第17話 ひどい冤罪を見た

「さあ、着いたわ。ここよ」

「……」

「わあっ! おっきい!」


 新居となる家の前に連れてこられた私は絶句した。

 これを、十四歳の孫に丸ごとポンと渡そうとしていたのか……。


 伝統的でシックな町並の中に一軒屋が一つ。

 豪邸とまではいかないけれど、多分以前私とアンナリーザが暮らしていた家が余裕で四つ以上入りそうだ。

 事業が好調とは聞いたけれど、そのせいかしばらく会わない間に母の金銭感覚が随分とおかしなことになっている気がする。


「新しいお家広いし天井たかーい! なんか木みたいな匂いするー! ママ! この椅子すごい跳ねるよ!」

 新居に足を踏み入れたアンナリーザは大興奮だった。

 近くの部屋にあったソファーのスプリングがきいている事に大興奮して何度も上で跳び跳ねている。


「引越しのためにちょうど荷物はまとめてきたみたいだけれど、手伝う?」

「別にいいわ。浮遊魔法でちゃっちゃとやっちゃうし」

 部屋の中を見て周っていると、リアが聞いてきた。


 魔法でさっさと片付けられるので断る。

「まさか部屋の照明だけでなく、ソファーやベッド、食器類に至るまで全て揃っているとは思わなかったわ……」

「どれも新品だから、衣類や書物とかだけ移して、家具は処分してしまったらどうかしら?」

 予想以上にお金のかかってそうな家に思わず私が呟けば、横から母がニコニコしながら提案してくる。

 まあ、そうした方が早そうだ。


「じゃあ、引越しの整理が終わるまで、アンナリーザちゃんは私の家で預かるわね! ダリアとデボラなら遊び相手になると思うし」

 一通り母と家の中を見て周り、最初の部屋に戻って来た私に、アンナリーザを見てくれていたリアが申し出る。

「それじゃあ、お願いするわ」

「えっ……ママは来ないの……?」

 私がリアにアンナリーザの事を頼むと、アンナリーザは急に不安そうな顔になった。


「引越しが終わったら私もそっちにすぐ行くわ」

 しゃがみこんで目線を合わせ、頭を撫でながら言い聞かせるようにアンナリーザに言えば、渋々という様子でアンナリーザは頷いた。


「じゃあ、家の場所は同じだから。私は一足先に娘達に可愛い従姉妹を紹介しに行って来るわ」

「ママ、早く準備終わらせてこっちに来てね!」

 リアに手を引かれながら、アンナリーザは何度もこちらを振り返ってきたので、とりあえず二人が見えなくなるまではアンナリーザが振り返る度に手を振って見送る。


 姉のダリアが十四歳という事は、妹のデボラが今十三歳か。

 最後に私が二人を見た時は、やっと歩き出した位だったのに、月日が経つのは早いものだ。

 アンナリーザが二人と上手く打ち解けられたら良いのだけれど……。


「手伝いは要らないって言ったじゃない」

 完全に二人が見えなくなった所で、私はさっきから神妙な顔をしている母に向き直る。

「……レーナ。ちょっと母さんの話聞いてくれる」

 重々しい声で母が口を開く。

「な、なにかしら……」

 性格はともかく、母は優秀な魔術師だ。

 まさか、アンナリーザの不自然な所をもう見抜いて、ホムンクルスだということがバレてしまったのだろうか?


「私、この前アンナリーザちゃんをさらったっていう犯人、心当たりがあるの」

「………………は?」

 何を言ってるんだこの人は。

 アンナリーザがさらわれたというのは色々とごまかす為の方便で、本当はアンナリーザはさらわれてなんていないし、そもそもあの事件の犯人はアンナリーザだ。

 誤解と冤罪の臭いがぷんぷんする。


「……とりあえず、話を聞かせてもらいましょうか」

 家のドアを閉め、私は引越し作業の傍ら母の話を聞くことにする。

「三ヶ月前、ある魔術師の男が研究への融資を打ち切られて学会を追放されたのよ。彼の専門は肉体の強化。彼は人間の身体能力を大幅に伸ばす方法として、人間と獣との魔術による合成技術を提唱したの」

「それは、元に戻れるものなの?」

 クローゼットに衣類を移しながら私は尋ねる。


「いいえ、不可逆よ。しかも、更に恐ろしい事に、獣との合成獣になった人間の子供は、必ず合成獣の姿で生まれるらしいのよ……」

「つまり、遺伝子そのものに手を入れる術式な訳ね……」


 一時的なものではなく、永続的な効果を求めるという意味では合理的だろう。

 見た目のせいでいかがなものかと言われているけれど、それを除けば、より優れた資質を意図的に次の世代に移すという、かつての私の研究テーマそのものだ。


 私の場合、手っ取り早く卵細胞の段階から作ってしまった方が早いし確実だろうという考えからホムンクルスを作るに至った訳だけれど。

 きっと彼の場合は人間以上の優れた資質を持つ他の動物の遺伝子を取り込むことでそれを実現させようとしたのだろう。

 正直、被験者の合意さえ取れればそれもありなのではと私は思う。


「私、この話を聞いた時、とても恐ろしくって……もちろん学会でも誰一人として彼に賛同する魔術師はいなくて、結局彼は追放処分になって研究費用も打ち切りになったのだけれど、彼は学生時代、『ゴーレムの命令機構』『使役魔法と合成獣の親和性』なんて論文も書いていたらしいのよ……」

「その辺はよくあるテーマだと思うけれど……」

 わなわなとおぞましいと語る母に、私は冷静につっこむ。


「そうね。でも、それを書いたのが彼という事が問題なのよ。彼、ジャック・ギランはとても優秀な魔術師なのよ。現に彼が学会で発表した内容も、学生時代に書いた論文も、猿による動物実験しかデータはなかったけれど、十分人でも実用可能レベルに達していたわ」


 目的を達成する為の手段を合理的に考えられ、しかも実用可能レベルの詳細な内容まで研究して提示してくるなんて、そんな有能な研究者の研究融資を打ち切って学会から追放など、正に愚の骨頂だ。

 古い価値観に囚われ、新しいものを感情的に排除しようとするその体質は、十一年前から何も変わっていない。


「問題を起こす能力のある魔術師が、必ずしも問題を起こすとは限らないでしょう? 第一、そんな事言ったらこの世のあらゆる魔術や武術などの能力に秀でた人間は皆危険分子じゃない」

 しかし母は私の言葉を大きくかぶりを振って否定する。


「レーナが家を出るのとジャックが魔術学院に入学してくる時期は入れ替わりだったから知らないでしょうけど、彼は天才であると同時に学生時代も奇行が目立っていた変人でもあるのよ」

「はあ、奇行ねえ……」


 備え付けの本棚へと収納する本の並びに首を捻りながら、一応私は続きを促す。

「いつもボロボロの白衣を着て、野良猫や野良犬に餌付けして毎日執拗に撫で回したり、召喚した魔物を毎日連れまわして撫で回したり芸を教えたかと思ったら、ある日いきなり合成獣の材料にして号泣しながらその肉を焼いて食べたり……」


「……それで、それでどうして彼がアンナリーザを誘拐する事になるのよ?」

 確かに奇行に見えなくもないのだろうけど、それは研究の一環だったんじゃないだろうか。

 身だしなみについては知らないけれど。

 号泣して肉を食べたのは、もしかしたら実験に失敗したキメラへの彼なりの弔いなのかもしれない。


 形はどうあれ、自分のせいで失われた命を意味の無いものにしたくなかったのだとおもう。

 私もアンナリーザを作るまでの間、それに近い場面に何度も遭遇した事はあるので、気持ちはわからないでもない。

 私の場合、食べようとは思わなかったが……。


 熱心に教育した魔物を使ったというのもそれだけ成功する自信のあった実験だったのだろう。

 でも失敗してしまったのだろう。


「きっとジャックは森で大量発生させた魔物とアンナリーザで合成獣を作ってゴーレムにしようとしていたのよ。そう考えれば、アンナリーザちゃんに魔物の肉を食べさせた事も納得が行くわ……」

「どういう事?」

 だいたいの引越し作業を終えて、後は古い家具などを処分するだけになった私は母を振り返る。


「キメラを作る時に肉体同士の親和性を高める為に事前に核となる魔物に合成する魔物の肉を食べさせる事は良くあるもの。つまり、ジャックはアンナリーザちゃんを核にして……」

「いや、でもアンナリーザが食べたのは獣じゃなくて虫の魔物の肉だったし……」

「あの夜、襲い掛かってきたのは大量の虫の魔物だったのよね? だったら何もおかしな事は無いわ」


 いや、おかしい事だらけだよ!

 真剣な顔で語る母に、私は頭の中でつっこむ。

 今、酷い冤罪が出来上がろうとしている。

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