第20話 レーナはもっと話したい
「……そう! そうなのよ! 学会のお偉い方は倫理感だとかなんとか言っているけれど、本当は自分達が受け付けない、理解できない物をそうやって排除しようとしてるようにしか思えないわ!」
「全くだ! 大体伝統に縛られず新しい事に挑戦する事こそが魔術、ひいてはこの世界の発展に繋がるなんて言っておきながら実際はこうだ!」
ジャックと店に入って食事もそこそこに魔術研究について話していた私達は、酒も入ってここが個室である事を良い事に、すっかり魔術学会の悪口で盛り上がっていた。
私もジャックも学会への不満という熱い共感を胸にいつの間にかお互い敬語は使わなくなっていた。
母も役員を務める魔術学会は、国や多くの資産家達が資金を出し合い運営されている、魔術研究のための組合のようなものだ。
魔術研究をする魔術師に研究資金を提供する代わりにその研究の成果による恩恵を出資者達が優先的に受けられる仕組みになっている。
学会に所属している魔術師達は毎月の研究の定期報告会で発表された研究内容や成果を共有できるし、自分の研究を多くの出資者達に向けて発表して研究資金を得る場が与えられるというメリットもある。
ただし、派閥同士の勢力争いがあったり、スポンサー側に提案する前に役員達に研究内容を発表して審査を通らないと公式に発表できないなど、問題も多い。
「この研究が完成したら、それを世間に広めて俺の正しさを証明してやる……!」
「そうだそうだ! 証明してやれー!」
ジャックがテーブルの上で拳を握りながら力強く言うので、私もそれを囃し立てる。
学会に所属するメリットととしては学会の保有する施設や設備を使えたり、スポンサーからの融資を受けやすいなどがある。
けれど、今回のジャックの場合のように、後ろ盾のない魔術師の研究が、役員達が気に入らないという理由で研究そのものを潰されてしまう事もよくある。
「正直ジリ貧の状態だが、後一歩、獣人になった状態が意図せず解けてしまう問題さえクリア出来れば完成なんだ……」
空になったワインのボトルを見つめながらジャックは眉間に皺を寄せる。
「あー、意図せず状態が変化してしまうのはまずいわね……というか、ジャックは人間から獣人への付加逆の変化による人体の強化を提唱して学会を追放されたそうだけど、もしかして意図的に人間から獣人に変化する事が可能なの?」
話を聞いてすっかり彼の研究に興味を持ってしまった私は、彼に話の続きを求める。
「ああ。ただ、その状態の維持には特定の薬物の摂取が必要だが、効果が切れればそれまでだし、効果も不安定だし、その薬の製作にはコストがかかりすぎる。だから常にそれに近い働きをするホルモンを分泌する器官を人体に作る事で解決しようとしたら、却下された」
私の質問に気を良くしたのか、彼はあっさり彼の研究について教えてくれた。
「なる程、リザレクションを応用して身体のつくりを遺伝子ごと作り変えてしまおうと考えた訳ね」
「その通りだ。だが倫理感やら人間を作った神へ冒涜やら、研究禁止規定がなんだと話にならん。現状ではただの薬を使った変化魔法と変わらない上に、その変化時間もコストも全く実用的では無いと言うのに」
確認するように私が尋ねれば、ジャックは驚いたように目を丸くして頷いた後、学会で役員と揉めた時の話もしてくれた。
「うーん、意図的に人間と獣人を変化する事が出来るようになれば、もうちょっと反応も違いそうではあるけれど……」
「そこまでは技術的に無理だから、獣人になったうえで、人間になりたい時は魔法を使って変化すればいい。思考能力はそのままに身体能力が一気に跳ね上がるのだから、こちらの方が便利なはずだ」
言いたい事はわかるけれど、受け付けない人は受け付けなさそうだ。
特に、血統至上主義な貴族とか、伝統のある古い家の人間とかは嫌がりそう。
「確かにそれでもいいって人は冒険者とかには需要がありそうだけれど……」
まあ、本人の了解を得た上でなら、その辺の選択もありなのかもしれない。
「つまり、現状では人間を使った実験で、リザレクションの応用で獣人になる事までは可能だけど、変化が安定しなくて、意図せず人間になったり獣人になってしまったりするって事?」
「ああ……この部分さえ安定すれば……」
つまみのチーズをかじりながら私が聞けば、ジャックは素直に頷く。
「ねえ、その魔術式の展開図って説明できる? ほら、私もリザレクションの応用でホムンクルスの研究してたから、なにか問題点を指摘できるかも……もちろん、研究の肝だし、見せたくないならいいけれど」
リザレクションのような複数の魔法を同時に展開して扱うような複雑な魔法は、使う前に一回どの段階でどのような魔術的操作を行うのか事前に書き出して確認するのが研究においては鉄則だ。
なので、その展開図さえわかれば、彼がどのように考えて、どう魔法を使って今の結果になっているのかが手っ取り早くわかるのだ。
でもそれは研究内容を全て公開するに等しい行動なので、彼が嫌だと言うのなら、特にそれ以上食い下がる気は無い。
「いや、頼む! 俺の研究にここまで理解を示してくれて、しかもリザレクションまで習得している人間なんて、レーナが初めてだ……」
だけど、ジャックは私の提案を二つ返事で受け入れる。
今まで彼の研究の目的はともかく、その方法に賛同した人間はいなかったらしい。
そりゃ身体能力を上げる為に獣人になるなんて突拍子も無いアイデアはそうすぐに受け入れられるものではないのだろう。
私は面白いと思うけれど。
それから私は、ジャックの書き出した魔術式の展開図を見て、なんとなく原因がわかった私は、その展開図を添削するように一部書き直した。
「……たぶん、これをこう直して、代わりにここをこうすれば、そのホルモンの分泌は安定すると思う。要するにここの器官の条件付けの前提を変えてしまえばいい訳だから。まあ、実際にやった訳じゃないから参考程度にしかならないけど」
「なるほど、確かにこうすればあるいは……」
ジャックもすぐにその内容を理解してくれて、それから私達はまた魔術談義に花を咲かせた。
楽しい。
誰かとこんなに深く魔術について話したのは何年ぶりだろう。
お酒を飲み過ぎたせいか、妙に胸が高鳴って、顔が熱い。
ああ、彼ともっと話したい。
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