第5話 黒幕なんていないから!
「アン! どうしてこんな所にいるの? あなた魔法も使えないはずでしょう……?」
なんとかこの場をごまかして切り抜けるべく、私はアンナリーザに駆け寄ると、迫真の演技で娘を心配する母親を演じた。
「えっ……あっ!」
そしてようやくアンナリーザも事態を察したらしく、急にオロオロしだした。
「娘さんですか?」
女剣士のミーナちゃんが心配そうに聞いてくる。
「ええ、この森の奥に住んでいるんですが……しばらく森は危ないから家から出ちゃダメって言ったでしょう!?」
叱るように言いながら、私は心の中で頼むから変な事言って墓穴を掘らないでよね、と念を送る。
言い訳思いつかなかったら全部「わかんない」でいいから!!
「ね、猫さん! 黒い猫さんが遊ぼうって言ってきたの! それでうんって答えたらここにいて、お腹すいたっていったらこのおっきいムカデを焼いてくれたの!」
アンナリーザは焦った様子であろう事か黒猫が犯人だと言い出した。
いやいや、流石にその言い訳は無理があるだろ。
しかも目が泳ぎまくってるし、明らかに嘘をついていますといわんばかりだ。
そう思って私が恐る恐るパーティーメンバー達の方を振り返れば、皆随分と真面目な顔をしていた。
「猫……恐らくは使い魔だろうな……」
「こんな小さな女の子をさらって一体何をするつもりだったのかしら……」
「もしかしたらムカデの魔物を食べさせる事に儀式的な意味が……」
皆さん随分と真剣にアンナリーザのでまかせの考査をしてくれている。
良かった……!
皆騙されやすい残念な人達で本当に良かった……!!
「その黒猫の主人が、今回魔物を大量発生させた黒幕かもしれません……」
眼鏡の魔術師のお兄さん……確かルーデルさんだったか、が何かとんちんかんな事を大真面目に言い出した。
「この一連の出来事は、黒魔術による大規模な生贄儀式の一部なのかもしれません……」
ルーデルさんの言葉に、私とアンナリーザ以外のその場にいた全員が息を飲んだ。
いや、無いから。
一応私、魔術の最高峰と言われる学院で黒魔術も一通り習ったけど、こんな雑な生贄儀式無いから。
生贄を必要とする儀式というと、かなり上位の精霊と契約を結ぶ為に召喚する時、または、契約の内容を更新したり、特定の命令を聞くたびに生贄を要求してくる精霊もいる。
だけど、こんな星の巡りも土地の性質も考慮せず、歪な結界の中にただ適当に魔物と人をぶち込んだだけの状態では生贄を要求するレベルの上位精霊なんて呼び出せない。
そんな大規模な儀式をするならば、もっと綿密な準備が必要なのだ。
というか、いくら回復や補助メインの白魔術師で黒魔術は専門外とはいえ、曲がりなりにも魔術師を名乗っていながら、大の大人がそんな適当な事を大真面目に言い出すのはいかがなものなのか。
言った所で何の得も無いから言わないけど。
たぶんこの人は『黒魔術には生贄を捧げる儀式があるらしい』くらいの又聞きの又聞きのような、どこかで聞いたことある程度の知識で語っているのだろう。
特定の分野の専門家に師事して、専門の魔術以外の事はほとんど知らない。
正しい知識も持たずに噂話に踊らされる。
それは、とても恐ろしい事だ。
場合によってはそれが原因で命を落としかねない。
そう考えると、学費は痛いけれど、アンナリーザはちゃんとした設備や優秀な講師陣がそろう魔術学校に通わせてやらなければと思う。
まあ、それはアンナリーザがもう少し大きくなってからでいいだろう。
「……レティシアさん、レティシアさんってば」
そんな事を考えていると、ミーナちゃんが私に話しかけてきた。
「ああ、ごめんなさい。少し考え事をしてしまって……何かしら?」
「レティシアさんが娘さんを心配なのはわかります。だから、今回の私達の仕事に娘さんも連れて行きましょうって話です」
私が尋ねれば、ミーナちゃんが私の手を取ってまっすぐ見つめてくる。
「それは、私としてはとてもありがたいのですが、皆さんにご迷惑になりますし……」
本当のところは、アンナリーザがこのパーティーと同行してボロを出すのが恐い。
「家にいた子供が何者かにこんな所まで連れ出されて魔物の肉を食べさせられているなんて、普通じゃありませんよ。この森の結界はレティシアさんが張ったと聞きました。という事は、当然家にも結界は張っていたんでしょう?」
「それは、そうなんですけれど……」
マズイ。
これは非常にマズイ。
確かに魔法も使えない普通の子供が結界を張った家で留守番していたのに何者かに現在魔物が大量発生している森に連れ去られて魔物の肉を食べさせられているなんて、事件性しかない。
本当のところはどうせ留守番にあきたアンナリーザがピクニック感覚で森に出て、小腹がすいたからその辺の魔物を焼いて食べただけなのだろうけれど……。
というか、この前は熊の魔物だったから私も食べるのにはまだ抵抗無かったけど、流石にムカデの魔物を食べるのはどうかと思う。
『寄生虫や毒があったらどうするのよ! それにこんな木に囲まれた場所で火属性の魔法なんて使うんじゃありません!』と、叱りつけたいけれど、とてもそんな事を言える雰囲気じゃない。
重い。
みんなの空気が重い!
「それならなおさらこの子を今家に一人で帰すべきではないです」
「犯人が魔物を大量発生させた目的はわからないですけど、もしかしたら魔物達が外に出る前に森の周りに結界を張ったレティシアさんを逆恨みしている可能性もあります!」
パーティーメンバーの皆さんが、口々に心底心配した様子で言ってくる。
そもそもそんな悪しき考えを持った犯人なんていないし、犯人がいるとすればアンナリーザだし、でもそんな事は絶対に言える訳も無いので私は言葉につまる。
「仕事を途中で投げ出す事はできませんが、この仕事が終ったら皆で冒険者ギルドに行きましょう。事情を話せば本部で保護してくれるでしょうし、今家に戻るのは危険です」
私が黙ったのを怯えているとでも思ったのか、ルーデルさんが冒険者ギルドに保護を求めるように私に提案してきた。
他のパーティーメンバーも口々にそうだ、それがいいと言ってくる。
たぶん、もうこれ断った方が色々と怪しまれると思う。
どうしたものかと思い、アンナリーザを見れば、目をキラキラと輝かせながら私を見ていた。
「私、家でお留守番しなくていいの? 確か冒険者ギルドって町にあるんだよね? お泊まり? ねえお泊まり??」
だめだ。
完全に冒険者ギルドでのお泊まりを楽しみにしている。
どうしよう、どんどん話が大きくなってしまっている……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます