第18話:-年末年始の物語-【06】
和歌山県の海沿い。
高速道路付近の県道。
海が見える道路は、とても神秘的で月明かりの映る。
感動的光景を想像する人が多いだろう。
特に田舎民は、そういうのに憧れる。
……しかし残念。
私たちが今通っている海沿いの道は、交通量が著しく少なく、そして外灯の数が少ない事情もあり、とにかく真っ暗闇だ。
一言で言うなら闇。
二言目を言うなら超ヤバい。
治安とかそういうのではなく、とにかく視界が奪われてヤバい。
まるでホラーゲームで、次の部屋に何があるのか不安と恐怖を覚える感覚。
私の漫画家人生をトレースしているような、見えない未来に親近感を感じる。
……はは、笑って良いのよ。
笑ってくれた方が、この涙が笑い涙になるから。
「ちょっと、私の後ろでジメジメとした独り言を呟かないで。背中にキノコが生えちゃいそう」
「あ、ごめんごめん。つい、いつもの癖で」
ああ、心に闇を抱えている姿を見られるのは恥ずかしい。
いつの間にか、心情が具現化してしまっていたようだ。
「そ、それにしても……さぶいっ……」
「寒いね〜。運転している私は、首筋付近に風がもろ直撃だから、正直お姉ちゃんよりも辛い自信がある」
びゅうびゅうと風を切る音が聞こえる。
四十キロほどで走行しているバイクは、年末の冷えた空気に殴り込みで攻めている。
かき分けた空気が抵抗しようと私たちの持つ体温をほんの少しずつ吸い上げる。
裸で乗り込むバイクという仕様は、乗り手を守る性能が皆無だ。
人生を捧げる趣味の一つと言われるだけのことはある。
「うぅ、私は寒いのはどうしても苦手なんだよねぇ……」
「バイクに乗っている人が、それを言うか」
「いやいや、オートレースは数分だから。こんな田舎ロードを一時間以上も走るなんてしないからね」
そういえば、若かりし頃の翔子は、年末年始に限っては、家によく居た気がする。
意図した親孝行なのかと思ったけど、単純なる自己防衛だった可能性も浮上してくる。
「ほんと、変わらないね。お姉ちゃんが住む場所は」
「でしょ。いい意味でも、悪い意味でも、合算した上で、数年という月日が流れても変化が起こることがない場所だもの」
大阪から少し離れるだけで、どうにも時代に取り残される。
時代の進化は二回りは遅れており、ネットが無ければ今の時代に合う漫画は書けない。
何とか一時間以上かけて、乗り換えを要さず大阪に向かうことが出来るが、毎日その距離を移動したいとは感じない。
私の住む町は、残念ながら、そういう場所だ。
「お父さんとお母さんは、不便でこの街を離れたっていうのに、お姉ちゃんは何故か残ったんだよね」
「そうそう、離れたくないなぁって何となく呟いたら、じゃあ残ったらどうかって言って、二人がむしろ都心寄りに向かったというね……」
普通は、子供が実家を出て都会の方に向かうのがメジャーかと思うけど、我が家のフリーダムライフ制度の場合だと、その常識は通らない。
王道を行かないという意味では、面白いイベントかもしれないけど。
「ただ、お父さん達は引越回数が極端なんだよね。二年に一度は別の場所に拠点を変えるから」
「飽き性だもの。満足したら次に移動する遊牧民だし」
「よくお金が尽きないよね、引越し代だって安くないっていうのに」
「そこはまぁ……趣味みたいなものだし、いいんじゃない?」
翔子は呆れた様子で答える。
実家に帰るのに、予めカーナビでルート検索をしなくては帰れないというのは、なんとも斬新なパワーワードな気がする。
私の漫画の設定に取り込んで、受けを狙ってみようかと考えたくなる。
新しい建物を楽しめるという点では、今度はどんな場所に引っ越したのか、ウキウキする期待をもてるが、大体七万円から九万円の賃貸をセレクトすることもあり、リッチ的事情というか、立地的な事情というか……あまり真新しさを感じる部分は多いとはいえない。
部屋が前のところより増えたね、減ったねとか、トイレにウォシュレットがあるないとか、単なる賃貸レビューになることが多い。
新婚夫婦の拠点選びかとツッコミを入れたくなる。
一応、本人たちの求める建物であるので、何かしらの条件を満たして入るのだろうけど、私達には、その恩恵がなんだかわからない。
予測しながら仕事をしているうちに、両親は次の新居へと引っ越してしまう。
多分、直感的に良し悪しを判断していることもあるので、私たちが考えている以上に、実は何も考えていない場合がある。
変に考えるほうが負けというやつだ。私も深く考えないようにしている。
「お姉ちゃん知ってる? 今度の賃貸では温泉のお湯がお風呂で入れるらしいよ。月二千円払えば、毎日使い放題だって」
「……うわ、なにそれうらやましい」
「お父さん、最近はパソコンで仕事することが増えたらしくて、肩の疲れをいつでも癒せる環境に行きたいって決めたらしいよ。ものの数分で」
相変わらず決断力に迷いがない人だ。
「まあ、それはどうでも良いとして……」
「あ、いいんだ。引っ越しイベント」
「年越しそばのほうが、私にとって圧倒的有利なイベントなんだよね。お姉ちゃんの奢りだし」
「……くっ、現金なやつめ」
一応は並に稼いでいるというのに、奢られることは人一倍大好きな翔子。
私のほうが、いつ山梨さんに見限られてニートになるかわからないというのに。
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