第19話 ジャックは空腹

「じゃあ、今日の勉強はこれで終わりね」

「やった! それじゃあ私リアおばちゃんの家に行って来るー!」

「暗くなる前には帰るのよ~」

「大丈夫~!」


 アンナリーザは答えながら、先日母に引っ越し祝いで贈られたロッドに飛行魔術をかけて元気に飛び去って行った。

 私達がここに引っ越してきてから一週間が経つ。


 最近は一ヵ月後に控えた魔術学院の入試試験に向けた問題を中心にアンナリーザに教えている。

 けれど、最近はダリアちゃんとデボラちゃんと遊ぶのが楽しいらしくて、勉強が終わるといつもリアの家に大急ぎで向かっている。


 前は自分から魔法を教えろとせがんできたのに、なんだか寂しい。

 でも、アンナリーザに新しい繋がりが出来るのは良い事だ。

 ダリアちゃんもデボラちゃんも良い子だし、身内なので何かあった時も動きやすい。


 食事会の翌日などは、三人で私の新しい夫を探すだなんだと言っていた。

 その翌日には、

「モフモフ! 私パパはこんな感じのモフモフがいい!」

 と言って私に狼男が出てくる本の挿絵を見せてきた。


「狼男なんて物語の中だけのものなのよ」

 ちょっと微笑ましく思いつつ、私がそう教えれば、

「いたもん! 私、昨日こんな感じのモフモフ見たもん!」

 と不服そうに言ってきた。


「うーん、何かの見間違いか、そういう仮装をした大道芸人さんじゃないの?」

「違うもん! 本当にいたんだもん!」

 私が一番ありそうな可能性をあげてみると、アンナリーザは頬をぷくーっと膨らませて抗議すると、そのまま家を出てってしまった。


 その日からアンナリーザの目的は『パパをスカウトする』から『狼男を探す』に変わった。

 まあ、アンナリーザが楽しいのならそれでいい。


 だけど、それは別として、このアンナリーザの「パパが欲しい」宣言を真に受けた母がやたらとお見合いを勧めてきたり、リアが男の知り合いを紹介してくるようになった。

 しかも、私が結婚相手を探しているという話は町全体に広がっているようで、ちょっと買い物に出かければ、やたらとナンパされるようになった。


 声をかけてきた人達の話によると、既に私の名前や経歴、最近最高位のSランク冒険者に昇格した事など知られているようだったので、母が私の記事が載った新聞片手に積極的に宣伝しているのかもしれない。

 また、元々地元なので、パン屋のおばちゃんや肉屋の店主など、子供の頃から見知った顔からも買い物をする度にグイグイ親戚とのお見合いを勧められる。


 …………つらい。


 私は恋愛だとか、結婚だとかいうものには懐疑的なのだ。

 若い頃の母は大変な恋愛体質で、今の父親だって三人目だし、私と十歳くらいしか歳違わないし、出来婚だ。

 三人の父親とは別に結婚まで至らなかった男達もいっぱいいた。


 一人目の父親で、私の実父は魔術師家系の次男だったけれど、若い頃から頭角を現していた母の才能に嫉妬して研究成果と資料を持ち逃げして離婚。

 その後私が史上最年少で魔術学院に合格したら、突然親権を主張しだして父方の家に拉致された事もある。


 二人目の父親は元冒険者で、働きもせず家のお金を浪費しまくった挙句に他に女を作って離婚。

 後に女に捨てられて金の無心をしに来たり、「子供には父親が必要だ」と、私をだしに復縁を迫ってきたりした。


 他にも母の元恋人達のせいで、母だけでなく、私も散々苦労させられたのだ。

 正直、三番目の父と今も続いていて幸せに暮らしていたのは意外だったし、どうせすぐ別れると思っていたリアの結婚生活が順調そうだったのにも驚いた。


 私だって、誰かと結婚して幸せな家庭を築く事に憧れが無い訳じゃないけれど、母の若い頃の苦労を見ていると、もうアンナリーザがいればそれでいいやと思える。

 そもそも、今まで見てきたダメ男のサンプルが多すぎて、逆にどんな男なら大丈夫なのかわからない。


「恋はね、するものじゃないの。落ちるものなのよ」

「頭で考えるんじゃ無くて、理屈抜きで感情を揺さぶられる。これが恋なのよ!」

「恋に落ちるとその瞬間、まるで頭の中で突然祝福のベルが鳴り始めたかのような気分になるの!!」


 なんて母はよく言っていたけれど、そんな体験は今まで一度もした事がない。

 それに、その恋とやらに身を任せた結果があのザマだったので、私としてはもっと冷静に相手を選んだら良いのにと常々思っていた。


 そして私はそんな事を考えているうちにすっかりいき遅れと言われる歳になってしまった。


 買い物の帰り、ナンパを避けてカップルか子供達しかいないような公園を通って歩いていると、木陰の下で、ボロボロの白衣を着て野良と思われる犬をモフモフと撫で回している人物に目が留まった。


 ボロボロの白衣……野良犬を執拗に撫で回す……。


「……もしかしてジャック・ギランさんですか?」

「む、いかにもそうだが……」

 まさかと思って恐る恐る声をかけてみれば、本人だった。


「私はレーナ・フィオーレというものです。あの、少しお話いいですか?」

「あ、ああ……大丈夫です……」

 まさか実際に本人に会う事になるとは思わなかったけれど、それなら本人に冤罪がかけられそうになっている事を教えておいた方がいいだろう。


 身内の不祥事を隠蔽した為に無実の罪を着せられる若者が出るなんて寝覚めが悪すぎる。


「それじゃあ……」

 グウウウゥゥ~

 あんまり周りに聞かせられない話なので場所を移そうと私が提案しようとしたら、気の抜けた音が聞えた。


 目の前の人物に目を向ければ、

「いや、その、最近ろくな食事をしていないもので……」

 と、顔を赤くしてあさっての方を向いている。


「じゃあ、お食事でもしながらお話しましょうか。声をかけたのは私ですし、お代はこちらで出しますから」

 軽く微笑みながら提案すれば、

「た、助かります……」

 気恥ずかしそうに彼は頭を下げた。


 というか、食事くらい奢ってあげないとさすがに申し訳なさ過ぎる。


 話すなら個室がいいだろうと、私は前に母達と食事をした店に案内することにした。

 軽く世間話をしながら店に向かうまでの間、いくつか彼について気づいた事がある。


 ボロボロの白衣の下は、実は結構きちっとした清潔感のある服装をしていた事。

 白衣は室内実験用の清潔なものと、外に出て実験や観察などを行うの使い古した汚してもいいものと分けている事。

 母の話だともっと異端児みたいな人かと思っていたけれど、実際は丁寧だけど緊張した様子で話していて、人見知りっぽい所がありそうだという事。

 魔術研究についても共感できるところがとても多い事。


 あれ、私こういう人嫌いじゃない。むしろ好感が持てそう……。

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