第20話:-年末年始の物語-【08】
ガララッ……!
「ちわーっす、やってます-?」
「翔子、声がでかい」
「そうかな……? いつもよりテンション低めな感じだけど」
店の奥の壁から声が反射して響き渡るバウンドボイスをローテーションと申すか。
「だって、店の中の誰もいないし、奥に引っ込んでるのかなって思って」
「……誰もいない?」
確かに、ぐるりと見回しても誰かがいる気配がない。
お客がゼロなのはあり得るにしろ、店の人がいないのは違和感がある。
明かりも部屋半分しかついておらず、厨房の方は完全に真っ暗だ。
「うーん、もしかして、今日はもう閉店しちゃったのかな?」
「閉店……? 一年の中で一番の稼ぎどきであるこの日に?」
時刻は十七時半を過ぎているが、そこまで早く閉店するものなのだろうか。
個人の店ならありえないこともないだろうけど。
「逆に、お蕎麦が売れすぎて本日は完売御礼的なことだったりしてね」
「ああ、それはもしかしたらありえるかもしれない。車で帰省する人が見たら、つい寄ってみたくなるのは私の妹が実証してくれたから」
「ふふん、どんなもんだい」
「褒めてない」
私も言えたものではないが、田舎の人は結構ミーハーが多い。
東京に比べてしまえば刺激を受ける回数が少ない分、新しいもの、珍しいものへの飛びつき具合は尋常ではない。
SNS映えなんて言葉が首都圏で話題になっているが、田舎の方こそ、その言葉がよく似合うかもしれぬ。
この蕎麦屋も、ぱっと目について話題の種として吸い尽くされた可能性も否定はできない。
「あーあ、せっかく十割蕎麦食べに来たってのに、残念だなぁ……」
「そ、そうだね……残念だね」
財布的には喜ばしいことだが、一度門をくぐった以上は、食べたかったというのも事実。
総合的には空腹という形で虚しく終わってしまった限りだ。
仕方ない、別の店を探すかということで、二人で店を後にしようとしたところ――
ガララッ……
「……ん、客かな? この時間に」
「……えっ?」
突然、店の外から大きなダンボールを抱えた白髪の男性が、店の中へと入ってきたのだ。
「ああどうも、こんばんはおじいちゃん。店が空いてたから勝手に入っちゃった」
「いいですよ。逆に店番を任せてしまって申し訳ないですね」
白髪の男性は、ダンボールを角のテーブルの上に置く。
どすりと重たそうな音をテーブルの上で軋ませながら、フーっと疲れを込めた息を吐く。
「珍しいですね。若い人たちが、こんな店に来るなんて」
「そうっすか? 何となく看板見つけたから、寄ってみたんですけど」
「看板……ってことは、お二方は車か何かでこちらに?」
「真冬のロードをバイクに乗ってやってまいりました!」
「バイク……ははっ、こんな寒い日に……」
白髪の男性が翔子の言葉にフフッと笑う。
スマートフォンで気温を見ると、現在はマイナス一度らしい。
バイクで外を走るというには、あまりにも適していない状況といえる。
「それじゃあ、寒かったでしょう。暖房を入れますから、ゆっくりしていってください」
「あ、ども。ありがとござます!」
白髪の男性は奥の方へと歩いていき、パチパチと電気をつけて、暖房も入れる。
こぉ〜と天井につけられた暖房から暖かい空気が流れると、ようやく悴んだ手足の痺れもゆっくりと回復していった。
「ここの店長の吉永です。寒いところ、わざわざありがとうございます。今お茶を沸かしますので、座って待っててくださいね」
「はーい」
翔子は暖房の空気が一番当たるテーブル席へと移動して、ふぃ〜と大きく息を吐き、椅子に腰を掛けた。
「翔子、女子力が低い。おっさんみたいだったよ」
「え、そう? よくわからないけど」
「…………」
メガネを外して遠目に見れば、バイク乗りのおじ様のようにしか見えない。
ウインドブレーカーをまとっている分、女子力はほぼ皆無としか言いようがない。
一応私はスカートを履いてきているから、ぎりぎり負けていない自信がある。
「まあ、彼氏の前では一応少しは可憐に振る舞っているから、今はご勘弁ってことで」
「えっ、翔子、彼氏いるの?」
「言ってなかったっけ? 普通にいるよ」
「ふ、普通に……」
とんでもない爆弾発言をサラリと普通に投げられる。
「この業界だよ? 圧倒的に女性が少ない中で、イケメン揃いのライダーがいるんだもん。仲良くならないわけがないじゃない」
「い、イケメン揃い……!」
「うん。割とごつい人ばかりなイメージをもたれがちだけど、若い人も多いし、真面目で誠実な人も多いよ」
「ま、真面目……誠実……!」
まさか、アイドルゲームの中ででしか実在しなかった爽やか若手イケメン達が、リアルに存在していたというのかっ……
「厳しいスクールを生き抜いた人たちばかりだもん。まあ、人間性は更生されるなり適応されているなりでクリアされているのは保証するよ」
「ああ……確かに、ヤバそうなイメージあるもんね。精神論でメンタルをバッキバキにぶち壊した上で、ゴミのように人を蹴散らして、最後は結果にかかわらずとりあえず褒めて泣いてハグするイメージがあったけど」
「そのイメージは、現代にしては歪みすぎかな……」
「……ん、ああ、そう?」
マンガの世界でしか、そういう独特の競争世界を知らないから、なんか強烈なイメージしか私の中には存在してない。
ま、その方が面白いんだろうなってのは読み手としても書き手としてもあるのだろうけど。
「お姉ちゃんもそういうの無いの?」
「……そういうのって?」
「同業者との恋愛話。クリエイティブな業界でしょ? すごそうな人多そうじゃん」
「ああ……」
クリエイティブ――
なんか久々に聞いた気がするフワッとした花形職業。
「なんか、私の周りの人……同性しかいないんだけど」
「意外。男ばっかりの業界だと思ってた」
「確かに、比率で言うなら出版社は男の人が圧倒的に多いんだろうけど……」
「……けど?」
「女性キャラクターをメインで書くせいか、担当者も女性の方が色々意見出せるよねってなって、結果として女性の人しか来なくなった件」
「ああ、それはなんとも……」
出版業界は九割が男性だというのに、その中から厳選された女性ばかりが私のところへと送られてくる。
世の漫画家たちは、女性出版社社員以外と出会うきっかけがないというのに、なんともバランスの悪いめぐり合わせなのだろうかとつくづく感じている。
「お姉ちゃんも髪の毛を整えて、化粧をちゃんとして、スカート履いて誘惑すれば、適当にイケメンとエンカウントしそうなんだけどね」
「ああ、私、そういう野生の男ってダメなの。二十台前半のイケメンアイドル声優とかなら別だけど」
「ああ、その考え方はやばい気がする……未来永劫独身ルートだ」
「つまり、今はそれくらい男に縁も興味もないってところかな」
漫画を書くのに一生懸命過ぎて、そういうのに興味が無いっていうのが正直なところだけど。
「まあ、結婚が幸せと言われなくなった現代だもん。好きなことをやって死ぬっていうのも素敵なことだと思うよ」
「でしょ。彼氏が居なくてもいいってわけじゃないけど、結婚してハイおしまいっていうのも、私としては、なんか人生寂しいかなって感じちゃうから」
「世の中に私の爪痕残してやるんだーって、いつも豪語していたもんね」
「目標だけはストイックなのは認める」
昼の十二時に起きて、そのまま十時間以上漫画を書いて、深夜に食事をして、朝の五時前に寝るなんて生活、結婚していたら絶対に無理だからね。
今は一人で目標を持っている方が、十分に楽しい。
そんな雑談をしていたところ、店長である店長さんが、
「おまたせしました。注文はこちらからお選びくださいね」
と、注文表を私達に差し出してきた。
「ああ、ちょっと長話しすぎたかな」
「そうだったね。早く決めないとね」
数カ月ぶりとはいえ、久々に姉妹が揃ったもので、積もる話が息を吐くように出てきてしまった。
時間を忘れてしまうものだね。
注文表を渡された私達ではあるが、それを見て一つ疑問を感じた。
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