第15話 実家が大惨事
「リア!?」
「誰?」
思わず私が驚きの声をあげれば、アンナリーザが不思議そうに私を見る。
「まあ、話の続きはむこうでしよっか」
妹のリアがそう言った直後、私達の足元に魔法陣が浮かぶ。
これは、転移魔法……!
そう気づいた時には既に私達は実家の資料室兼実験室にいた。
古い本と薬草と、何かを燻したような匂いになんとも言えない懐かしい気分になる。
けれど、私にそんな感慨にふける余裕は無かった。
私の母がものすごい勢いで抱きついてきたからだ。
「ああっ! お帰りなさいレーナ! 会いたかったわ!!」
無駄に豊満な胸に半ば強制的に顔を埋められて苦しい。
「十一年も一体どこに行ってたの? 母さんもうあなたの研究には口出ししないから帰ってきて! でもそしたら母さんの研究も引き継いでね? 子供が出来たんなら母さんにも孫の顔を見せにきて頂戴! 相手はどんな人!?」
身体をねじってなんとか力強い抱擁から解放されたかと思えば、母は矢継ぎ早に質問やら要求やらを言ってくる。
こんな落ち着きの無い母だけれど、もう六十過ぎのはずだ。
まあ、母が長年研究している美容魔術のおかげで見た目は二十代後半くらいにしか見えないし、私もその魔法のお世話になっているおかげで二十代半ばからほとんど見た目は変化していない。
けれど、いくら見た目が若いからと言って、いい歳してこの落ち着きの無い言動はいかがなものかと思う。
「とりあえず、今の質問と要求に関する答えは全部『それをどうこう口出しされるいわれはない』ね」
「ごめんなさい、急だったわよね。レーナが大活躍してSランクの冒険者になったり、七歳になる娘がいるって聞いたらいても立ってもいられなくなって……」
乱れた長い金色の髪を手ぐしで整えながら、はにかんだように母は言う。
「いてもたってもいられなかったから、昔出て行った娘を親子共々突然、有無も言わせず強制的に拉致して連れてきたのね」
「でもお姉ちゃんなんか引越しの準備して今にも出るって感じだったよね」
精一杯の皮肉を込めて言えば、リアはさらっと私の神経を逆なでしてくる。
「ええ、新聞で大々的に取り上げられてしまったから、こうして拉致される前に逃げようと思ったのだけれど、まさか新聞が発行されたその日のうちにこうなるとは思っても見なかったわ」
「母さんの人脈すごいでしょう!」
渾身の嫌味を言えば、なぜか誇らしげに母は胸を張る。
「…………」
もうまともに話すことすらめんどくさい。
「あなたがアンナリーザちゃんね、レーナの小さい頃にそっくりだわ!」
「ほんとう? 私ママにそっくり?」
「ええ、その水色のさらさらな髪も猫みたいな大きな目もそっくりよ」
「えへへー」
母は今度はアンナリーザの方にしゃがみこんで話しかける。
照れながら私の左手を両手で握ってくるアンナリーザは可愛いけれど、さて、どうやってここから逃げようか。
「ところでアンナリーザちゃん、もしかしてもう魔法使えたりする?」
「……お姉さん達、だあれ?」
母に続いてリアもしゃがみこんでアンナリーザの顔を覗き込むようにしながら話しかければ、アンナリーザは警戒したように私の後ろに隠れながら二人に尋ねる。
怪しい人間は疑ってかかるという事がやっとできるようになったらしい。
「ああ、ごめんなさいね。私はアンナリーザちゃんのママのママ、つまりアンナリーザちゃんのおばあちゃんで、そっちのお姉さんはアンナリーザちゃんのママの妹よ」
「そうなの?」
「ええ、そうよ」
アンナリーザは確認するように私を見上げてくる。
一応事実なので私は頷いて、後悔した。
アンナリーザの顔が急に明るくなったからだ。
まずい、知らない人だとでも言っておけば良かった……。
そう思ったけど、既に後の祭りだった。
「私、魔法使える! 家にあった本も全部読んだし、ママに図書館に連れて行ってもらったから、色んな魔法が使えると思う!」
瞳をキラキラさせながらアンナリーザが母とリアに話す。
多分、身内だから話しても大丈夫だろうと判断したのだろうし、あのはしゃぎようを見ると、やはり誰かにその事を話したくて仕方が無かったのだろう。
「まあ、そうなの? おばあちゃんに見せてくれる?」
「うん! 何がいいかなあ……」
「アンナリーザちゃんの一番得意なやつが見たいわあ」
「わかった! ”ヘル・ファイアー”!!」
直後、突如として現れた炎の柱により、三階建ての我が家に巨大な吹き抜けが出現した。
咄嗟に私と母とリアの三人で魔法を使って消火したので、何とか延焼は防げたけれど、一歩間違えば同じ部屋の隣スペースにあった本が丸ごと焼けていた所だ。
既に絶版になっている古い本など、もう手に入らない物も多いので本当に危ない。
「キャー! すごい! すごいわアンナリーゼちゃん! この歳でもうそんな上級魔法を操れるなんて! 天才! 天才だわ!!」
「えへー、すごい? 私すごい?」
「すごいわー! さすがレーナの娘! 私の孫!!」
だけど、母はそんな事はまるで些細な事とでも言うように、消火活動が終ると興奮した様子でアンナリーザに駆け寄り、抱きついてずっとこの調子だ。
とんでもない孫馬鹿が誕生してしまったような気がする。
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