オオカミさんのホラー探偵ギロギロ制作秘話

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ホラー探偵ギロギロ制作秘話

 ロッジアリツカの一部屋である見晴らし。タイリクオオカミは椅子に座り、夜空を見上げていた。

 昼は雨が降っていたが、今はもう止んでいる。空には満月がこうこうと輝いていた。動物だったころの特性なのだろう。こんな夜は空に吠えたくなってしまう。

 と、森のほうを眺めていたときだ。夜目がきく彼女の綺麗なオッドアイが、奇妙なものを捉えた。


「なんだあれは……?」


 二対のフレンズらしきものが、ものすごい速度で森の中を飛んでいく。フードを被っているので初めはヘビのフレンズかと思ったが、飛ぶヘビなど聞いたことがない。おまけに、それらの身体は七色に輝いていた。


 部屋から出てフロントに向かうと、このロッジを管理しているアリツカゲラがいた。眼鏡をかけた彼女は、間延びした声を出して首を傾げる。


「あれオオカミさん、どうしたんですか?」

「外で奇妙なものを見たんだ。もしかしたら新種の空飛ぶセルリアンかもしれない」

「ええっ、新種のセルリアン?」

「もしかしたらこのロッジの周りを探索して、窓から入って私たちを襲おうと――」

「こ、困りますよそんなぁ」


 アリツカゲラは怯えた様子で言った。


「いや、後半は私の想像だけれど。そういうことも考えられるかと思ってね」

「なんだぁ、驚かせないでくださいよぉ」


 予想以上に怯えたアリツカゲラに、オオカミは笑いながら謝った。

 しかしそのとき、彼女は不思議な感覚を覚えた。アリツカゲラの怯えた顔、そして安堵した顔を見たとき、なぜか胸が少しどきどきして、楽しく思ってしまったのだ。


 その日以降、オオカミには一つ趣味ができた。ロッジにやってきたフレンズにその話をして怖がらせるのだ。それ以外にも、ほかのフレンズから聞いた噂話を脚色して語ってあげた。どのフレンズも反応は様々で、それを見るのがオオカミの楽しみになっていた。もっとも最後には、安心させることを忘れないのだが。


 しかし、一つ問題があった。

 ロッジを訪れる客は多くない。自分の話を聞かせるフレンズがあまりいないのだ。

 そしてもう一つ。オオカミは毎日どんどん話を思いついていくが、一晩ですべての話を語ることはできない。話せない物語は、どんどん増えていった。


 そのことをアリツカゲラに言ってみると、


「それなら、はかせに相談してみたらどうですかぁ?」

「はかせ?」

「はい。ここにも時々やって来て、ロッジの管理の仕方を教えてくれるんです」


 なんでも、はかせとじょしゅというフレンズは島でも一番の物知りで、相談すれば適切なアドバイスをしてくれるらしい。しんりんちほーの図書館という場所にいるそうだ。翌日オオカミは、早速向かってみることにした。





「昔、作家と呼ばれる職業があったのです」

「作家?」


 アフリカオオコノハズク、通称はかせがオオカミに頷く。


「この図書館も、作家が作った本と呼ばれるものを収納するのに用いられていたのです。じょしゅ」

「はい、はかせ」


 じょしゅが、棚から取り出したものをオオカミに渡す。紙が束になり、一方の端が縫い付けられている。開いてみると、うねうねしたみみずのようなものがびっしりと書いてあった。捲っても、捲っても、それは続いている。

 そういえば図書館に来る道でも、同じようなものを見た。何度進んでも同じところを回るだけなので、結局引き返して別の道から来てしまったが。


「それは、文字というのです」とはかせ。「分かりやすく言うと、われわれが喋っている言葉をその場にいない人でも分かるように、紙に書いているのです。その本は小説といい、物語を書いているのです」


 なるほど、確かにこの方法なら多くのフレンズに話を伝えられるし、物語のストックもできる。だが、当然のごとくオオカミには文字が書けない。


「そうだ。はかせたち、私にこの文字というやつを教えてくれないかい?」


 ほんの一瞬、はかせとじょしゅが無言になり、目配せをした。


「駄目なのです。われわれは忙しいのです」とじょしゅ。

「各ちほーのフレンズの手伝いがあるのです。今日はPPPのライブの準備を手伝ってきたのです。われわれは賢いので」とはかせ。

「われわれは賢いので」とじょしゅが続ける。

「そうか、残念だよ」


 はかせたちがそう言うのなら仕方ない。本が書けない以上、今までのようにロッジにやってきたフレンズに語ってあげるしかない。


「そうだ、そういえばもう一つ。実は前に――」


 オオカミは、ことの発端となった空飛ぶ新種のセルリアンらしきものについて相談してみた。はかせたちなら何か知っているかもしれない。

 しかし、はかせたちは首を傾げるばかりだった。文字を読むことができるはかせたちが知らないとは考えにくい。自分の説明が悪いのかも。そう思ったオオカミは近くにあった紙とペンを取り、あの日見たものの絵を描いた。


 はかせとじょしゅはそれを見て、顔を見合わせる。


「はかせ、これは」

「そうですね、じょしゅ」


 はかせはオオカミのほうを向く。


「オオカミ、それだけ絵が上手いなら漫画を描くといいのです」

「まんが?」

「これです」


 じょしゅが、棚から一冊の本を抜き出してきた。表紙には、フレンズ化?したカエルのようなものが描かれている。中を見ると、四角い枠の中に絵が描かれており、文字は添え物のようだ。


「絵だけを漫画の形で描いて、それを紙芝居のようにするといいのです」とはかせ。


 じょしゅが、紙芝居と呼ばれる紙の束を持ってきた。その説明を聞いてオオカミは頷く。なるほど、それなら文字が書けない自分でもできるような気がした。




 描きあがったら持ってくれば、はかせたちが本にしてくれるらしい。オオカミが図書館から出ると、外は雨が降っていた。道中は長い。身体が冷えそうだ。


「これを着ていくといいのです」


 はかせがやって来て、オオカミに服を手渡した。


「これは……ヘビの抜け殻かな?」


 広げたそれにはフードがついており、虹のような派手な色をしていた。


「それはかっぱというのです。雨をよけるのに使うのです」とはかせ。

「少し派手なのが気に入りませんが」とじょしゅ。


 オオカミは礼を言い、かっぱとよばれるものを身に着けた。確かに雨を弾いてくれるので寒くない。と、そこでオオカミはあることに気づき、はかせたちを振り返る。


「そうか。あれははかせたちだったんだね」


 あの日見た、新種のようなセルリアン。

 あの日は昼、雨が降っていた。恐らくはかせたちは昼、フレンズの相談に行くときこのかっぱを着ていったのだろう。夜にはもう雨は止んでいたが、手に持つと落としてしまうかもしれないし、結局は着ることにしたのだろう。


「ばれてしまいましたか」とはかせ。

「派手な色が気に入りませんが、夜は誰も見ていないと思ったのです」とじょしゅ。


 オオカミは笑うと礼を言い、図書館を後にした。


 なぜか胸がほんわかとしていた。ロッジでフレンズに怖い話を聞かせてあげたときと同じだ。高揚感とでもいうのか。


 漫画を描くとしたら、今のように謎を解決する主人公がいいのではないか。ホラーの要素を盛り込めば面白くなりそうだ。次々とアイディアが沸いてきた。

 タイトルは、ホラー探偵ギロギロというのでどうだろう。


 オオカミが作った一作目は、図書館に置かれることになった。そしてそれを、はかせがやってきたアミメキリンに聞かせてあげ、ホラー探偵ギロギロ第一のファンができるのは、また別のお話。


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