第10話 レーナは覚悟を決めた

 寝巻きのまま、首に人工魔法石のついたチョーカーをつけ、ロッドを持ってクローゼットの奥の我が家へと向かう。

 クローゼットを潜り抜けて、開きっぱなしになっていたドアから家の外に出れば、そこには想像を絶する光景が広がっていた。


 森が、蠢いている。


 比喩などではなく、実際に蠢いている。

 目の前に広がるその森は、今まで私が見慣れてきたそれとは明らかに違っていた。


 まず、明らかに木の背丈が全体的に伸びている。

 加えて、妙に幹や枝が曲がりくねっているように見えるし、月明かりしかない薄暗い状況だけれど、風もないのに森全体が微かにうねうねと動いているような気がする。


 そして、遠くから断続的に聞えてくる轟音と、それに合わせて夜空に現れる魔法陣。

 輝きを放つ巨大な魔法陣が大きな音を立てて空に現れては消える様はまるで花火のようだ。

 遠くの夜空に描かれては消え、また現れるのを繰り返しながらこちらに近づいてくるあの魔法陣は、魔物寄せの紋章……。


 目の前の光景に呆気に取られながらも私が視線を下せば、私がこの半年魔力を溜め込んできた人工魔法石を脇に置いてそこから魔力を得ながらこの大掛かりな魔術を展開しているアンナリーザの姿があった。


「な、何やってるの!?」

「あ、ママ! 今ね、森中の魔物をこっちに集めてるの! 集まった所をまとめて倒したら森を燃やさなくてもいいし、また毎日魔法をいっぱい使えるよね!」

 呆然としながら私が話しかければ、アンナリーザはこちらを振り向いて、屈託のない笑顔でそう言った。

「前にも言ったでしょう、それだと魔物の成虫や幼虫は駆除できても卵は出来ないって!」


「大丈夫! 魔物寄せの魔法使う前に促成魔法で卵は全部孵化したはずだから!」

「は?」

「ママが寝てる間にこっそり森に行って魔物の卵で練習してたから、大丈夫!」

 ポカンとする私に説明するようにアンナリーザは言う。


「なにやってんの!?」

 もしかして、最近妙に眠そうにしてた原因はそれ……?

 そして当たり前のようにクローゼットの奥を自宅と繋げてたのがバレている!?


「後はここに来た魔物達をまとめて燃やすだけだよ!」

 琥珀色の瞳を輝かせ、得意気な様子でアンナリーザが言う。

 直後、私達の目の前に巨大な魔物寄せの魔法陣が現れ、それとほぼ同時に地響きのような音がこちらに迫ってくるのを私は感じた。


 そして、しばらくすると私達の目の前にはムカデと蛾とイナゴの魔物が大量に押し寄せてきた。

 結界を張ってあるせいで私達のいるこちら側にはこれないけれど、結界のすぐ外の魔物寄せの魔法陣めがけて密集してくる。


 グロいグロいグロいグロいグロいグロいグロいグロい!!!!!!!!!!!


「”ヘル・ファイアー”!!」

 直後、アンナリーザが発動させた魔法により、目の前に炎の柱が出来上がり、魔物達が一気に燃えていく。

 強烈な炎の光が、肩まであるアンナリーザの薄水色の髪をキラキラと照らす。

 森の木に引火して山火事にならないか心配だけれど、多少の距離はあるから大丈夫だろうか。


 しかし、魔物を燃やしたそばからまた新たに魔物がやってくる。

 アンナリーザはそれを再び炎で焼き払う。

「こうして森の魔物を倒していけば、全部駆除できるよね!」

 再び得意気にアンナリーザは笑う。


 ああ……半年間溜め込んだ私の魔力が消費されていく……。

 アンナリーザの傍らにある人工魔法石を見て私はなんともいえない気持ちになった。

 けれど、もうここまで来たらアンナリーザの思うようにさせてみようという気になってきた。


 森を燃やす事なく魔物を駆除するにはどうすればいいか?

 そのために図書館で魔術書を読み漁り、作戦を立て、それを実行するのに必要な魔力を家にあった人工魔法石で補う事を考える。

 魔法石からの魔力の取り出し方なんて全く教えていないのに、自力で習得して十分に使いこなしている。

 そして今日、この作戦を実行する時まで、私にバレないように事を進める計画性。


 後で色々と叱る所があるにしても、私はアンナリーザが自分で考えて問題を解決しようと行動した事そのものを非難する気にはなれないのだ。

 むしろ、子供の成長を喜ばしく思う。


 ……色々と思うところは大いにあるけれど。


 それからしばらくアンナリーザは魔物がある程度集まる度に燃やしていたけれど、魔物寄せの魔法陣の前が燃やされた魔物の死骸で埋め尽くされても魔物は相変わらず現れる。

 アンナリーザもかなり消耗してきているので、私は一旦飛行魔法で上空に上がり、察知魔法を使う事にした。

 これで森に残った魔物があとどれ位いるか把握できる。


「なっ……!?」

 だけど、察知魔法を展開した直後、私は言葉を失った。

 アレだけの数を燃やしてもなお、森の中にはおびただしい数の魔物がいて、じわじわとこちらに向かってきているのだ。


 こちらに近づく程に密度が増していって最高に気持ち悪い。

 しかも、正面からじゃわからなかったけれど、魔物寄せの魔法陣を覆うように魔物の死骸が積み重なったせいで、周りに山のように密集している魔物が森の中までギチギチに続いている。


 流石に森の中の魔物を焼き払う訳にもいかないけれど、ムカデの魔物は少しでも健常な身体の一部があればそこから再生してしまうので、他の魔法で処理するのは心もとない。


 そんな事を考えていると、不意に魔物寄せの魔法陣が消えた。

 下を見れば、アンナリーザが倒れている。

 恐らくは魔力の使い過ぎによる疲労だろうし、あの様子なら隣の人工魔法石の魔力もすっからかんだろう。


「まあ、アンも頑張ってはいたけれど、ここまでかしらね……」


 魔法陣が消えた事により、魔物がゆっくりと森に散っていく。

 結界もあることだし、安全上は問題ない。

 あと二週間もすれば、魔物は森ごと焼き払われるだろう。

 もちろん私もその作戦に参加する。

 そうしたらその報奨金でまた静かな場所に引っ越して……。


 ここでアンナリーザを連れて帰っても何も問題はない。

 むしろ、地面にそのまま転がっているアンナリーザをさっさと連れ帰って身体の土汚れを拭きとって早くふかふかのベッドで寝かせてやった方が良い。


 そう思うのに、こんな時に限ってここ最近のアンナリーザの様子が思い出される。

 毎日朝から晩まで本を読みふけっては何か考える素振りを見せたり、かと思ったらそのまま眠ってしまったり。


 さっきの本人の話だと、夜は私が寝た後にこっそりと森に出かけては自分の作戦を成功させる為に色々と実験や練習も行ってきたらしい。


 何もないただの深い森だったけれど、アンナリーザにとってここは、生まれてからずっと親しんできた森だ。

 その森が自分のせいで無くなってしまうと聞いて、アンナリーザも何か思うところがあったのかもしれない……。


「しょうがないわね……」

 腰まである長い髪をかきあげて、私は大きなため息をつく。

 アンナリーザの作戦は私が引き継いであげよう。

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