第17話:-年末年始の物語-【05】
更に数時間後――
「はぁ……はぁ……お、終わった……? という判断で、良い?」
私は、恐る恐る、翔子に質問を投げかける。
ギロリ――またギロリと鋭いつり目を移動させ、一つ一つ丁寧にチェックをする。
クンクンと匂いをかぎながら、現状の清潔感を確認することも忘れていない。
変な匂いがしようものなら、除菌シュッシュでもう一度、清潔にしなくてはいけなくなる。
「…………」
翔子はそのまま五分程、部屋の中を巡回し、指差し確認で細かくチェック。
そして。
「うん、ひとまずはきれいになったと思う。人が生活する最低限の保全は守られたよ」
「そ、そっかぁ……良かった……」
安心してソファの上にドサッと座る私。
「ほら、さっき除菌スプレー掛けたばかりだから、まだ座っちゃダメ!」
「は、はい……!」
鋭い言葉に驚き、ぴょんと飛び上がる私。
そうか、まだ油断してはいけなかったのか。
「しかし、軽く片付けるつもりだったのに、なんだか大掃除になっちゃったね」
「確かに……数十分のつもりが、翔子が張り切って隅々までやってくれるんだもの」
見た目に反して意外とマメな翔子。
ドタバタしつつも、非常に貢献してくれた。
「お願いだから、次に来るときには同じ光景を私に見せないでね。会いに行くたびに大掃除を敢行するのは、さすがの私も疲れる」
「……十分に注意致します」
今度からは定期的に掃除を心掛けよう。
流石に、妹にガミガミされながら数時間を過ごすというのは重たく感じるところがある。
「さて、汚部屋掃除をしていたら、いつの間にか外が暗くなっちゃったね」
「確かに。冬とはいえ、まだ十六時過ぎだというのに」
空を見上げると、太陽が山の向こうへと隠れかかっている姿が見える。
今日は晴れのち曇り。
時折、雲が太陽にかぶろうとしており、空は薄暗く、光る星空がチラチラと見え隠れしている。
「なんだかなぁ、この間まで年始だと思っていたのに、今年が終わっちゃうじゃない」
「あ、お姉ちゃんのそれ、すごく老人くさい」
「やめ。私だって、女性としてのプライドを捨てたわけじゃないの」
「……ちゃんちゃんこを見事に着こなしている今の姿を見て、私はその言葉に納得することが出来ないけど、どうすれば良い?」
さすがに今は女子力を説得するには分が悪かったようだ。
「せめて、通販でもいいから、スカートの一つくらいは買ったほうがいいよ」
「えー、私、そういうのあまり履かないんだけどなぁ……」
かつて新卒で仕事を探していた際、リクルートスーツすら、パンツスタイルでせめて私だ。
スカートという美女専用の布生地に対する抵抗は強い。
「もうすぐお姉ちゃん、三十歳になるでしょ? 二十代と三十代だと、履けるスカートに違いが出てくるんだし、若い時のファッションは絶対に楽しんだほうがいいって!」
「……会話の中にサラリと不穏な言葉を混ぜてこないで欲しいなぁ。これでも私、年齢に関しては気にしているタイプだから」
昔ほどではないにしろ、三十歳という壁に対する恐怖はある。
世間的というか、見た目的というか、もろもろ仕上がった大人として見られるというところに不安を感じている。
どういう形であれ、私という存在が、世間でいう一つの完成形でないといけないというのは、地味に責任感を感じてしまう次第だ。
「年齢を気にしているなら、尚更スカートは履いておくべきだって。ここでミニスカートを履き逃したら、来世までおあずけになるんだよ」
「翔子、地味に世間の女性たちを敵に回す爆弾発言をしたことには気づいてる?」
「大丈夫だって、SNSで発言しなきゃ良いだけだし」
地味に冷静な判断力を培っているな。
「まあ、お姉ちゃんの着こなしコーデはお正月の福袋セールでゲットした戦利品で楽しむとして……」
「おい」
「それよりも、そろそろ時間」
「……ああ、十六時五十七分だね」
時計を見て感じた。
掃除をしただけの割には、思いの外、多くの時間を過ごしていたんだなあということを。
多弁な妹とノンストップで会話をしていると、いつの間にか長い時間が経過させてしまう。
いや、悪いことではないが、むしろ、よくもそこまでトークが続くものかと感心する。
その豊富な会話のネタを、私のマンガのネタにしたいくらいだ。
……いやいや、そういうことではなくて。
「そろそろ向かわないと、家での年越しに間に合わなくなるよ」
「確かに。年末だから、渋滞が凄そうだし」
スマートフォンのアプリで渋滞状況を確認してみる。
具合としては、多すぎることもないが、少ないという判断には至らないという感じだ。
従来の移動時間にプラス一時間は見積もったほうが良さそうな採算だ。
「高速はまあまあ混んでいるらしいけど、どうする?」
「……どうする? ふふふ。お姉ちゃん、私を誰だと思っているの?」
「多弁で元ヤンが抜け切れていない強そうなネーチャン」
「いや、違うから。他人から見た第一印象じゃなくって」
自分で自覚があるのか。
「私はプロのオートレーサーよ。高速道路なんぞに頼らなくても、下の道をうまい具合にすり抜けて、いい感じに目的地まで進むことが出来るのよ!」
えっへんと自慢する翔子。
確かに、オートレースは小回りを利かせる競技だ。
下の道で追い越しが出来るなら、状況によっては非常に有利と言えよう。
高速料金がかからない分、ある意味、魅力的な提案だ。
「ちなみに浮いた高速料金分は、お姉ちゃんの年越しそばの奢りということでよかったよね?」
「う〜ん、ぜんぜん違う。どうしてそういう理屈になったのかな?」
「だって、私が稼いだ賞金分って、大体はパーツ代に消えちゃうんだもん。数字的には儲かっていそうだけど、結構節約して頑張ってるんだよ」
ちょいとエリートなサラリーマンくらいは稼いでいるとは聞いたけど、全てを自由に使えるというわけではないのは確かにツライかも。
でも、私の財布は随分と固いようだけどね。
「それに、今日はお姉ちゃんの部屋を半日弱かけて綺麗にしてあげたんだから……」
「……そ、それを言いますか」
「もちろん。本当に大変だったから。あーあ、疲れましたわぁ……いや、本当に大変でしたわぁ……(棒)」
カッコ棒カッコ閉じという単語までご丁寧に発言し、肩のこりや膝の痛みを擬音で私に聞かせてくる。
うむ、わかっている。これは翔子の戦略であることを。
しかし、
「お、奢らせて……い、いただき……ま、ます」
「ふふん、初めからそう言えばよかったのよ」
私には、どうやらまだ良心が残っていたようで、今日という時間を費やしてくれた翔子に対して、お金をケチるという判断をすることができなかった。
うーむ、ここで生きるか私の良心。
「さあさあ、早く行こう。大晦日のお蕎麦は、すごく混むらしいからね」
翔子は既にヘルメットを被り、ライダージャケットを身にまとっている。
奢りと聞いた時の素早さは異常だ。
まあ、私も奢られるときには、同じように迅速行動を心がけるけどね。
まあ、ここで悲観的になり続けるわけにもいかない。
実家に帰るという目的は果たさなくては。
せめて、どこか空いていて、すごく安い蕎麦屋さんがあればいいなというのを願いつつ、私は翔子からヘルメットを受取り、外出の準備をする。
今夜は冷える。
久々に感じる外の空気に注意するべく、私は厚手のコートを纏い、自宅を後にする。
………
……
…
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