第14話 レーナは逃げ出したい

 狼男と対峙する八日前、私とアンナリーザは朝からせっせと引越しの準備をしていた。

「わあっ! 家の荷物が全部不思議な空間に消えちゃった! ママ、これはなんていう魔法なの?」

「”ストルハウス”よ。荷物を保存している間は地味にじわじわ魔力を消費するから仕事や研究以外ではあんまり使いたくないけど、今はそうも言ってられないわ」


 成り行きで炭になった魔物の塔を作ってしまってから二週間後。

 現在私は大急ぎで引越しの準備をしている。

 時は一刻を争う。


 なぜこんな事になっているのかといえば、前回の森の一件を高く評価されてしまった私がSランクに昇格してしまったのが原因だ。

 基本的にAランクまではそれまでの仕事の実績次第で自動的に上がれる。


 けれど、Sランクになるには国を揺るがすような大事件を解決するレベル功績が必要で、更に冒険者が所属する冒険者ギルドからの推薦、国のお偉いさんや各支部の冒険者ギルドの更に上の統括組織のお偉いさん方達に審議されて昇格の可否が決まる。


 森の異変にいち早く気づいて魔物に襲われていた村人を助け、魔物が森から出ないように強力な結界を張り、犯人と思しき男にさらわれた実の娘を助ける為に私財を投げ打って森の魔物を殲滅。

 しかも、実は彼女が森に閉じ込めた魔物は特別危険生物に指定される魔物達もいて、彼女が結界を張らなければ、周辺地域はほぼ間違いなく疫病と飢饉に襲われていた。

 この辺一帯は農耕が盛んで、もしここが潰されていれば国全体の食糧難に発展したかもしれない。


 確かに、これだけ聞くとこの地域だけでなく、国の危機を救ったといっても過言ではないかもしれない。

 実際はその危機を作り出したのも私の娘なので、悪質過ぎるマッチポンプだ。

 しかも、五年ぶりに出たSランク昇格者、娘の危機を救った強き母として、新聞に大々的に取り上げられてしまった。


 それが良くない。

 国が違うから、新聞で大々的に国中に報道されてしまったけれど、もしかしたらこの情報は届かないかもしれない。

 だけど万が一、実家にこの事が知れたら面倒な事になる。


「アン、忘れ物ないわね?」

「うん! ばっちりだよ!」

 私が尋ねれば、保存食とおやつを詰めた鞄を背負ったアンナリーザが手を上げて元気良く答えた。


「ここにはたぶんもう戻ってこないから、最後にあいさつしたい人はもういない?」

「大丈夫!」

 最近すっかり有名人になってしまった私とアンナリーザの交友関係は随分と広がった。


 もうこの辺の地域で森の魔物騒ぎを鎮めた私やその娘の事を知らない人はいないし、人のいる所に行けば必ず声をかけられる。

 元々人懐っこい性格のアンナリーザは、すっかりこの辺のマスコット的存在になってしまっている。


 あまりに周りからちやほやされ過ぎて、後ろめたさが尋常じゃない。


 私が炭の塔を作って二十日以上経った今も、森には特別危険生物は出ていない。

 魔物の大量発生事件は収束したとみなされ、当初予定されていた森ごと魔物を焼き払う計画は取り下げられた。


 ちなみに森は燃やさずに済んだけれど、未だに森は一般人は出入り禁止のままだ。

 その原因はアンナリーザが使った促成魔法にある。


 促成魔法は生物の細胞を活性化させて成長を促進する方法なのだけれど、あれはまだ確立されていない不完全な魔法だ。

 それを加減も特に考えず森全体にまとめて放った結果、促成魔法を浴びた木々や動植物が異様な成長を一夜にして遂げてしまった。


 木は異様に大きく伸びて枝どころか幹までうねって葉っぱは無駄にカラフルになるし、他の植物も妙に生命力に溢れている。

 虫や動物は全体的に巨大化して、森のあちこちに正体不明のキラキラした鉱物が発見されたらしい。

 その異様な光景のせいで、国から新たにCランクの調査依頼が出て、十年単位で森を様子を見守ることになったそうだ。


 ちなみに魔物がいなくなったのに森に入れない村の人達はといえば、今は森を調査しにくる冒険者相手に宿や食事所を提供して、結構潤っているらしい。

 森が広大過ぎて調査には多くの冒険者が必要になるというのも大きいだろう。


「ねえママ、引越しって、どんな所に行くの?」

「とりあえず、ここから出来るだけ離れた所がいいわね。アンはどこか行きたい所ある?」

「うーんとねー、魔法がいっぱい使えるところ!」

「あれ? アンナリーザちゃんって、魔法使えるの?」

私達が話しながら家を出ると、目の前に妹が立っていた。

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