セルリアンハンター、往く。

Mr.K

セルリアンハンター、往く。 1


 手が汗でびっしょりになるぐらい握りしめてしまう、そんな夢を見た事はあるだろうか。

 俺は、しょっちゅうありすぎて困るぐらいだ。


 内容はこうだ。「俺は銃を手にしていて、それで誰かを狙っている」。そんな単純な夢。

 けれど、どうしてか……その照準はブレまくりで、自分の口からは荒い息遣いが聞こえてくる。サイトの先にいるのが何かは分からない。辺り一面白い光で埋め尽くされて、何も見えないのだ。

 一体、俺は何を、あるいは狙っているのか。


 そうして構えていると、動悸が激しくなる。今すぐ銃なんて放り出して、この胸を抑えつけてやりたいが、夢は俺の思うようになってくれない。


 ――やめろ。やめろ。やめてくれ。


 何も見えないのに、目を瞑りたくて仕方がない。「嫌だ、嫌だ」という思いが溢れてくる。


 けれど、最後には引き金に掛けられた俺の指が――





******





「――ッはァ」

 勢いよく上体を起こす。相当汗をかいていたのか、振られた頭髪から汗が飛び散り、白いシーツにいくつもの染みを作る。

 首元や脇、胸に背中、あらゆる箇所がジメジメして気持ちが悪い。

「……ク……っと、危ない」

 と、その気持ち悪さから、つい汚い言葉を発してしまいそうになったのを、ギリギリで押しとめる。汗をかくのは嫌いだが、それ以上に守らねばならないもの……そう、戒律がある。即ちそれは、『汚い言葉を使わない』事。昔の俺なら、躊躇する事無く言っていたことだろう。

 危うく、自分で作った戒律を破りそうになった己の口を、手で押さえる。特に意味などないが、なんとなくやってしまうものだ。


「……やッ! せいッ!」


 重い身体を無理矢理動かし、シーツを蹴り上げ、同じように汗でぐっしょりと濡れたベッドから降りると、外から少女の息遣いの声と、何かを振り回しているのか、風を切る音が聞こえる。

 誰かは見当がついている。というか、一人しかいない。少なくとも、他のフレンズがこの辺りに来ているという話は聞いていないし。

 俺はベッドの脇のテーブルに置かれていたジャパリまんを朝飯代わりに頬張りつつ、そのまま外に出ると、件の少女が棒――というよりじょう――を振るっているのが見えた。


 後ろで纏められ、ポニーテールとなっている髪は、本来は茶褐色ともオレンジとも見て取れる色合いをしているのだが、今は朝の陽射しで金色に輝き、身体の動きに合わせて美しくなびいている。

 まるで演武のような流麗な動きで杖を振るうその肢体は、中華風の白く、際どいレオタードのような服で包まれている。嗚呼、そうだ。際どいのだ。目に毒と言うべきか、目の保養と言うべきか。勿論、それを彼女にどうのこうのと言った事は一回たりとも無いし、言うつもりも無いし、言うべきでも無いと思っているが。


 閑話休題微妙に話が逸れた


 以上の特徴だけなら、「外人か何か?」としか思われない。が、彼女はあくまでもヒトの姿をしているだけの存在――フレンズだ。『サンドスター』なる謎の物質と動物が結びつき、元となる動物の要素を幾らか受け継ぎ、人の、少女の姿となった存在。それが彼女だ。

 その証拠に、彼女の頭部には髪と同じ色をしたケモ耳とも呼ぶべきものが生えているし、臀部でんぶ――つまり、そう、尻だ――からは長い尻尾が生えている。

 彼女が一体何のフレンズなのか。その答えが導き出せそうなものが、彼女の頭部に嵌められた金のリングと、今彼女が振るっている赤い杖。たった一つ例えられる存在があるとすれば、かの西遊記の主役たる、石から生まれた不死身の斉天大聖。あるいは美猴王。


「……実際のところ、あの孫悟空と貴方は特に関係があるわけではないそうですが、その辺りどうなのです?」

「ふぅ……そこはほら。私がいつも言っているでしょう?」

「『謎はけものを魅力的にするもの』、ですよね」


 そういう事です、と、彼女――霊長類のフレンズであるキンシコウは、柔らかく微笑んだ。





******





 キンシコウというフレンズは、色々とミステリアスな面を抱えているが、それ以前にまず、真面目な性格をしている。誰に対しても礼儀正しく、丁寧語口調で、それでいて優しい。

 そして何より、精進を怠らない。


 なんでも、かつてはとある武術の師の元で修行をしていたそうで、その師の元を離れた今もなお、鍛錬を欠かさず行っているんだそうな。

「はい、ジャパリまんです」

 朝の鍛錬を終えたキンシコウと共に小屋へ戻ると、彼女にジャパリまんを手渡す。

「ありがとうございます。……もにゅ……もにゅ……んく。朝から贅沢な気もしますが、いいのでしょうかね……」

「というか、他に口にできる物が見当たらないっていうのが実のところなんですけどね。なんでジャパリまんだけで生きてけるんでしょうね、自分達」

「それはきっと、気にしてはいけない謎だと思いますよ」

 ちなみに、俺自身は本来、「俺」を一人称としてはいるが、フレンズやジャパリパークの職員と話したりする時には、必ず「自分」と言うようにしている。

 これという理由はない。ただ、職務に忠実にあろうという考えと、「僕」という一人称にむず痒さを感じてしまう事から、最終的にそこに落ち着いたというだけだ。

 ある意味、フレンズと接するようになってからこうなったと言っても過言ではない。敬語で話すのもそこに由来する。

 ジャパリパークに来て一番付き合いの長いキンシコウから他人行儀だとはよく言われるが、こればかりはどうしても直せない。


 そういえば、と、キンシコウが切り出す。

「じゃんぐるちほーで確認された大型セルリアンは、まだ移動していないのですか?」

「ええ。今はちほー駐在の他のハンターとフレンズが見張ってるようですが、どうも木に囲まれたところで微動だにしないそうです。ですが、放置しておくわけにもいきませんし、そろそろケリをつけないと」

「なら、腹ごしらえを終えたらすぐにでも行きましょう。パークの平和を守るのは、私達の仕事ですから」


 ハンター。正しくはセルリアンハンター。人やフレンズに危害を加える存在、セルリアンを狩り、パークの平和を守る。それが俺達の仕事だ。

 基本的には各ちほー――パークのエリアの事だ――に数人駐在しており、そのちほーに住むフレンズの中でも戦闘能力に優れている者が志願し、彼らと共にセルリアンと戦っている。

 が、俺達はそんなハンターの中でも更に少数の巡回ハンター、各ちほーを転々とし、必要とあらばどこへでも駆けつける、比較的フットワークの軽いハンターとして活動している。今いるこの小屋も、俺達のような巡回ハンターの為に作られた拠点の一つだ。

 ハンターとなった詳しい経緯はここでは省くが、このジャパリパークに来て日も浅い俺のサポート役を買って出てくれたフレンズが彼女、キンシコウというわけだ。


 元々俺は、何もかも放り出して、どこかで静かに暮らしていたかったのだが、パークからのスカウト、そして何より、パークに住むフレンズ達の暖かさに触れ、ここを守る為に再び立ち上がろうと決意した。

 その一歩を踏み出す勇気をくれたキンシコウには、感謝してもしきれない。


『生きとし生ける者は、誰だって未熟なのです。私だってそう。けれど、それを恥じる必要はないのだと、我が師は仰いました。世界は一人で成り立ってるわけではない。だからこそ、手と手を取り合い、助け合う。例え、種の違いがあっても。フレンズっていうのは、そういうものなんです』


「……どうかしました?」

 腹ごしらえを終えたキンシコウが不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。ああ、気づかなかった。思い出し笑いをしてしまっていたのか、俺は。

「いえ。貴方に初めて会った頃の事を思い出して」

「……ああ、あの頃の貴方は、かなり捻くれたところありましたよね」

「そこにはあまり触れないでいただけると……」

 ふふふ、と笑いながら、俺達は小屋から出る準備を始める。

 と言っても、フレンズであるキンシコウ自身はそこまで手の掛かる準備はない。準備の大半は俺の為だ。

「あれ? 水筒どこにやったっけ……」

「水筒ならここですよ」

「あっ、どうも」

「もう。片付けを怠ってはいけないとあれほど……今は活動していないらしいとはいえ、セルリアンにはまだまだ謎が多いのですから、もっと緊張感を持ってもらわないと」

「うぅ……そ、そうは言っても苦手なんですよ……片付け」

「それならそれで、私を頼って下さい」

「はい……」

 ……とまぁ、こんな具合に片付けするのを忘れて散らかしてしまうから、しょっちゅう準備に時間が掛かってしまう。何と言えばいいのだろう。片付けるのが苦手と言えばいいのか。片付けを真面目にしても、逆にどんどん酷くなってしまう。

 もういっそ、俺が手を出さなければいいのではないか? と常々思うのだが、あくまでもキンシコウは、俺が片付けをする事が大事だと言ってきかない。

 まるで反論のしようがない。というか、反論すべきじゃないのは分かってる。けれど……やはり苦手なものは、苦手だ。


「……ん」

 準備の為に身の回りの持ち物を探し、ベッドの下を覗き込んだ時だった。暗がりの中に、鈍く光を反射する何かを見つけた。

 それに手を伸ばせば、冷たく固い感触と、ずっしりとくる重み。引きずりだしてみれば、ガリガリと小屋の床に擦れ、中々重たいものだというのが分かる。

 まぁ、それが何かを俺は知っているのだが。


「おや、それは……確か、『てっぽう』、でしたか」

「……ええ」

 黒光りする長い鉄棒に、奇妙な形をした木をくっつけたような変な見た目と、フレンズの目線で見ればそう見えるだろう。それなりに付き合いの長いキンシコウも、詳しくは知るまい。

 だが、俺は根っからのヒトだからこそ、これが何なのかをよく知っている。俺が何もかも放り出したくなった原因であり、このジャパリパークに招かれる切っ掛けを作った道具武器、鉄砲。その中において、ライフル銃と呼ばれるものである。


 ――木製の部分は、手で握り、肩に当て、狙いを定める為のもの。

 ――鉄の部分は、相手を傷つける為の金属の石つぶて、弾丸を飛ばす為のもの。


 もっと細かい説明もあるが、フレンズに説明するのならそれで十分だろう。使い方を訊かれても絶対に教える事はないが。


 ライフルを握る手に、知らない内に力が入る。勿論、弾丸は一発たりとも入っていないが、それでも……恐ろしさを感じてしまう。


「見つけなければよかった、って思ってますね」

「……あ、あはは。わかりますか?」

 図星だ。このライフル銃は、なんやかんやで持ってきてしまった俺の私物ではあるが、パークにやってきてからは一度も使った事がない。

 そも、セルリアンハンターの人間というのは、武器を使って立ち向かうよりも、相手の動向を観察したり、的確な指示を飛ばす事が主な仕事である。

 最低限、身を守れるだけの装備と双眼鏡さえあれば事足りるのだが、どうしてか、俺はこの銃を捨てる事が出来ずにいた。

 良くも悪くも、色んな思い出が詰まっているこの銃は、まるで呪いのように俺から離れない。今だってそうだ。多分、昨晩の俺は無意識の内にこれをベッドの下に、自分の視界から見えないところに追いやったつもりだろうが、先程偶然にも見つけてしまった。

 俺は呪われている。そうに違いない。


「そうでもないと思いますよ」


 まるで、俺の心を見透かしているかのような、キンシコウの言。

「貴方は、とても分かりやすい人ですから。……ご存知かはわかりませんが、武器の『武』という漢字は、『ホコ』と『止』の二つからできているそうです。『戈』は言わずもがな、武器の矛の事。そして『止』は『止まる』と『進む』の二つの意味があるんです」

「……つまり?」

「『武』というのは、相手の矛を止めるもの、争いを止めるものであり、同時に立ち向かうものであると、私は考えています」

 「これだってそうです」と、彼女は自分の持つ赤い杖を小さく振る。

「武器というのは、要は持ち手の使い様なんです。貴方は多分、それで誰かを傷つける事を恐れているのでしょうが、それを恐れたままは駄目。恐怖を抱いたままの動物は、何かに立ち向かう事を止め、やがて何かを為す事もなく死んでしまう」

 そんな大げさな、と言いたくなってしまうが、どうしてか、僕の口は開かなかった。

「『生きる事、これ即ち試練であり、生き続ける事、之即ち果て無き挑戦である』。師がいつか、こう仰っていました。生きている間、生ある者は皆未熟です。それを自覚できる事自体、良い事に違いはありませんが、だからと言って未熟だと甘んじたままでは、決して前に進めません」

「……だから、すべからく挑戦すべし、か」

「そうです。貴方が今もなおその武器を持っているのも、きっと何か、意味があるんだと思います。で、ですから、その……」

 そこまで言うと、キンシコウは急にもじもじとしだす。

「す、すぐ挑戦しろ、とか、そんな偉そうな事を言うつもりは無くてですね……すみません、まだまだ未熟な私がこんな事……」

 そこまで言うと、彼女は赤面し、可愛らしく狼狽えだす。意識してかしていないのか、彼女の獣耳が、若干伏せているようにも見える。

 彼女は常に、鍛錬と精進を怠らない。それは、自分がまだまだ未熟であるという自覚があるからだ。

 しかし、己の未熟を良く知るが故に、逆に誰かに世話を焼いたりする時に、自分の身の丈に合っているかどうかというのを気にする傾向がある。

 そんな彼女を見て、俺は――思わず吹き出してしまった。

「え!? ええと……なんでお笑いに?」

「いえ、すいません。ただその……ちょっと気が楽になった、と言いますか。ありがとうございます。情けないですよね。大の大人の男が、こんなにウジウジと……」

「そ、そんな事はありません! 貴方には、これまで何度も助けてもらいましたし! こうざんでのセルリアン騒動の時とか!」

「いえいえ、あの時こそ、自分の方が助けられて……木に引っ掛かって降りられなくなった時とか……」

「それを言うなら、岩肌に擬態してたセルリアンに危うくやられそうになった時だって貴方が……」

「いえ、ですから……」

「だから貴方が……」

 そんな、いつ終わるともしれないヘコヘコ合戦を続けていると、やがて、どちらからともなく笑い出してしまった。

「……なんだかんだで、変な事に時間使っちゃいましたね、自分達」

「そうですね……この遅れ、早急に取り戻さないと」

 さて、ここらが切り替え時だ。

 和やかなムードから、張り詰めた空気へ。ただのフレンズともだちから、背中を預けるフレンズ戦友へ。

 そして、過去に引きずられる駄目な男から、誰かの未来を守るハンターへ。

「さて、行きましょうか。……っと、そうだ」

「? なんです?」

 扉に手をかけたところで、キンシコウはこちらに振り返る。

「さっきはあんな事言いましたが……焦る必要はありません。ゆっくり、確実に、一歩ずつ進んでいけばいいんです。それまでは、私が貴方の助けになります。私は、貴方のフレンズともだちなのですから」

 「もっとも、未熟な私では頼りないかもしれませんが」と後に付け加える彼女に、「そんな事はない」と返す。

「勇気が出ないもしもの時は、貴方に助けてもらいます。……ありがとう、キンシコウ。自分の……いや」


 ――俺の、フレンズともだち


 頑張っての言葉でそう告げようとしたが、まだ俺には難しいようだ。

 結局、尻すぼみになってしまってしまい聞こえなかったのか、キンシコウが不思議そうに「何です?」と、極めて純粋な瞳でそう問いかけてくる。

 悲しい事に、俺はそんな彼女の視線に耐えられず、気恥ずかしさを誤魔化すように顔を逸らし、ライフルに備わったベルトを手に取り、そして――着用しているベストのポーチの一つの中身を確かめる。

 中身があるのを確かめ、ライフルを背負うと、先に出て行ったキンシコウを追うように小屋を出ていく。


 さぁ、お仕事の時間だ。

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