第16話 魔法解禁

「それにしても、新聞だとアンナリーザちゃんは魔法使えないって書いてあったような気がしたけど、いつからこんなに魔法を使えるようになったの?」

「えっとね……」

「あの事件の後から! 急に使えるようになったの……」

 母の質問に素直に答えようとするアンナリーザの言葉を遮って、私は答える。


 きっと母やエルダは森で魔物が大量発生した事件の犯人がアンナリーザだと知っても、それで私達を糾弾したり、事実を周囲に吹聴する事はまず無いだろう。

 そんな事すれば家の恥だ。

 だけど、事実を全てあるがままに話すと、言動の幼さや異様な資質と学習能力の高さにアンナリーザがホムンクルスである事がバレてしまうかもしれない。


 それは絶対にダメだ。


 元々私がこの家を出たのだって、ホムンクルスを作ろうとした私に母が倫理観とからめてそんなものは人間ではないと言って研究をやめさせようとしたのが原因だ。

 母がアンナリーザの正体を知って快く受け入れてくれるとは限らない。

 その事が理由で母のアンナリーザへの態度が急変すれば、アンナリーザが深く傷ついてしまうだろう。

 なんとしても、それだけは避けなければならない。


 だから、私は嘘をつく。


「アンは攫われたあの夜、とても恐ろしい思いをしたの。きっと生まれて始めて命の危機を感じたんだと思う。それまでいくら知識を詰め込んでも全く使えなかった魔法をその時始めて使ったのよ……」


 要するに、事件が起きるまでは魔法の才能は乏しいか、全く無いように思われたのに、ある日凶悪犯にさらわれて命の危機を感じて才能が開花した。

 という事にした。

 魔法の才能は思春期頃までなら急に開花する事もあるらしいので、ありえない事ではないだろう。


 私が話し終わると、母はうるうると目に涙を溜めていた。

「そうだったの……たくさん怖い思いをしたのね……辛かったわね……」

 そう言いながら再びアンナリーザに抱きついた。

「わ、私、あんまり憶えてない……」

 対してアンナリーザはどう反応していいのか困ったように私の方を見る。


 私はとりあえず黙っててくれとアンナリーザにアイコンタクトを送る。

「そう、そうよね……酷く恐ろしい思いをした人が、自分の心を守るために無意識に記憶を消すなんて話も聞くものね……」


 一方母は随分とアンナリーザの事に心を痛めているようだった。

 ……年を取ると涙もろくなると聞くけれど、こういう事なのだろうか。


「ねえレーナ、やっぱり帰ってくる気は無い? ここなら親子二人でいるよりアンナリーザちゃんを見てあげられると思うの、美容魔法の事業はますます繁盛してきてるし、研究費用の心配もいらないわ」


「それとこれとは話が別よ」

「でも、アンナリーザちゃん、こんなにすごい魔法を急に使えるようになったけれど、魔法を使う時にはそれなりの配慮も必要だし、学校でその辺をちゃんと教わった方がいいと思うわ」


 それを言われると、ついさっき、魔法を使う時の配慮が足らなかったせいで一階から三階まで実家の天井をぶち抜いてしまったばかりなので言い返せない。


「……私も、アンナリーザにはその内ちゃんと魔法学校に通わせてやりたいとは思っているけれど……」

「ならもうすぐ魔法学院と魔法予備校の入試の時期だし、願書を出しておきましょう! 魔法予備校なら魔法適性さえあれば入れるけど、アンナリーザちゃんならいきなり学院に合格しちゃうかも!」

「は!?」

 ニコニコと母は言うけれど、色々と話が急だ。


「レーナの母校でもあるオフィーリア魔術学院は魔法学の最高学府でもあるのだから、魔法を学ぶのにこれ以上の環境は無いわ!」

「いや、私が言いたいのはそういうことじゃない……」

「お金はこっちで全部出すし、手続きもやっておくわ! 心配なら、移動用の魔法で家から通えばいいわよ」


 なぜかもう既にアンナリーザが魔術学院に合格する前提で話が進んでいる。

 まあ、今のアンナリーザの知識と実技能力なら、ちょっと勉強すれば合格レベルに達しそうではあるけれど……。


 私が学院に合格したのは十歳の頃だったけれど、それでも史上最年少合格だなんだとかなり騒がれた。

 既に散々魔物が大量発生した件で国全体に知れ渡るレベルで目立ってしまっているのに、これ以上目立つのはいかがなものだろうか。


 ……いや、もうここはいっそアンナリーザの非凡な才能を世間一般に周知して彼女の社会的価値を世に広めておいた方が追々便利かもしれない。

 それに、また何か不祥事を起こした時、この孫馬鹿加減なら母は事態を隠蔽する手助けをしてくれる事だろう。


「……同居云々は置いておくとして、近距離別居なら考えなくも無いわ」

 それなりのメリットはあるけれど、同居して教育方針に口を出されたり、孫馬鹿を爆発させて問題を起こされても困るので、同じ町に住んでいる程度の距離感は欲しい。


「まあ! それならこの前建てた家があるからそこに引越しなさいな! 場所も我が家と学院との真ん中くらいにあるし、ちょうどいいわ!」

「なんでそう都合よく家があるのよ……」

 待ってましたとばかりに言ってくる母に、私はつっこむ。


「この前ダリアの誕生日だったんだけどね、欲しいもの聞いたら自分の部屋が欲しいって言ってたから建てたのだけれど、完成して後は贈るだけのタイミングでエルダからダメって言われちゃって……」

「当たり前でしょう!? まだ十四歳になったばかりの子に一軒屋なんて必要ないわよ!」

「そうね、それはさすがに無いわ」


 声を荒げるエルダに、私は頷く。

 これは、別居にして正解だったようだ。

 私の時も親馬鹿なところが結構あったのだけれど、孫という直接自分が責任を負わなくていい、ただ甘やかす事が許される存在が現れた際の孫馬鹿っぷりがひどい。


「ねえママ、私ここでは魔法をいっぱい使っていいの?」

 母に案内されて新居に向かう途中、アンナリーザがこっそりと私に尋ねてきた。

「そうね。もう堂々と使ってもいいけれど、使う時はちゃんと周りに気をつけないとダメよ?」

「うんっ!」


 いつまでもアンナリーザに魔法を使う事を禁止する訳にもいかないし、アンナリーザがちゃんと私以外の人達とも接して外の世界を学ぶ事も大事だろう。

 孫馬鹿の資金力と人脈を使えば、多少のやらかしはフォローできるだろうし、これもいい機会なのかもしれない。


 この時の私はそう楽観的に捕らえていた。

 正直、私は侮っていたんだ。

 アンナリーザの面倒事を起こす能力の高さを。

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