喜悦のパトス
陋巷の一翁
全
それは乾いた風のような、あるいはまぶしく照る日差しのような、ひたすらに純粋な喜びで、果て無き喜悦。この子は喜びのために生まれついたのだろうし、その天性のままに喜びながら生き、死ぬときですらきっとそよ風のように逝くだろう。彼女――のちに“かばん”と呼ばれる少女――はその子に会うまでずっと孤独だったので、そこまで流暢な言葉を操れるわけでは無かったが、その少女のかたちをした“サーバル”と名乗るフレンズを見たときそんな感慨を抱いた。
そして不安を覚えた。
この少女と自分は違っている。根本的に。
直観的に。そう思った。
たとえば自分は生まれた意味を知らないし、それを知りたい。他にも、自分が何者か知りたいし、自分がどこから来たのか知りたい。けれどそれはサーバルと名乗る少女にとっては意味の無いことで、ひょっとしたら今まで一度も考えたことも無いことかも知れなかった。
それは共に旅し二人が仲良くなって互いにサーバルちゃんとかばんちゃんと呼び合う間柄になってもかばんの心の中で後を引いている。
かばんの心の重しは、自分の欲求のままに、彼女を元のすみかから連れ出してしまったことに対して。あるいは、自分探しの旅につきあわせてしまったことに対してだ。
かばんは思う。
ひょっとしたら自分はこの子とずっとサバンナで遊びほうけて、それこそ死ぬまで遊びほうけていれば良かったのではないだろうか。そうすればきっとそよ風のように自分もこの世界に対して純粋な気持ちで“さよなら”と“ありがとう”が言えたのでは無いだろうか。それこそ喜悦の中で。死ぬまで遊びほうけて。
けれど、それは自分の特性では無い。わからないけれど、それは自分の生き方では無いと思う。きっとかばんちゃんはそういうフレンズなんだね! サーバルちゃんなら明るく笑ってそう言うだろう。そう、そういう存在なのだ。この自分は。自分がどんなフレンズかまだわからないけれど、自分はきっとそんな“ものを考える”フレンズなのだろう。
だから、こうして自分は遊びほうけること無く旅をしている。自分の成り立ちと仲間、本当のすみかを求めて。サーバルちゃんはどこまでついてきてくれるだろうか。そうして自分はどこまで行けるのだろうか。
眠るサーバルの前でうずくまって考え事をしているともう一人の道連れ、ラッキービーストのラッキーさんの声がした。
「カバン、ドウシタノ?」
「ラッキーさん。うん、ちょっと考え事」
そういってかばんは身を起こす。そうして一人、決意する。それは今すぐでは無く、やがてするであろう決意だ。
いつか一人でも行かなきゃ。いつか自分が一人になっても。いつかサーバルちゃんを一人にしてしまっても。それでも自分は世界のことや自分自身のことが知りたいとかばんは思う。
けれど、今はもう少し、この子の世話焼きに甘えていたい。
だって、一人は寂しいもの。
自分が何者かもわからないなんて辛いもの。
自分のすみかがわからないなんて悲しいもの。
だからせめてそれがわかるまで、一緒でいいよね。
……。眠るサーバルの横に座り直すとかばんは目を閉じ、とろとろと眠る。そんな二人をラッキーさんは音も無く静かに見つめている。
……。
サーバルはかばんが眠ったすぐ後に目を覚ました。つらつらと眠るかばんを見る。
(眠っちゃったか。もう少し遊びたかったなぁ。まあわたしが勝手に眠っちゃったんだけどね)
音を立てないように伸びをしてサーバルは考える。そして人知れずこぼしたかばんの目を伝う一筋の涙に気づいてサーバルはかばんについてきた理由を思い出した。
(かばんちゃん、泣いてるの? そうだよね、自分が何のフレンズでどこがすみかかわからないなんて悲しいもんね)
そうしてサーバルは彼女らしく明るく考える。
(いつかかばんちゃんのすみかや、かばんちゃんが何のフレンズかわかればいいね!)
その日がとても待ち遠しくてそして幸せでたまらないというようにサーバルはうっとりとほほえんだ。
もしそうなったら二人は別れてしまうかもしれない、とは彼女は考えなかった。ただ旅をして、楽しい旅を続けて、いずれかばんちゃんが何者かわかっても、どこがすみかかわかっても、幸せで、二人幸せであることをまったく疑わなかったし、それが彼女の本性だった。
きっとなにごともうまくいく。
サーバルはそう信じているし、それまでも確かにそうだった。
経験から導き出せる結論は一つ。
だからこれからもそうに違いないのだ。
喜悦のパトス 陋巷の一翁 @remono1889
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