第9話 娘が可愛い

「ねえママ、回復魔法って種類があるの?」

 最新の魔術論文を読む私の横で、最新の魔術関係のニュースをまとめた雑誌を読むアンナリーザが尋ねてきた。


「ええ、回復魔法は主に三種類に分けられるわ。怪我を治すという目的は同じだけど、その方法が全然違うの」

「どう違うの?」

 アンナリーザが私を見上げながら尋ねてきた。


「まず、一番一般的な魔法は回復魔法を受ける相手の元々の回復力を高める"ヒール"ね。これは習得も簡単だし、消費魔力も少ないから広く使われているけど、元々の回復力を上回る回復は出来ないの」

「例えば?」

「折れた骨は直せるけど、無くなった腕は生やせないわ。あと、虫歯も治せないわね。あくまで自力で治せる範囲の病気や怪我しか治せないわ」

「ふーん、あんまり大したことないんだね」


 アンナリーザの言葉に、私は首を横に振って否定する。

「そんな事ないわ。突発的な大怪我くらいならこれで大体治せるもの。まあ、怪我の程度によっては傷も残っちゃうでしょうけど」

「なら、他のなら残らないの?」

 きょとんとした様子でアンナリーザが尋ねてくる。


「そうね、二つ目の魔術師の魔力を相手に直接送り込んで意識的に怪我を治す”キュアー”だと、本人の治癒力を超えて治せるから、大抵の怪我や病気は治せるわね」

「そんなにすごいならなんで皆それを使わないの?」

「習得がヒールに比べて難しいし、魔力消費も大きいから、怪我の多い冒険者のパーティーとかだと簡単に習得できて一日に何回も使える方が使い勝手がいいのよ」

「じゃあ使う人もあんまりいないの?」

「そうでもないわ。冒険者じゃなくても病気や怪我になる人はたくさんいるもの。だから、この魔法が習得できれば、回復魔術師として一生食うに困らないとは言われているわ」

 まあ、その魔術を習得するのにはそれなりの資質と努力が求められる訳だけれど。


「へ~、じゃあ最後の一つは?」

「極めれば髪の毛一本からだって持ち主の体を再生できる”リザレクション”よ」

「髪の毛から!? すごい!」

 アンナリーザが目を丸くする。

 極めれば、という所が重要だったりするけれど。


「でも、記憶を引き継げる訳ではなくて、再生できるのはあくまで同じ顔をした別人よ。それに、習得するにはかなり高度な専門知識も必要だし、普通の魔術ではまともに扱えないくらいに消費する魔力量が大きいのよ」

 だけど、この方法なら最悪生きてさえいればキュアーでも再生しきれない酷い状態の怪我や病気も全て正常な状態で再生できる。

「使えるようになるのがすごく難しいって事?」

 アンナリーザの言葉にわたしは頷く。


「そうね。更に突き詰めると元となる人物よりも更に優れた資質を持つ人物を新たに作る事も理論上可能なのだけれど、『神の領域に踏み込む禁忌だ』っていう人達のせいで一部地域でリザレクションは研究禁止魔術に指定されているし、そうじゃない地域でも、この考えは生理的に受け付けないって人は多いわね」

「そうなんだ……」


 まあ、私はその三つの回復魔術を全てマスターしている訳だけれど。

 というか、アンナリーザを作ったのもそのリザレクションの応用だったりする。


「それで、急にそんな事聞いてどうしたの?」

「あ、これでね、回復魔法を応用した野菜や家畜の促成法ってやつなんだけど、今の話だと多分ヒールを応用して生き物を急に成長させたり出来るみたいなんだ」


 言いながらアンナリーザは私に読んでいた雑誌の記事を見せる。

 そこには見覚えのある人物の名前があった。

 魔法は世のため人のため、この世界をより豊かにするためのものだと、そう言って譲らなかった人物。


 世間の役に立ちそうな研究成果は積極的に公開していくべきだという持論は今も変わっていないらしく、雑誌にはどんな状況でどんな魔法を使ったらこんな効果が得られたかという内容が事細かに記されている。

 しかし、もうこの内容を理解できるなんて、アンナリーザの学習能力の高さはさすがだ。


「ふーん……」

「ねえ、ママ」

「だめよ」

 私が記事を読んでいると、ソワソワした様子でアンナリーザが私に声をかけてきたので、すかさず私はそれを跳ねのける。


「まだ何も言ってないもんっ」

「言わなくてもわかるわよ。その促成魔術とやらを外で試してもいけないし、家から持って来た植物に使うのもダメ」

 不服そうに食い下がるアンナリーザに彼女の言わんとした事の返事をしてやれば、その顔はぷくーっとふくれた。


「ママのケチんぼ!」

「そう、そんな事を言う子には今日のおやつはなくてもいいわよね」

「えっ!? やだっ!」

「今ここで謝るのと、おやつ抜きになるのどっちがいい?」


 私が尋ねれば、アンナリーザはしばらく躊躇うような素振りを見せた後、私に頭を下げる。

「うう……ごめんなさい……」

「森の件が一段落着いたらまたたくさん魔法を使わせてあげるから、それまで大人しくしてなさい」

「はあい……」


 思った以上にしょんぼりした様子のアンナリーザに、私の罪悪感が刺激される。

 くっ……! 私は何も間違った事は言っていないはずなのに……!

「良い子ね。じゃあ今日のおやつはアンの好きな大通りのお店のレアチーズケーキにしましょうか」


 結局罪悪感に負けた私はおやつをアンナリーザの好物にする事にした。

 するとアンナリーザの顔が灯りがついたように急にぱっと明るくなった。

「本当!? ママ大好き」

「アンは現金ねえ……」

 そう言いながらもつい顔がにやけてしまう。

 私の娘、可愛い。


「それにしても、随分と勉強熱心ね?」

「だって、魔法が使えないから、使えるようになったらどんな魔法を使おうか色んな本を読んで考えてるの」

 アンナリーザの希望で集められて机に積まれた魔術に関する本を見ながら私が言えば、少し恥ずかしそうにアンナリーザはもじもじしながら答える。


「アンナリーザは本当に魔法が好きなのね」

「うん、大好き!」

 あんまりにも眩しい笑顔でアンナリーザが言うものだから、それからしばらく私は娘にせがまれるがままに毎日図書館へ通うことになった。

 難しい本を読んで頭を使うと疲れてしまうらしく、昼寝の時間が随分と増えたけれど、それでもアンナリーザは魔道書を読み漁るのをやめなかった。


 きっと新しい知識を身に付けるのが楽しいのだろう。

 私にもそういう時期があったし、その時身に付けた知識に助けられる事は大人になってからもあるので、ここはそっと見守ることにする。

 今の私にできる事は、最近は放っておくと本を読むか寝てるかという状態のアンナリーザに食事や入浴などを忘れずにちゃんとさせる事くらいだ。


 アンナリーザと図書館通いを始めて二週間ほど経ったある夜、私は部屋に響き渡る轟音で目が覚めた。

 隣を見れば同じベッドで寝ていたはずのアンナリーザの姿がなく、開いたクローゼットは我が家へと続いていて、身体に響く轟音はそこから聞えている。


 何事かと部屋を見回して、私はある事に気づく。

 この半年、毎日魔力を注ぎ続けた人工魔法石が消えている。

 ……どうしよう、嫌な予感しかしない。

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