《√最終話/やぎさんゆうびん》

『白ヤギさんからお手紙ついた。黒ヤギさんたら読まずに食べた。仕方がないのでお手紙書いた。さっきの手紙のご用事なあに?』

 面倒だから手紙じゃなくて直接訊きに来い。黒ヤギ――


 傍若無人。自己中心。自分勝手。頭が重たい。体が動かない。でも感覚はあって、ぬくもりはわかる。大好きな人の温かさ。大好きな人の匂い。


「お前気持ち悪いからその白い毛、元の色に戻せ」

「毛って言わないで。昔と違ってれっきとした髪の毛なんだから」

「毛は毛だろ」

 懐かしいやりとり。

「また死なせて、いや、殺してくれなかったの」

 重たいまぶたを開くと、とても不安げな子オオカミの顔があった。

「人をダシに死のうとするのは絶対許さないし。大体、約束してるからな」

 愛しい人の香り。甘ったるい煙草の匂い。

「臆病なヤギだから」

 苦笑するとおでこにげん骨が降ってきた。

「臆病なヤギはまずオオカミと友達にならない。その子供を預けられた矢先に十年も失踪しない。家族とも絶縁状態にしたりしないし、オオカミに啖呵も切らない。それになにより……オオカミに殺してなんて願わないし、頼まない」

 返す言葉が見当たらない。

「ゴメン」

 カレが小さく謝った。昔からそうだったから驚きはしない。

「許せなかったんだ。キミとキミの奥さんの発言が。言葉のあやだとしても。“邪魔”だなんていっちゃ駄目」

 動きづらい腕をカレの頬に向かって伸ばそうとしていたが先に胸の上が重たくなり「ぐへっ」っと変な声をあげてしまった。


「ノビノのバカ!」


 子オオカミだった。泣き続けてたのか真っ赤な目で私のことを殴ってくる。この子が私に暴言を吐くのは初めてかもしれない。なだめる為に手を伸ばしたが、その手を掃い飛ばされる。

「やっぱり僕はノビノを殺せないし、殺さない!!」

 強い口調で放たれた言葉に少し驚いた。子供はやはり思った様には育たないものみたいだ。


「ノビノ。お前さ、オレの昔した約束覚えてるだろ」

 私が返事をしないでいると、今度はおでこを叩かれた。

「お前はオレを独りにしないって約束してくれた。オレはお前を死なせないって約束した」

 神妙な面持ちなカレに対して私は頬を膨らませる。

「勝手に解釈変えないで。私はアナタの傍に居続けたいって言ったの! 命に関してはアナタが勝手に付け加えたものでしょ?!」

 お腹の子オオカミごと起き上がって子オオカミを抱きしめながら文句をいうと、頬を伸ばされた。

「知らないな。兎に角お前が先に言った約束だろ? 守れよ」

「守ってたじゃない!ずっと」

 腕の中の子オオカミはオロオロとした様子で私達の顔を見る。カレがグッと顔を近づけてきたので今度は頭突きでもされるかと思ったがカレは私の方に額を置いて小さな声で「怖かったんだぞ。この十年。お前が約束破るはずないってわかってても、一切連絡つかなくて、どこにいるかもわからなくて、独りにされたんじゃないかって」と呟く。

 私はカレのこともギュッと抱きしめて頭を撫でる。

「私が自分からしたアナタとの約束を破るわけないだろ。馬鹿」

 泣きじゃくる二匹のオオカミを腕に私はどんな表情をしていたのだろう。


「アナタが約束を守ったりしたから私はまた生きなきゃいけない。だからこれからも傍にいるよ。アナタの幸せを。うんん、アナタ達の幸せを願ってる」


 本当にいいたかったのはこの言葉じゃなかったと思う。でも、これしか出てこなかったから、仕方がない。

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