「やめて、それ母が勝手に言ってるだけだから」

「例えそうでも、俺はその表現は間違っていないと思う。在学中からにわかには信じがたい逸話をたくさん耳にしたけれど、今日話してみてわかったよ。あれは全部真実だったんだなって」

「なにそれ、一体どんな噂……?」

 なんだか嫌な予感がして、恐る恐る私は尋ねる。


「十歳で魔術学院に入学し、直後誘拐された先の家の屋敷を半分吹き飛ばし、決闘で講師を打ち負かし、十一歳の時にBランク冒険者だった剣士の男を血祭りに上げたとか……」

「い、いやあ、それはだいぶ語弊というか、尾ひれがついてると思うの……」


 一応事実ではあるけれど、それではまるで私が手の付けられない問題児のようじゃないか。

 アレは母のどうしようもない元夫や元恋人に危害を加えられそうになった結果の正当防衛だ。


 私は悪くない。


「だとしても、レーナがむかしからとても優秀だった事は伝わるさ」

「あ、ありがとう……」

「そういえば、何か用があって俺に話しかけてきたんじゃないのか?」

「いけない、そうだったわ。私あなたに気をつけろって注意しにきたのよ」

 ここまで来て、やっと私は当初の目的を思い出した。


「気をつけろとは、何に?」

 ジャックは不思議そうに首を傾げる。

「私の母があなたへ、二ヶ月ほど前に隣国の森に危険生物を繁殖させて私の娘を誘拐して人間と魔物の合成獣を作ってゴーレムにしようとしてたっていう疑いをかけているのよ」

「…………は?」

 突然のとんでも話に、ジャックは言葉を失ったように固まる。


「もっともな反応だわ。母はアンナリーザを随分と溺愛していて、可愛い孫に危害を加えようとした犯人を探し出そうとしてて、あなたがその犯人だと思いこんでいるのよ」

「待ってくれ、俺は一年以上この町から出た事はないぞ。学会を追放されてからは奴等の目に付かないような所で研究を続けていただけだ! …………アンナリーザ?」

「アンナリーザは娘の名前よ。まあ、そうよねえ。私もあなたが犯人だとは思ってないわ。今のあなたの研究とは方向性が全く違うもの。だから私も否定したんだけど、聞く耳を持ってくれなくて……」


「…………」

 私が答えると、ジャックは黙り込んでしまった。

 無理も無い。


「あなたの怒りも最もだけど、文句を言いに行く前に、確実に無実を証明できるようなアリバイが必要だわ。誰かここ数ヶ月のあなたの行動を証明できる人を……」

「……俺は転移魔術も習得しているから、多分どう言い訳したって向こうがその気なら俺に疑いを晴らす術なんてないさ。だが、もうその必要もない」

 ジャックは静かにそう言うと椅子から立ち上がった。


「研究が完成すれば、後はその成果を広げるだけだ。さっきのアドバイスで、俺の研究はそう遠くないうちに完成する。そうなればここに留まる必要も無いさ」


 確かに、学会からの支援がもう受けられない以上、研究が完成したのなら、他の需要がありそうな場所に行って地道に営業活動をした方が彼の研究を世に広めて、人の役に立つという意味では良いかもしれない。

 転移魔法も使えてこの町に留まる理由も無いと言うのなら、彼がその気になればいくらでも逃げる事はできるだろう。


「……なあ、一緒に来る気はないか?」

「へ?」

 今なんて言った?


 それはつまり、この町を出て一緒に来てくれないかという事?

 というか、その流れで一緒にならないかという事!?!?


「な、ななな何言ってるのよ急に! 大体私達今日会ったばっかりじゃない!」

 そんな事をいきなり言われても困る!


 こういうのにはもっと色々心の準備とか必要なんだけど!

 そういうのは色々順番をすっとばしていない!?

 大体私にはアンナリーザという娘がいるんだから!


 もっとそういう事はお互いを知ってから……ああ! でもジャックは安全の事を考えるとあんまりこの町に長居しないほうがいいんだった!!


「そうか。今日はレーナと話せて良かった。次に会ったらもう今日の事は忘れてくれ。知り合いだと思われると、レーナが俺と共謀して娘を人体実験に使ったと考える奴も出てくるかもしれん」

 私が混乱しているうちに、ジャックはそれだけ言うと、そそくさと部屋を後にしてしまった。


 慌てて後を追おうとしたけれど、転移魔法でも使ったのか、扉を開けた先の見渡しの良い廊下にはもう誰もいなかった。


 そしてふと窓の外に目をやって、すっかり日が暮れて辺りがもう暗くなり始めている事に気づく。

 まずい、話しこみ過ぎた。

 私はさっさと支払いを済ませて家路を急ぐ。


「ただいまー! アン、遅くなってごめんね~」

「あー、うん……」

 家に帰ってリビングのソファー寝転びながら本を読んでいるアンナリーザに声をかければ、なんとも気の無い返事が帰ってきた。


「アンお腹すいたでしょう。すぐご飯にするからね」

「はーい」

 返事をしながらアンナリーザは本のページをめくるので、今度は何の魔術書を読んでいるのかと思ったら、物語が書かれた本だった。

 開かれたページには淑女のようにドレスを着た猫の挿絵が見える。

 そして辺りを見渡せば、結構な量の本が散乱している。


「こんなにいっぱいの本どうしたのよ……」

「おばあちゃんに言ったら買ってくれたよ!」

「そう……」


 印刷技術の発達で最近は随分と本の単価も下がっているとはいえ、まだまだ本は高級品で、ちゃんと製本された本を読むのは貸し本屋や図書館が主流だ。

 だけど、金を持て余した孫馬鹿にかかれば、この程度は造作もない事だろう。


「私、本って図鑑とか専門書しか読んだ事無かったんだけど、こんな楽しいお話が書いてある本もあるんだね!」

 目を輝かせながらアンナリーザは言ってくる。


 その後、私が用意した夕食を食べている間、アンナリーザは今読んでいる本がどんな話でどんな所が気に入っているか、その前に読んだ本がどんな内容だったかというのをとても楽しそうに私に話してくる。


 アンナリーザにはもっと子供らしいおもちゃなども与えた方がいいのかもしれない……まあ、その辺は母に任せとけば勝手にやってくれそうだけれど。

 でも、室内で大人しく遊べる物があった方が、アンナリーザに留守番をさせる時は良いかもしれない。


「それでね、その世界では皆もふもふの猫さんなの!」

 もふもふ……獣人……ダメだ。

 ついジャックの事を思い出してしまう。


「そう、それはとっても可愛いわね」

 先程の会っていた人物の事を考えそうになって、私はそれを振り払いながらアンナリーザの話に耳を傾ける。


「でしょー! 私ねー、この世界に住むならあの絵みたいな白い猫がいいな~」

 アンナリーザはソファーの上で開きっぱなしになっている本を指差しながら上機嫌で言う。


「それは素敵ね」

「でしょでしょ、あの猫アンネって名前なの! とっても頭が良くて、次々事件を解決していくの! かっこいいんだよ!」

 どうやらアンナリーザは自分と似た名前のそのキャクターがすっかり気に入っているようだった。


 それから一週間後、アンナリーザは姿を消して、ジャックと共に私の前に姿を現した。

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