第18話 パパが欲しい!
「だからそれは推測の話で、それだけの理由で犯人と決め付けるなんてナンセンスだわ」
「いいえ! これだけの事実が揃えば彼が犯人なのは明らかよ!」
引越しの片付けや家具の処分も終ってリアの家に母と向かう。
道中、私が何度否定しても、最後まで母は自分の考えを曲げなかった。
優秀な魔術師ほど自分の考えに固執する傾向があるけれど、全く母には困ったものだ。
会った事は無いけど、ジャック・ギランさんごめんなさい。
リア宅に着くと、リアと彼女の娘のデボラが家の前で立ち話をしていた。
「ああ、お姉ちゃん待ってたわ。ほらデボラ、あの人がレーナおばさまよ」
「こんにちわ~、えーっと、お久しぶりです?」
「ふふっ、前に会ったのはデボラちゃんが二歳の頃だし、憶えてないわよね。それにしても、すっかり大きくなったわね~」
言いながら、私は姪の成長に時間の流れを感じた。
本当に大きくなって、当時の面影なんてもう父親譲りのさらさらの藍色の髪と母親譲りの緑の瞳くらいしかない。
顔はリアによく似ている。
髪を背中まで伸ばして、年頃の女の子らしく可愛らしい格好をしている。
「それにしても、アンナリーザとダリアの姿が見えないけれど、家の中かしら?」
辺りを見回しても二人の姿が見えないので尋ねてみれば、ああそれなら、とデボラが空を指差す。
「ダリアとアンナリーザちゃんなら、そこで遊んでるよ~」
「え?」
言われて空を見上げれば、赤い髪をポニーテールにした少女とアンナリーザが曲芸飛行の練習のような事をやっている。
「ダリアの飛行魔法を見たらアンナリーザちゃんが自分もやりたいって言い出したんだ~。でも、まだ七歳なのにちょっと練習しただけであんなに乗れるようになるなんてすごいよね~」
デボラちゃんがにこーっと笑いながら言う。
「あー……飛行魔法覚えちゃったか……」
「ダメなの?」
思わず本音を私が漏らしてしまえば、不思議そうにデボラちゃんが尋ねてきた。
「いや、これでアンナリーザの行動範囲は飛躍的に広がっちゃうな~とおもったら心配で……ほら、あの子まだ小さいから」
「あ、ならアンナリーザちゃんが迷子になった時は私に言ってくれたらいいよ~。私、察知魔法得意だし、失くし物とか迷子見つけるのは得意なんだ~」
名案だとでも言うようにデボラちゃんは私に提案する。
そういう問題でもないのだけれど、まあ、デボラちゃんなりの気遣いなのだろう。
「私、この魔法なら予備校の先生にも勝ったことあるんだよ~」
「あらそうなの? それはすごいわね。じゃあもしもの時はお願いね」
「まかせて~」
私が頼めば、デボラちゃんが胸を張って答えた。
きっと良い子なんだろう。
それから少しして日が暮れた頃、すっかりダリアちゃんに懐いた様子のアンナリーザと仕事から帰ってきたリアの夫のブルーノさんや私の両親も交えて、母の行き着けの店で食事会をする事になった。
八人の大所帯になってしまったけれど、店の人が母の顔をみるなり奥の個室の上等な部屋を用意してくれた。
「それでね! ダリアお姉ちゃんすごいんだよ! 飛ぶのも早いし、くるくるーって回って……」
アンナリーザは興奮した様子でダリアちゃんの飛行技術の高さについて褒めていたけれど、リアの話によるとダリアちゃんは今年の飛行魔法のレースで優勝するほどの腕前らしい。
「いやーアンがあんまり褒めるから、ついつい張り切っちゃった」
デボラちゃんとお揃いの緑色の瞳を細めてダリアちゃんが照れ臭そうに笑う。
すっかりアンナリーザと打ち解けたようだ。
「ところで、おじさん達は、誰?」
食事が始まってしばらく経った頃、アンナリーザは私の父とブルーノさんを交互に見ながら、不思議そうに尋ねる。
「ああ、こっちの眼鏡をかけた赤い髪のひょろっとした人が私のパパで、そっちの藍色の髪でがっしりした人がダリアちゃんとデボラちゃんのパパよ」
「パパ……」
私が答えると、アンナリーザは私の言葉を繰り返す。
父とブルーノさんはそれぞれニコニコしながらアンナリーザに挨拶をするけれど、アンナリーザは神妙な顔をして二人を交互に見つめる。
「ねえ、どうして私にはパパがいないの……?」
重大な事実に気づいたようにアンナリーザが私に尋ねてくる。
同時にその場が静まり返る。
あ、だめだ。
皆も平静を装いながら気になる様子でこっちをチラチラ見てくる。
気になっていたものの、私がずっとその事について話さないから黙っていたのだろう……。
「……アンナリーザは、パパが欲しいの?」
「うーん、パパって何やるの?」
微妙に話を逸らしながら私が尋ねてみれば、アンナリーザは不思議そうに首を傾げた。
父親という存在がピンとこないらしい。
「ダリアお姉ちゃん、デボラお姉ちゃん、パパってどんな事するの?」
首を傾げながらアンナリーザは、向かいの席に座っているダリアちゃんとデボラちゃんに質問する。
「家族のためにお金を稼いできてくれるよ~それで、私が欲しいものとか買ってくれるの~」
「あと、休みの日に遊んでくれたり、どっかに連れてってくれる!」
「それ、どっちもママがやってくれるよ?」
「「…………」」
デボラちゃんとダリアちゃんが自分なりの答えを話すが、アンナリーザの一言に二人は黙ってしまった。
「二倍! それが二倍になるんだ!」
「レーナおばさんはアンナリーザちゃんの事いっぱい可愛がってくれるでしょ~それがもう一人増えるんだよ~」
しばらくの沈黙の後、気を取り直したようにダリアちゃんとデボラちゃんが説明する。
「ママが二人分……楽しそう! ママ、私パパ欲しい!」
そして、二人の説明を聞いたアンナリーザが新しいおもちゃをねだるようなノリで私に結婚を要求してくる。
というか、生まれてこの方結婚はおろか、恋人すらいた事が無いのに今更そんな事を言われても……。
「……まあ、良い人がいればね」
「わかった! じゃあ私が見つけてくる!」
「は!?」
話をかわそうとしたら、なぜかアンナリーザが父親を自分で探してくるとか言い出した。
「アンナリーザちゃんったら! なんて良い子なのおぉぉ!」
ワインを飲んで酔っ払った母が涙ながらにアンナリーザを褒め称える。
父さんは微笑ましい顔で母さんの背中を撫でている。
「わあ! 面白そう~レーナおばさまはどんな人がタイプなの?」
「あ、私もそれ気になる。やっぱりインテリ系? それとも肉体派??」
そして、デボラちゃんとダリアちゃんは恋バナの気配に目をキラキラと輝かせてくいついてくる。
助けを求めてリアの方を見れば、
「え~、楽しそうだから私も混ぜて混ぜてっ」
と、ノリノリで話しに入ってきた。
ブルーノさんの方を見れば、母を寝かしつけた父に自分の妻と娘がいかに素晴らしいかを惚気だし、父もそうだろう、そうだろうと頷いている。
だめだ、二人共既に大分お酒が回っている。
味方がいない……!!
結局、私が解放されたのは外がすっかり暗くなり、アンナリーザがはしゃぎ疲れて眠ってしまってからだった。
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