第19話:-年末年始の物語-【07】
「ところで翔子、オートレースの仲間とはちゃんとやってる?」
「ん? ちゃんとって?」
「喧嘩沙汰とか、先輩への失礼な態度とか、とにかく色々」
昔が昔だっただけに、社会人になった現在は、流石に心配になってくる。
金属バットとか振り回していないかとか、本当に不安になる。
「やーだ。私だって、いい年なんだし、いきなり周りの人達を殴ったりしないって」
殴る殴らないの基準で話すところに不安を感じる今日このごろ。
彼女の中では世紀末な世界が基準になっているのかもしれない。
「オートレースは一人で走るけど、内部では仲間同士で助け合って生きていく必要があるから、とっても大事にしているよ」
「へー、それは意外」
「バイクのパーツを運んだり、整備したり、タイヤ交換したり、とにかく鉄の塊を一人で取り扱うのは不可能だからね。同期や兄弟弟子、後輩とかは、仲良くするようにしているんだ」
そこは、過去のバイク仲間を集める感覚でうまくいきそうな気がする。
いつも翔子のバイクの周りには、ATフィールドばりに護衛が居たのを覚えている。
イメージで言うなら、走サーの姫という表現がよく似合う。
「レース中は、宿舎で毎日過ごすことになるから、流石に険悪なムードを作れないしね」
「家に帰ってないの?」
「……まあ、帰らないこともないけど、レースは数日あるし、終わったら数日後には、また次のレースが始まっちゃうから、あまり一人になる時間はないかな。空いた時間もバイクのメンテナンスをするか、マッサージ屋行くか、寝るかの三択しかないし」
「それって意外と大変じゃない? 休みなんてほぼ無さそう」
「まあ、無いっちゃ無いかもしれないけど、楽しいからあまり気にならないかな」
翔子は迷わない様子で答える。
「お姉ちゃんだって、自分が好きなマンガを仕事にしているから、年末に、臭い体になるまで一生懸命働いたんでしょ?」
「まぁ、そうかもしれないけど」
「うちの血筋は、やりたい事を一生懸命やって死ぬ運命なんだよ」
「……なにそれ、めっちゃかっちょいい」
「でしょ? 浜名家の決められし運命……人生を捧げた情熱の一生――どう? お姉ちゃんのマンガで連載できないかな?」
※エトナの本名の名字は『浜名(はまな)』
「私と翔子――美少女二人の姉妹が、臭い体臭を放ちながら地道な苦労をこなしている姿が、果たしてどこまで通用するだろうか……」
「あぁ、その言い方だと山梨さんでなくてもボツにする自信がある。ごめん、汚い」
分かってくれたようで何より。
「ところで、そんな話をしているうちに、お蕎麦屋さんらしき店が見つかったんだけど、どうする?」
「……えっ、どこどこ? 安そう?」
確かに、夜道を走る数十メートルほど先に、ぽつりと小さな明かりが看板を照らしている様が見える。
そば屋とまでは見えないけど、視力は1.9の翔子が言うのだから間違いない。
「なんて書いてある? 藤そば? そば森?」
「……いや、ケチだからって、チェーン店を期待するのはよそうよ。ちなみに、老舗十割蕎麦専門店栢木って全部達筆な漢字で書いてある」
「よし翔子、多分次の店はきっと素敵なところだから、とりあえずアクセル全開にしない?」
蕎麦通じゃないけど、十割そばが高いことくらい、凡人の私でも感覚で分かる。
五千円しか持ってきていないのに、そんな貴族の店で食べられちゃ破産してしまいそうだ。
「……残念お姉ちゃん、私の不手際でもう駐車場に止めてカギを抜いてしまったようなの。私ったら、お馬鹿さん♥︎」
「え、ちょ、何? いつの間にっ……!」
ものの数秒だけ意識を飛ばしていただけだというのに、こういうときだけやたら仕事が早い。
現金なのは、もはや血筋と言うべきか……
「良いじゃない。そば屋でそば食べるなんて滅多にないことでしょ? たまには贅沢しようよ」
翔子は既にヘルメットを抱えて店の中に入ろうとしている。
奢りという状況からの躊躇のなさが潔すぎる。
「……それとも、また極寒暗闇のダークロードを当てもなく彷徨い続ける? 顔面がキンッキンに冷えてしまうけど?」
どうやら、私には選択肢が一つしか残っていないようだ。
「足りなかったら、私も少しは援助するから、ね、ほら行こうよ」
「分かった。分かったから、屈んでタイツ摘まむのをよしなさい」
年末年始は、いかにお金を吐き出さないかで賢さが決まるものかと思っていたけど、どうやら私も世間と同じ年末を過ごすことになりそうだ。
今更、カップ麺正月を過ごすというのも何とも気が引ける。
私は財布のおじさん達に涙の別れを告げた後、翔子に呼ばれて店の入り口へと向かっていった。
………
……
…
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