棺桶には千寿菊を一輪

月白鳥

付録

人物録

※開示される内容の一部に裏設定を含みます。 

※随時加筆・修正されます。

※最新話のネタバレを含みます。必ず最新話まで閲覧した上で参照ください。


【物殺し】


・アザレア(Azalea)

 異世界から招き入れられ、“物殺し”を課せられた人間の少女。十八歳、ぴちぴちの高校三年生。本名は別に存在しており、下の名前は「あい」。

 多少適応力が高い以外は普通の女の子、のはず。感性が突飛なわけでもなければ自分の信念を貫き通せるほど強いわけでもなく、むしろ素の性格は少し間抜けている。しかしながら、戦闘時などあまりにも非凡な事態に直面すると、ふっと人が変わったかの如く冷徹になる側面も。その切り替えの早さと完全さは、フリッカーも「結構いい目をする」と評価するほど。学は浅いが地頭は良く、聡明で気付きが早い。人を軽くからかい、反応を見るのが好き。

 花を生成する“案内人特権”を貸与されている。花の状態はイメージによって変えることが出来、ラッピングをした状態で出現させることも可能。非常事態には汽車一両分をクローバーで埋め尽くしたり、コンクリート塊を押し退けるほどの松の大樹を生やしたりなどと言った非常識な使い方も出来るようである。

 索敵や気配探知に関する優れた才能、及び高い学習能力を持ち、教えられたことは何でもすぐに使いこなせてしまう。どうやら過去に受けた虐待の中で身に着けた特技のよう。心身共に女子高生と言うには頑強で、どれだけ疲弊していても起こされたら三秒で起きる。

 かつては「けい」という名の兄がいたが、母親の度重なる折檻により亡くしている。


・最初の物殺し

 物殺しとして最初に招き入れられた老女。

 孫を元の世界に残しており、何としてもその元へ帰る為に物殺しの仕事を遂行した。彼女の取った手段は話し合いによる

 五年の歳月を掛け、五十人と語らい物へ還したことで認められ、元の世界へと帰還した。孫に看取られて大往生を遂げている。


・二人目の物殺し

 老女の次に物殺しとなった男性。軍属だったらしい。

 物からさえ「修羅鬼」と畏れられた物殺し。狙いを付けた物をひたすらナイフで滅多刺しにし、その心を折ることで無理やり物へ還した恐るべき殺戮の徒であった。痛苦によって屈服させる道を最後まで歩み通したのは未だに彼一人である。

 百人以上の物を還して元の世界へ帰還。物殺しとしての記憶は帰還の際に忘却し、幸せに暮らしたという。

 彼が招かれてから帰還するまでほぼ毎日手記を付けており、その中で死に際の物が鳴らす音について考察している。


・若者たち

 少年より前に招かれた数人の大学生。非常に荒んだ学生の集まり。

 物殺しのシステムと人に強烈な悪印象を与えた元凶。与えられた案内人特権を用いて芝刈り機や火焔瓶を生成し、物の街を血と火の海に沈めた。その被害のほどは、何人もの物殺しを見たアーミラリをして「吐き気がする」と言わしめたほど。

 還した物の総数は不明。元の世界へ全員帰還しているが、彼らが現在何をしているかは案内人も知らない。


・少年

 アザレアが来る直前に招き寄せられた少年。中学生。

 クロイツの曰く「運にも才能にも度胸にも恵まれなかった子」。状況にいつまでも慣れることが出来ず、目まぐるしく変わる環境に振り回され続けた。見かねたフリッカーが手を貸していたらしく、意外と仲が良かった。

 根気強くフリッカーの指導を受けたものの、才能を伸ばすことは叶わず。フリッカーと共に街の外へ赴いた際、群がってきた“粗悪品”に殺された。


・九人目の物殺し

 この世界でもとりわけ異例な、物に恋した物殺し。成人の女性。

 招かれてすぐ、案内人であるアーミラリに一目惚れしてしまい、ものは試しとアタックしたところ、彼は彼で好奇心から承諾。本当に付き合うことになってしまった。挙句、遊び半分だったアーミラリが本気で彼女に恋情を抱いたため、物殺しとしての任には手も付けないまま失敗している。

 彼女は遂に元の世界へ帰還せず、この世界で死去。その際にかけた“呪い”は、今も尚恋人を絡めとったまま放していない。


【物】


・アーミラリ(Armillary)

 意志が自我持つ世界の“案内人”。物殺しが最初に出会う物。古い天球儀の頭と痩せた男性の体躯を持ち、黒いステッキを突いて歩く。実年齢は数千を数えているが、本人は三十代の気分で生きている。黒い三つ揃いのスーツは後ろ身頃の裾が長く、ラペルに銀の懐中時計の鎖が光っている。ステッキを携帯しているが脚が悪いわけではなく、むしろ自衛手段として使っていることが多い。案内人として仕事をこなす際、地面や床などをステッキで叩く癖がある。

 曰く「科学の象徴」として見られてきた経緯から、彼もまた学者然とした思考回路を持つ。即ち旺盛な好奇心を理性で統御し、心のままに得た煩雑さを理論で記述することに心血を注ぐ物。アーミラリ自体は自由を希求しているが、それ以上に置かれた立場と権能へ忠誠を誓っており、そこへ叛逆することは彼自身が許さない。

 理を外れるための権利を“案内人特権”と称した最初の物。彼は呼称の通り、“案内人”の立場からこの不可思議な能力を他者へ貸与することが出来る。また、権利の貸与とは別に、彼も事象を上書きする強力な“案内人特権”を有する。その特権の強力さは、事故や天災によって壊滅した街一つを丸ごと書き換えてしまえるほど。ただし万能と言う訳にもいかず、人災で滅んだ街や国、そして人そのものに直接手を出すことは出来ない。故に、どれだけ大切な人や物が何等かの事由で助けを求めたとしても、彼に出来ることは現実的な手段に限られる。

 千年ほど前までは通り名で呼ばれていたが、実際に使っていた通り名は不明。知っている物に対しても口封じを行っているようだ。それ以外のあだ名については特に制限しておらず、結構好き勝手に呼ばれていたりもする。

 天球儀のガラス球に封入された珠は、平素はオパールのように遊色しているが、強めに感情が揺さぶられたときに対応する色で光る。


・ケイ(K)/キーン(Keen)

 アーミラリによって“起こされた”、アザレアの付き人兼護衛。非常に大柄な三十代ほどの男性で、頭はアザレアが元の世界から持ち込んだ包丁が首に刺さっている。刃物である都合上、人前に出るときはうっかり切れたりしないよう鞘を付けているが、当人としては息苦しいので不満な様子。着ているスーツはアーミラリのものと良く似ており、胸ポケットに懐中時計が入っているところまで綺麗に一致している。ある時右胸の辺りに大怪我を負い、その後遺症で無理をすると血を吐くようになってしまった。

 入り組んだ経歴故に複数の人や物の意志が混在しており、状況に応じて様々な側面が顔を出す。とは言えベースが刃物であるため、剣呑さが表に出易いことは否めない。特に初対面のものにはいちいち攻撃的な態度を取ってしまい、主であるアザレアも困っている模様。本人はそれが付き人の責務と思っているので始末が悪い。基本的には寡黙で朴訥としており、無闇に詮索したりされたりするのは好まない。感情表現が下手なだけで、人並みに驚いたり喜んだりはしているようである。最近は人の善性に中てられて性格が丸くなってきている様子。

 アーミラリの気質を多分に引き継いでおり、博識で概ねいかなる時も冷静沈着、そして好奇心が強い。主であるアザレアと一緒にいる間は付き人としての役目を優先するが、単独行動中は知りたがりの面が顔を出す。お陰で他人に迷惑を掛けることもザラ。アザレア曰く、人にやたらと見目の凝った料理を食べさせるのが好き。

 “案内人特権”はないが、スペクトラを一蹴出来るほどの洗練された徒手格闘技能と、それを操るに足るだけの非常に高い身体能力を有する。また、刃物全般を扱う手腕に長けており、刃物が関われば大体のことを人並み以上にこなす。裏を返せば、それ以外のことは長けているとは言えない。そのくせ一丁前に好奇心はあるので、興味本位でやって泣き目を見ることもしばしば。

 妙に子供や年下のものに懐かれやすいが、当人の扱いは上手いとは言えず、とりわけ泣いている婦女子を前にすると困り果てて黙り込んでしまう。ついでに女の取り扱いも下手。決して朴念仁というわけではないが、どうにも好意の返し方が的外れな傾向がある。

 色々な意味でアザレアに好意的。傷を負ってからは特に想いが強くなったらしく、非常に不器用ながら気に掛ける素振りを見せつつある。


・フリッカー(Flicker)/フレデリック(Frederic)

 自称軍人。階級は大佐。物が身を寄せ合い暮らす街の外で、夜な夜な彷徨う“粗悪品”を殲滅する任を帯びた物。古びた探照灯の頭を持ち、隆々とした体躯に軍服を纏う。酒と煙草を嗜好しており、近寄ると煙草臭く、声は焼けてしゃがれている。

 軍人らしい鋭い洞察力と冷静さを持ちつつも、人物的には面倒見が良く気配り上手な兄貴分。認めた人物にはとことん胸襟を開いて話すざっかけない人柄である。求めるものに対する助力は惜しまず、その過程で自分を傷付けることも厭わないが、決してお人好しではない。見込んだ分だけの成長はきっちり要求し、伸び悩めば戦場へ放り出すことすら躊躇しないスパルタ教師である。戦闘以外のことに関しては大雑把で、やると言ったことをやらなかったり、唐突に突拍子もないことをやり始めたりもする。

 元所有者が使用していた全ての武装・車両を生成する、極めて攻撃的な“案内人特権”を持つ。また、“案内人特権”を抜きにしてもその制圧力は非常に高く、キーンが現れるまでは敵なしの物であった。しかしながら、当の本人は拳で殴り合う方が性に合うらしく、特権は主に足を調達する手段として用いられている。

 交際関係が広く、街の内外に友人がいる。中でもファーマシーとは仲が良い。


・スペクトラ(Spectrum)

 フリッカーの(自称)部下。街の外に於ける“粗悪品”の殲滅を担う。頭はそこそこ使い込まれた舞台照明パーライト。着込んでいる軍服や徽章きしょうは外套と腕章以外フリッカーと共通点を持たないが、所々似てはいる。高めの身長でやや筋肉質、年恰好は二十代前後。元々が舞台用の照明だった影響か、非常に艶のあるバリトン調の声をしている。

 冷静沈着な参謀気質。状況の把握力に優れ、その時々に応じて適切な行動を正確に選び取れる天性の采配者。しかし、経歴の都合で上官であるフリッカーの気質が伝染うつったらしく、トリガーハッピーの気が少々ある。アザレアのことを大変気に掛けており、彼なりに助力は惜しまないつもりでいる様子。戦闘時以外は穏やかで物腰の柔らかい紳士である。

 “案内人特権”は持っていないが、ナイフの扱いに長ける。アザレアの戦術は彼の使うナイフ術を編集したもの。

 夜に戦闘を繰り返す都合上、完璧に夜型で昼に活動することは少ない。毎日七時間寝ないとやっていられない体質。


・ファーマシー(Pharmacy)/フェリックス(Felix)

 街の中で『アスクレピア医院』なる名前の古い医院を営む医師。アザレア達の滞在場所を最初に提供した物。頭は水薬アスピリンと柳の小枝が入った遮光瓶、体躯は四十代半ばの男性。実年齢百四十五歳。

 医師だけあって人の異常に敏く、我慢した患者からも不調の原因を推察できる鋭い観察力を持つ。彼自体はごくごく普通の感性と性格の持ち主で、強いて言えば少々お節介焼きであるくらい。しかしながら、彼は彼で苦悩が絶えず、医局で頭を抱える彼の姿を見ることも稀ではない。生真面目で苦労性、ついでに少し潔癖。ちなみに、フリッカーやテリーとは互いに本名で呼び合う仲であり、彼らの前では少々気の弱い面を見せたりもする。

 自身がその構造や特性について知っている薬品、特に鎮静剤を生成する“案内人特権”を有している。ただし、精神的に余裕がない状況で使うとおかしなものも生成してしまう模様。

 医院に籠ることが多いため回数は少ないが、テリーに付き合って葉巻を嗜んでいる。それだけ彼と仲が良い証拠でもあるのだが……


・シズ(Siss)

 『TAYLOR SISS&PINS』なる仕立て屋を営む裁断士。着のみ着のままで招き寄せられたアザレアにあれこれと服を贈っていた。頭は麻布が巻かれた鍛造の裁ち鋏。二十代後半ほどの男性。実年齢五十七歳。

 能天気でのほほんとした性格。危機感らしい危機感をまるで持っておらず、人を疑うことを欠片も知らない。受け答えも何処かふわふわとしており、彼と話すと多くの人が戸惑いながら脱力する羽目になる。おまけに裁断やデザインの作業に入った途端周囲の情報をシャットアウトしてしまう辺り、やはり危機への関心は皆無。

 “案内人特権”はなし。裁縫のスキルは前所有者から引き継いだものであるが、前所有者の経歴から来る技量の伸び悩み、そしてそれに起因する強い自傷・他傷衝動に苦悩していた。

 ある月夜の晩、アザレアによって還された。


・ピンズ(Pins)

 シズと共に仕立て屋を営む縫製士。シズの双子の妹、即ち同所・同条件かつほぼ同時に発生した物の片割れである。数少ない女性の物で、頭は九本の針が刺さった竹籠入りの針山ピンクッション。二十代半ばから後半ほどに見える。

 兄のシズと比べるとしっかり者。その場のノリと勢いで注文を受けようとするシズを諫めたりクレームの多い客と話を付けたり、時には激昂した客を箒で叩き出したりと、仕立て屋の健常な経営に一役買っている。しかし、縫製士の仕事を始めると目端が疎かになるのは似た者同士。

 アザレアと個人的に仲良くしたいと考えており、シズが還された後も度々彼女にお節介を焼いている。彼女の方もアザレアに何かと助けられている。

 “案内人特権”なし。有している裁縫スキルは、シズの所有者とは別の人間から得たものであると言う。スーツ一着をフルオーダーで縫える珍しい針子。

 クロッカーと個人的に、かつ真名で呼び合う程度には深い親交を持ち、後ろ暗い側面の多い彼を全くの私情で匿ったり援助したりしている。


・キップ(Kepp/切符)

 物の街にある鉄道駅の駅長。街の外へ出る際の手引きをアザレアに行った。見た目と声は六十代後半ほどの老翁で、頭は人頭大まで圧縮された蒸気機関車の一両目。煙突からは大きく息をつくと煤や煙が吐き出される。石炭臭い。

 いかにもな好々爺。陽気でさばさばとしており、陰に籠ったことを好まない。気さくで人当たりがよく、良い意味で老成した男である。老獪そうにも見えるが、あまり権謀術数を巡らすことは得意でないらしい。

 “案内人特権”なし。


・フリード(Fried)

 人物共同墓地ビーイングセメタリー、もといゾンネ墓地を維持する墓守の一人。中肉中背、法衣カソックに似た黒衣を纏う、年齢不詳の男性。声は三十代ほどである。頭は造花(白百合と菊)の花束と火が付いた線香で、呼吸の度に線香の煙を吐く。線香のにおいがいつも漂っており、半径十メートル以内に彼がいて気が付かないものはいない。

 一族が絶えた墓に供えられた最後の献花。永遠に来ない墓参者を待ち続ける果てのない孤独と、土に還ることも許されぬ寂寞が山積した末に命を得た経緯を持つ。また、最後に得た人の意志が「やらなければ」との儚く投げやりな義務感しかなく、それ故墓守としての役目に固執しながら、役目の中で果たす行為の意味が全く理解出来ない。しかし、経験を積んだ彼はそうした心境と無知を隠す術を持ち、傍から見れば馬鹿に丁寧な言動をするだけの胡散臭い物に見える。根は至って誠実で生真面目。

 現在トートから葬儀の進行役の仕事を引継ぎ中。

 墓の維持に関わる形での“案内人特権”を持つ。

 過去にある教会で丁稚のようなことをしていた過去があり、そこの神父が『育ての親』として彼に多くのことを教えたらしい。が、すぐに病で逝去したため、健勝の頃の神父の姿はほとんど知らない。


・クロイツ(Kreuz)

 ゾンネ墓地の墓守達を統率する守長。螺鈿細工が成された黒檀の十字架を頭に持つ、見た目と声は四十代後半ほどの男性。両足は切り落とされており義足を装着しているが、全く調整されていないため真っ直ぐに立つだけでも難儀する。歩く際は前腕支持型ロフストランド杖を使用するが、些細なことで転んでしまう様子。

 宗教的シンボルと誤解されがちだが、実際の所は磔台ではなく剣を象った護符アミュレット。強い守護の願いを掛けられており、役目を果たした際の所有者の歓喜を一身に浴びた経緯から、何かを“守る”ことに自分の存在意義を見出している。また、結果的に誰かや何かを守れること、守れたことを自身の至上の喜びとする姿勢から、自分の身を顧みず何かに尽くす自己犠牲的な側面も。過去に苛烈な経験をしたらしく、自己犠牲精神が強い割には堅実で、物事の機微を見定める眼識に長けている。

 守長として墓守を統率する立場故か、誰に対してもどこか説教臭い。

 “案内人特権”を有する。詳細は不明。


・クロッカー(Clocker)/アルフォンス(Alfons)

 花屋殺しの犯人であり、クロイツの足が義足になった原因。古い紫檀の柱時計を頭に持つ、馬術服風の恰好に長い外套を羽織り、手袋を着けた三十男。立ち姿は颯爽としているが、実は低身長。シークレットブーツで十センチ以上背を底上げして無理矢理百六十センチにしている。

 「外道と外法の限りを尽くすことが存在定義である」と自ら吹聴し、事実この世界にとって反社会的な行為を繰り返す罪科の権化。慇懃無礼を地で行き、何時も飄々として掴み所がない。また、良心の呵責や罪悪感と言った感情とまるきり無縁であり、あらゆる外法な行為を躊躇も容赦もなく実行する。彼によって悲惨な末期を迎えたものは数知れない。

 ――はずだが、どうにも不自然な行動がちらほらと垣間見える。実際に彼の手に掛かったものの曰く、あたかも被験者を相手に実験を行い、その過程と結果を観察しているようだ、とも。彼自身も実験だと言い切っているが、結局の所ただ外道な行為を好むだけなのか、それとも本当に何らかの実験を行っているのかは不明である。

 尚、彼にも彼なりに交友関係があり、気を許した相手に対しては素の態度で接する。

 “案内人特権”の有無は不明。しかし、キーンにも匹敵する高度な隠密技能を持ち、射撃の腕も高い。更に、様々な薬品の調剤・投与に関するかなり詳細な知識を持つらしく、物を襲撃・凌辱する際には種類を問わず多くの薬物を使用する。


・オンケル(Onkel)

 月の原駅の駅長。頭は古びた機械式の懐中時計。五十代前半程度の男性。キップのものとは異なる鉄道員の制服を着込んでいる。前所有者の経歴の都合で声を出すことが出来ず、人とコミュニケーションを図る際は独特な手話を用いる。駅で用いている改札鋏は自作のもので、切ると三日月型のミシン目が入る特別製。

 元々人の多い賑やかな駅に勤める駅員の持ち物であったため、人と関わるのが好きなお節介焼き。寂しがり屋とも言う。また、しっかりしていそうな雰囲気とは裏腹に茶目っ気も間抜けた所もあり、付き合っていると楽しい。癒し系オーラをこれでもかと振りまく、心の底から善良なおじちゃん。死ぬのは怖いし死なせるのも怖い。

 案内人特権を有している。彼の主張するところでは『道に迷わない』特権であるようだ。

 仕事中に心臓と肺を撃たれ、ファーマシーの医院で療養。その後目を覚ましたもののテリーの言動に振り回され、その挙句ファーマシーに麻酔薬を打たれて再び昏倒してしまった。現在はエアーズと共にゾンネ墓地へ身を寄せている。


・トート(Tod)/ライカ(Leica)

 ゾンネ墓地を維持する四人の墓守の内一人。年齢不詳。頭は白黒のリボンと逆さまの額紙をかけた黒い額縁。当人は遺影と言い張っている。額縁の中に収められた写真は時間経過や気分で様々に変わるが、人物が中心となった写真は一枚もない。他の墓守と異なり、その服装は逆合わせの喪服。肩からは死装束を羽織っており、紅い組紐の留め具で前を留めている。

 素の性格が分からないほど寡黙。葬儀の進行に必要な文言と、沈黙だけで説明できない状況以外の言葉はほとんど話さず、周囲や自分の雰囲気から他人が読み取ることを期待している。キーンとはまた違った朴訥さの持ち主。口下手と言うわけではなく、喋らせれば喋るが、猛烈に堅苦しい口調でしか話そうとしない。それなりに感性は豊かな方。

 トートとしての姿や名前、その他あらゆる性質はあくまでもゾンネ墓地の墓守としての姿であり、ライカとしての姿が彼の本質であり、腕の良い写真家の一面を併せ持っている様子。

 案内人特権の有無は不明。トートとしての姿のときには何か使えるらしい。

 元々ある存在意義を果たす為だけに生きていたらしく、アザレアと共にそれを叶えた後還された。その際に何か別のものを連れて逝ったようだ。


・クロッキー(Croquis)

 人の街にて、売れない物書きの男と共に住む少年。中学二年生ほどの年恰好で、頭であるクロッキー帳は辞書のように分厚い。いつも学ランにスニーカー履きだが、手酷く虐められたように薄汚れて埃と泥まみれになっている。

 おどおどとして落ち着きがなく、気弱で消極的。そうかと思えば突然怒ったり強気になったり、絵を見るとべらべらと要らぬことまで喋りたくったりとかなり情緒不安定である。会話はきちんと通じるが、疎通するには少々時間と要領がいる。落ち着いて話せば非常に聡明で、観察力と洞察力に優れたひとかどの絵師。人の恋模様には首を突っ込むタイプ。

 案内人特権は持っていないが、親から引き継いだ水彩画の技術に関しては間違いなく天才のそれ。とりわけ重ね塗りのにじみの技法に定評があり、淡く複雑な色彩は幅広い層に人気を誇る。ちなみに、凄まじく速筆で全く下書きをしないのが特徴。

 錯乱した所有者に忌み嫌われており、激しい虐待を受けていた。それでもクロッキー自身は親を慕っていたが、結局所有者がそれを肯定することはなく、その存在意義の全ては炎に没することとなる。


・シンシャ(Synsha/辰砂)

 人の街で『朱砂あかさご薬店』なる薬局を営む薬剤師。副業でカウンセラーをしている。二十代後半から三十代前半ほどの、白黒の和装に朱色の帯を締め、白衣を着た男性。頭は五角形に折られた薬包紙で中に散剤が入っており、処方は本人の曰く「朱砂安神丸」と呼ばれる精神安定のための漢方である。言葉が訛っているが、一体何処の地方のものか判然としない。多分関西弁。何処となく薬っぽい香りがする。

 柔和でさばさばとした、人当たりの良いお兄さん。所有者が長らく御守り代わりに持ち歩き、不安な時に握り締めては心の平穏を得ていた経験からか、大変に聞き上手の話し上手。また、所有者に常時握られていたせいでスキンシップに抵抗がなく、必要そうであれば頭を撫でたり手を握ったりも平然と行う。

 何らかの案内人特権を持つ。詳細不明。

 自身が還されることは拒否しているが、物殺しの存在自体は全面的に認めており、アザレアに対しても「困ったことがあれば頼っていい」と残している。


・ テリー(Telly)/テレンス(Telens)

 人の街で探偵業を営む木製の黒電話。七十代ほどの颯爽とした男性で、第一印象はほっそりとした老人。が、実際のところは着痩せしているだけで、歳の割には中々体格が良い。探偵と言うだけあって恰好も探偵らしく、白いシャツに黒ネクタイ、茶色い外套に中折れ帽が目印。

 はきはきとした語り口と飄々として何処か掴み所のない口上が特徴。人に考えさせるような、悪く言えば回りくどい言い回しを好み、喋る中でいつの間にか自分のペースに乗せ、趨勢を握るような男。また、今でこそ穏やかで気の長い性格になっているが、ずっと以前は短絡的な熱血漢で、正義が空回りすることも多かったという。

 電話らしく遠隔会話の“案内人特権”を持ち、物の街に在住する知人としばしば連絡を取りあっている。しかし、受け取り手が無視すると声が繋がらなくなってしまうようで、連絡が取れない相手のことをよく心配している。

 葉巻や煙管の類を嗜好しており、暇なときは煙で遊んでいる模様。

 人の街で度々事件を起こす物について調査していたものの、あろうことかその元凶に狙われ監禁。事件の被害者と全く同じ手口で嬲られ、遂に正気を失った。はずだが、何らかの手助けがあったらしく一時的に復調。

 その後身辺整理を行う過程でファーマシーに監禁され、現在の動向は不明。


・ ?:ビジョン(Vision)

 何らかの理由で知性を喪った“廃物はいぶつ”。半壊したテレビ頭の男。まともに言葉を話すことが出来ず、時折人を襲おうとしては留める素振りを見せる不思議な物。全身が引っ掻き傷だらけで、所々治療痕がある。首には十数個の注射痕もあるが、何をされていたのかはあまり語ろうとしない。かつては容易に近寄りがたいほど薄汚れていたものの、現在は風呂に入れられたためそれなりに清潔な身形となっている。

 猜疑心は少々強いが、物腰と語調は柔らかめ。敵意や害意のない相手とはごく普通に喋るし礼も言う。あまり他人に興味が無いらしく、親しい感情と結びついていない相手に対しては塩対応が目立つ。悪感情を持った相手に対しては激情的である。頭が破損しているため水濡れが怖い。

 幻を見せたり聞かせたり、逆に現実の光景を表面上感じ取れなくする幻像の特権の所有者。特権としては異常なほどの広範囲に効果の及ぶ特権であり、暴走させていた頃は月の原全体に様々な幻を見せたり消したりしていた。また、幻覚は本体からかなり離れた場所にも自在に出すことが出来、その幻像が見たり聞いたりしたことは本体も知ることが出来る。

 どうやら正気を失う前は彼方此方に遠出してまわるアウトドア派の物であったようで、ゴシチからはしばしば「旅人ヴィアヘロ君」と呼ばれている。それが真名なのか通り名なのかは現状不明。

 クロッキーが持っていた練習用の水彩画、その中に描かれていた物と同一であることが判明。また、この絵を契機にして、絵が描かれた後までの記憶を概ね思い出したようである。それ以前についてはまだ上手く思い出せない。


・ プラム(Pram)

 「椿通りの大きな家」から来たと言う、乳母車頭の幼女。人の街-物の街間を統治する一族『名家めいけ』の出で、跡取りを遺失したことで彼女が跡目として据えられている。物としては常識外れに若く、頭も骨董品ではなく新品である。服装も子供らしく、薄桃色の地に白を差した可愛らしいワンピース姿。言葉がやや舌足らずで、「私」としっかり発音できない。

 無邪気で純真無垢、気まぐれで打ち込むのも冷めるのも早い、見たままの子供っぽい物。しかしながら、時折人の隠し事を見抜いたり心情を言い当てたりと、妙に鋭い洞察力を見せることもある。精神年齢が幼いことを差し引いても大変アクティブで、思いつけば即行動。お陰で彼女にしかない謎の人脈が多々形成されている。

 “案内人特権”なし。しかしながら、その桁外れの未熟さ故にか、経験を重ねた物には見えない何かが見えているらしい。


・ レザ(Lesa)

 名家の隣にある古物店を営む、齢八十ほどに見える老女。頭は銀縁の片眼鏡で、老眼鏡だったらしく度がきつい。いつもシンプルな純白のドレスを纏い、出歩く際には白いレースの日傘を手にしている。非常にか細く儚い声音で喋る。

 すぐ風に浚われて吹き飛んでいきそうな雰囲気の割に、一本芯の通った凛とした女性。強く出ることはないが駆け引きに長け、自身のペースへ自然と人を引き込める語彙と間の取り方を心得る。目利きに長けており、様々な物品の価値を金銭に置き換えるのが得意。

 “案内人特権”なし。ただし、自身の持つ目利きの力は、それと限りなく近いところにある。

 クロッキーから“廃物”を描いたスケッチブック等の数点の絵を預かったものの、その直後に所有者の手で自身の店を燃やされた。僅かな絵と共に命辛々逃げ延びることには成功したものの、店が焼失したため若干途方に暮れている。


・ リブロウ(Libro)/リブレット・フリップロウ(Libretto Friplow)

 街の果てに建つ灯前街図書館ひのまえまちとしょかんの館長であり司書。少なくとも千年前から生きているかなり長寿な物の一人で、しばしば「魔法使い」や「司書」と呼ばれて親しまれたり畏れられたりしている。長生きしている割に姿は若く、何処ぞのウェイターのような恰好をした二十代前半の男性。頭は緑色の表紙に金の蔦模様の箔押しがされた古い本で、飴色のベルト二本で開かないように固定されている。

 穏やかでマイペースなのんびり屋。長く生きすぎて少々ガタが来ているらしく、健忘症気味。基本的には能天気で楽観的だが、時たま長寿の物らしく偉ぶってみたり鋭いことを言ったりもするようだ。図書館からあまり出て来ないので、外の世界の機微に関しては疎いところもまま。

 自身の頭である本に一度でも書き込まれたことのある魔法、本人の識別するところの『意術』について、これを全て行使できる“案内人特権”を有する。大変強力な特権の一つだが、本人の意志により、人を傷付ける意術は過去に一度も使われたことがない。ただ、それ以外の意術に関しては便利に使用しており、その研究も少しずつながら独自に行っている。

 キーンに対して意術使いの素質を見出したらしく、勧誘するも見事袖にされた。


・ モールディ(Moldy)

 物の街に住む古辞書頭の少年。十代そこそこの幼い少年の姿だが、頭は何十年も使われたように劣化し、また身に付ける軍服も軒並み古い。口調も一昔前の頑迷な老翁と言った風情。実年齢は曰く「百から先は面倒で数えていない」とのこと。辞書に記された用語や引き出す知識の年代を鑑みるに、少なくとも二百五十年以上前に製造された辞書を頭にしている。

 少年らしい直情さと老年らしい思慮深さを併せ持つちぐはぐな男。気に入らないことにはすぐに声を上げて怒鳴りがちだが、非を認めて自身の感情の矛先を収める潔さも持ち合わせる。存外面倒見のよい性格をしており、自身には関係のなさそうなことであっても、必要とあらば介入して適切に手を貸してくれる。一方で子供らしい自己顕示欲の強さを併せ持ち、たとえ見た目が年上であろうと自分に敬意を払わせたい模様。

 辞書だけに知識豊富だが、その分野は学術と言うより雑学寄りで、引用するものも旧い。辞書、すなわち『知識の集大成』としての側面から、自身はさほど研究熱心タイプではなく、既存の知識を組み合わせて現状打破することに長ける。打破できると踊るほど喜ぶ辺りは少年らしい直情さ。

 “案内人特権”なし。無くても何とかなる程度には知識も経験も豊富な辞書である。正攻法よりも搦手・罠の類を使って立ち回る方が得意。


・ エアーズ(Airs)/エアーズ・ファンセル(Airs Fancell)

 古い型の扇風機頭の人足にんそく、つまりは運送業者。見た目は二十代前半ほど、そこそこがっしりした浅黒い肌の男。紺色のシャツに穿き古したジーパン、スニーカーといかにも動きやすそうな恰好で動き回る。物にしては物言いが若々しく、そしてチャラい。頭の扇風機は古い上に整備もあまりされておらず、回すと凄絶なまでにうるさい。

 何事もズバリ最短距離が好み。面倒なこともあまりしたくなく、他人の為に自分を犠牲にするのも嫌な利己主義者。根はそれなりに良い奴なので、頼めば自分の能力の範囲で適度に頑張る。そのために他人へ適度に努力を押し付けることも忘れない。元の所有者が一時期素寒貧すかんぴんだった影響で、大変な貧乏性のケチ。「焼肉奢れ」と口癖のように宣っているが、まともに奢ってもらったことはあまりない。

 “案内人特権”なし。ただ、物としては珍しく大型車両の運転技術を持っている。


・ ステアリィ(Stereli)

 「分析所」なる場所に勤める分析官の一人。緑の線が入った白い箱にウエスが詰まった、所謂キムワイプの箱が頭である。ただしロゴは消えており、正体を知らなければただの古い紙箱頭。四十代ほどの中肉中背な男性。シンプルな衣服に白衣を羽織った姿が基本。

 冷静沈着で潔癖。感情を抑え、事実を述べることに長ける。そのことが人の反感を買うこともあるが、あまり気にしていない様子。物の中でも自己中心性が露骨な方であると言える。

 何らかの“案内人特権”を持っている模様。


・ ベル(Bell)

 落ち着いた和装に派手な鐘楼頭、歳恰好にして二十歳前半ほどの青年。帰る場所はあるが定住している訳ではなく、彼方此方をふらふらとうろつき回っている。年齢は彼曰く「四桁年」とかなりの長寿。

 とことん陽気でプラス思考。陰にこもったことをぐちぐち考えたりこね回したりせず、刹那的で快楽的。破天荒で常識外れな、所謂パリピの類に属する性格だが、その実良識と道理は弁えたそれなりの常識人ではある。ただしそれが発揮される機会は多くない。

 鐘楼なだけあって頭はかなり重量があり、高い所から飛び降りたりしてバランスが崩れると決まって頭をぶつける羽目になる。

 千年を生きた物であるが、その生き方故に得られた特権は「物理法則の上ではありえない状況から、ありえない距離まで鐘の音が届く」という何とも微妙なもの。当人は自分らしいものだと思っている。


・ ニト(Nito)

 二十代前半-半ばほどの、寛いだ格好の女性。頭は星の輝く月夜と夜明けの空を描いた文字盤が特徴の目覚まし時計。頭の機能は現役そのもので、朝になると大音量のアラームを鳴らす。とてもたわわ。目のやり場に困るほどのたわわ。

 口調はのんびりしているが行動はきびきびした、快活でちょっと鈍感なお姉さん。若干羞恥心に欠けており、平然と男の前でシャツの前を開けたり着替えたりする。お節介焼きで野次馬根性が強く、トラブルをトラブルと承知した上で首を突っ込んでくる厄介なトラブルメーカー。よく言えば母性に溢れた姉御肌な物であるとも言える。

 “案内人特権”なし。


・ カシーレ(Kaschiere)

 人の街一帯の統治を行う一族『名家めいけ』の当主に仕える執事。同時に、名家配下の治安組織『眼隠めかくし』の現筆頭を務める護衛官。その頭は扉に青葡萄マスカットの象嵌がなされた緑色の古金庫で、側面と上面に刃物を叩きつけられたような傷がある。見た目は三十代後半から四十代前半程度だが、実年齢は五百年を数える長寿な物。緑系統で統一した、やや古めかしい貴族のような服装。

 いかにも執事らしい、穏健で礼儀正しく責任感の強い性格。執事と護衛官の業務を同時にこなす高い遂行能力と戦闘力を持ち、業務中は常に冷静かつ的確。しかし冷血という訳でもなく、感情的になる側面も普通に持ち合わせている。総評して、とても優雅で頼れる男性。とは言え本業はあくまでも執事なので、自身以上の脅威や突然の襲撃にはやや弱いところがある。

 声は出せるが全く喋らない。その徹底ぶりはトート以上の筋金入りで、意思疎通の際には常に筆談を用いる。その背景には彼なりの決意と、彼の持つ“案内人特権”が関係しているようだ。

 治安組織を率いる関係上、様々な事件や事故についての捜査も行っている。が、解決しても誰の益にもならない、勧善懲悪で片付けられない事件を追うことに関しては消極的。


・クルク(Kruck)

 名家の女中メイド代理にして、一角に工房を構える女性の時計師。頭は煙突屋根つきの煉瓦の家……を象った鳩時計で、形式は錘式とやや古い。年恰好は四十半ばほど。カシーレほどではないが長生きな物である。

 一言で言えばことなかれ主義のおばちゃん。職人気質が強く、自分の腕を磨いたり自分の技術で手に届く範疇のことにはとことん注力するが、それ以外のことは執事カシーレに丸投げしている。外面と面倒見がいいので言われたらやるが、手に負えないことに対する対応は非常にぞんざい。

 案内人特権の有無は不明。

 キーンの胸ポケットに入っている金時計が気になっている様子。


・ゴシチ(五七/Goshichi)

 藤見台に独りで住んでいる、桐箪笥の頭に網代傘を被った青年。年恰好は二十代半ばほど、江戸紫の長着に小紋柄の入った墨染の羽織を掛けた和装の男性。頭の中には古ぼけた編みかけのマフラーと毛糸の束が入っており、曰く「これを完成させるのが己の存在意義」である。尚、彼自身の編み物の腕は大して良くなく、二十年編み続けて二十センチも進んでいない。

 陽気でリアクション豊か、社交的。世捨て人めいた暮らしをしている割に人と喋るのは好き。どんな物であっても比較的ずけずけと距離を縮めてくるが、嫌がればそれ以上近づいてくることはない。情緒はあるがどこか淡白な、いまいち掴み所のはっきりしない青年である。

 “廃物”の男に何かと縁がある模様。


・フェイリャー(Failure)

 装身具や小型の護身武器等々、古今東西の骨董品を売り歩く流れの行商人。年恰好三十代から四十代程度の、寄木細工で出来た宝石箱の頭を持つ男。頭は真横から断ち割られたように大きく破損しており、右腕と左足も断ち切られ、また喉元には刃で抉ったような傷が残っている。また、喉元の傷の為に声を上手く出すことが出来ない。

 堅気に対してはごく普通に気さくで陽気な男。割と失礼なことに対しても怒らず、まずはきちんと答えた上で諫める、中々に出来た大人である。が、その一方で強い自殺願望を持ち、誰かに還されたがっている。しかし、その命を預ける相手は物殺しではなく、物殺しに還されることは拒んでいる様子。後にクロッカーがその相手であると判明した。

 元々は裏組織『つぐみ』に所属する暗殺者。しかしながら、その存在は組織内外から厳重に秘匿されており、故に彼自らが曝露するまで、他の裏組織のメンバーはおろか眼隠にも存在が知られていなかった。


・カレイド(Kaleid)

 椿通りに居を構える雑貨店『万華ばんか』の店長。頭は古い万華鏡であり、先端のセルは交換できる模様。およそ四十代ほどの年恰好をした女性で、喋りはどこか関西のおばちゃんを彷彿とさせるものがある。見た目は華奢だが、何故かキーンの体重を一人で支える怪力の持ち主。

 人情味に溢れた感情の起伏豊かな婦人。喜怒哀楽がはっきりしており、些かオーバーリアクションの気がある。基本的にはおおらかで包容力のある好人物であるが、自身の店である『万華』のこととなると若干神経質。人に物を売(りつけ)る才能があり、何かに付け財布の紐を緩めさせる手練手管に長けた商売人の鑑。


・セレッソ(Cerezo)

 『万華』に勤め、同店に手作りのアクセサリーを卸している店員兼クリエイター。古い瓶の中に宝石や銀飾りなどを詰めたボトルチャームの頭を持っており、頭の華やかさと言い年恰好と言い今時女子の香りがする……ものの、実際に生きた年数はかなり長いようである。店の奥に引っ込んでいることが多い為か、服装は動きやすいシャツとジーパン姿であることが多い。

 人付き合いは出来るが積極的ではない、所謂人付き合いの上手い陰キャっぽい性格。その割には妙に人の街周辺の噂や故事来歴に精通しており、若い見目と相まって不審がられることもよくある。本人は他者の機微や感情など全く気にしておらず、自分の存在意義やりたいことが滞りなく出来るならいいや的な感覚。妙な博識も、単に創造意欲を満たす上で収集した産物のようである。

 魔法使いリブロウの弟子であり、簡単な護符や魔除けの製作知識を持つ。どのような経緯で弟子入りしたのかは現状不明。


・ビヘッド(Behead)

 ゾンネ墓地に勤める四人の墓守の一人。年の頃四十後半から五十前半ほど、キーンに勝るとも劣らない長躯に隆々の男性。断頭された首にぼろぼろの長剣が突き刺さったような見た目をしており、何故か四肢に鉄枷が掛けられている。おまけに手は指が一本ずつ欠けており、中々に厳つい見た目の男性。

 一言で言えば人間不信の人嫌い。ゾンネ墓地の墓守仲間、それもクロイツ以外に心を開くことはなく、仮令自身が担当している葬儀の遺族であっても事務連絡以外の口はほとんど聞かない。無理に口を開かせようとすると途端に態度が険しくなる上、手や足を出そうとしてくる危険物。一応他人のことは敬っているつもりだが、どうにも慇懃無礼になってしまう。

 過去に傭兵業をしていたことがあり、その影響で大分精神を病んだ模様。


・リペント(Repent)/アイザック・スチュワート(Issac Steward)

 森外れの街を統治する一族『蒼家そうけ』に仕える家令、だった物。現在は薬物の影響で正気を失っており、話は通じるが正常な認識と狂気の境が曖昧になっている。頭は花期の最盛を過ぎて萎れかかった紫色のクロッカス。かなり潔癖なようで、人に強要はしないものの、自分の身を傷付けるほど強迫的に掃除をする姿がしばしば見られる。

 折り目正しく物腰の柔らかな完璧執事。たった一人で屋敷のあらゆる維持管理をこなせる如才のなさと手際の良さを誇る。多少の失礼も笑って流せる鷹揚さの持ち主であるが、自身を『時代に取り残された老骨』と捉えている節があり、その寛大さは妙な諦観に満ちている。

 いずれの人品の全ては、かつて築き上げた“家令としての己”であり現在の彼ではない。現在の彼は、仕えた者の凶行を止められなかったことに嘆き、自分を置いて逝ってしまった大昔の所有者への悲嘆と恨み節を綴るだけの、どうしようもなく無力な男である。

 トートの用事を解消する道すがら、蒼家を尋ねたアザレアによって還された。


・純(すみ/Sumi)

 桜参道の呉服屋『普賢堂ふげんどう』で針子をしている女性。年の頃は二十歳前半、頭は造花の八重桜。完全な和装ではなく、和モダンチックな着崩しを愉しむ洒落た貴婦人である。

 物腰柔らか、丁寧で穏やかな京風美人。しかして毅然とした一面も持ち合わせ、単なる針子にしては中々肝が据わっている。とは言えやはり一般人の範疇を超えるものではなく、気まずい空気になると怖気づきがち。少々空気が読めなかったりする所もあるが、ご愛敬である。

 傍系ではあるものの、桜参道一帯を統治する一族『桜家おうけ』の生まれ育ち。本家にも針子として本家の所持する呉服の手入れ相談などに乗っていると言う。

 フリードの所有者に猫柄の着物を仕立てたらしい。


・スイタイ(翠黛/Suitai)

 桜参道の近くにある山にて山小屋『瑞雲』を経営している青年であり、山の中腹にある神社跡地の管理人。年の頃二十代前半、首から上に金剛杖こんごうづえと呼ばれる八角の棒が突き刺さったような恰好をしている。杖は必要に応じて引っこ抜いて使えるが、使用中は飲食など一部の行為は出来なくなる模様。見た目は若いが実年齢は相当長い。

 基本は気さくで陽気、やや軽薄な物言いの今時らしい男。やるべきことは真面目にこなし、気配りが上手く、空気を読んだ行動を取ることに長けた柔軟な人物。が、いまいち言動の軽さと見合わない。

 かつて神社にあった王墓で起きた物殺しの飛び降り自殺を目撃しており、以来その跡地が自殺スポットになってしまったため、その手前に山小屋を立てて入場制限を設けている。

 トート(ライカ)と古くから親交があり、ある目的の為に王墓跡地への立ち入りを求めた際、その今際を見届けるところまで立ち会うことを条件に立ち入りを許可した。


・?

 洞臥ほらぶせの筆頭に仕える唯一の側近にして運転手、そして数多の部下を取りまとめて教育を施す側近長。朽ちてぼろぼろになった木箱を頭とし、その扉の取っ手は太い鎖で強固に戒められている。キーンほどではないものの、かなり隆々とした巨漢。

 つっけんどんでぶっきらぼう、組長である蒼の命令以外には極端に興味がない冷然とした男。基本的に命令を聞いてその通りに動く以外のことはせず、蒼の影に従うように生きている。とはいえ判断力や洞察力の高さは並外れたものを持ち、玉石混交の報告や雑事の精査・一括報告を蒼に一任されている模様。

 側近としてかなりの信頼を置かれているが、行動は雑で言動は野卑。何故彼がかくも信頼されているのかは筆頭以外知るものはなく、そして彼が何故そこまで蒼に心酔しているのかも誰も知らない。


【人間・その他】


・ 花屋(Florist)

 ゾンネ墓地に献花のための花を卸していた人間の花屋。女性。

 詳細は不明であるが、物の一人に凌辱され殺害されていることだけは判明している。クロイツは彼女が殺された時、その犯人に両足を切り落とされた。


・ システィ(Cisty)

 リブロウが使う移動魔法の動力源。当の本人は「ぽつかりとあいたあなをふさぐためのまほう」と称しているが、詳細は不明。

 普通の人や物には知覚することが出来ず、人の身を得て間もなかったり桁外れに若い物、或いは“何が欠けている”と思い、その穴埋めを望むものにしか見えないという。知覚できる物にとってはメイド服を着た白髪紫眼の童女に見える。

 声を発することは出来ず、言葉を介した意思疎通が必要な時には中々難儀する。


・名 喜春(めい よしはる/Yoshiharu Mei)

 人の街を統治している一族『名家めいけ』の現在の当主。また、自警団組織『眼隠』を配下に置く名目的筆頭でもある。年恰好にして五十代半ばの、「刃で切り刻んだよう」などと形容されがちな強面が特徴の男性。

 顔は怖いが民草には穏やか。跡継ぎとなるはずの息子を病で亡くしたためか、死に関して敏感になっており、死に急ぐものを見ると引き留めずにはいられない様子。


・地潜(じむぐり/Jimuguri)

 眼隠筆頭カシーレの側近として眼隠に所属する人間の男。スキンヘッドに蛇の刺青、碧眼、サングラスと、何処からどう見ても筋者にしか見えない恰好をしているが、素性は至極真っ当。だが子供には大体泣かれるか遠巻きにされる。

 近寄りがたい容姿とは裏腹に、存外気さくで陽気な性格。誰にでも些か訛りのある敬語で応対し、堅苦しい応酬は好まない。職務の関係上脅し文句などを口走ることのある男だが、口調と物腰のせいでいまいち威厳に欠ける。


・蒼 栄令(そう えいれい/Eirei Soh)

 名臥なぶせの街を名家に代わって統治する裏組織『洞臥ほらぶせ』の現筆頭。街の実質的な長でもある。年の頃およそ四十台後半から五十代前半、「蛇のよう」とも称される金色の目と癖のある茶髪を持つ、異様な空気を纏う男。右目に走る袈裟懸けの傷と常に持ち歩く鈍器のような杖が目印。

 冷淡、冷酷、容赦なし。堅気に対してはあくまでも不可侵を貫くが、同業や部下に対しての当たりは極めて厳しく、少しでもだらしのない部下は「躾」と称して半殺しにすることすら厭わない。見つかった際の処遇の苛烈さ故に、かのクロッカーさえも名臥には近寄れないほど。

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