《√12/櫻の森の満開の下》
脚立は便利だ。高いところに手が届くだけじゃない。地面から離れるのにも便利だ――
子オオカミの荷物を全て送り終えたその夜は嵐と呼べる天気だった。ガランとした部屋の中にはまだ子オオカミの香りが残っていて、そのうちに帰ってくるきさえする。
薄暗い部屋の中で私は脚立に腰かけ窓の外を見ていた。そとは強風と大粒の雨、そして時折雷が鳴っている。あの夜と本当に似ていた。
実はヤギという生き物は一匹で気高く生きていく種が多い。逆にオオカミは一匹狼という言葉があるのに群れで生きている。本来この世界で独りで生きれる生き物は希少なのだ。そしてその中で私とカレは特に独りでは生きられない同じ弱さを持っていると思っていた。だから出会ってから私達はずっと一緒に居た。途中からは一方的だったけれど、約束したから……学生のときはできるだけの時間一緒にいた。結婚するまでは常に連絡を取り合っていた。結婚した後は少し疎遠だったけれど、私はカレがどうしているのかをネットを通して知っていた。子オオカミがきて、子オオカミを誘拐してからは何も知らない新たなネット上の友人を装って傍に居続け、様々なアドバイスをした。でも結局その全てはただ私自身が独りに堪えれず、恐かったからなのかもしれないと今ならわかる。
脚立から吊られた紐はしっかりと私を固定する。正確には首をとらえて離さない。
「わたしは絶対にアナタのことを独りにしない!だから、どうか一番傍に居させて!」
カレの笑顔。頭を撫でる仕草。暖かさが蘇る。
「駄目なら、殺して。サヨナラするときには私を殺して」
結局叶えて貰えなかった願い。
俯くと首がしっかり締まっていることがわかる。そして目の前で白い前髪がチラチラと揺れ、様々な感情と思い出が駆け巡る。そう、あの嵐の晩も私はこうしていたのだ。死のうとしていたのだ。死にたい気持ちと死にたくない気持ちが揺らぐ中で首を吊っていた。誰か止めてくれないかと、踏み台を蹴飛ばせないままこうしていた。そこにカレが飛び込んできた。あの毛玉を連れて。
「辛かった。楽しかった。でも何より独りじゃないことが、嬉しかった」
呼吸が段々と短くなり、熱くなり、涙がこぼれ始める。
「躊躇うな!」
私は子オオカミとの日々を思い返しながら足を置いていた箱を蹴飛ばした。一気に縄が食い込み体が自然と暴れるものの、踏み台はビクともしない。縄が段々とくい込んでいく感覚は食い殺されている感覚を連想させる。本物は最後まで味わうことができなかったけど、熱い涙が頬を伝い首筋に流れる。それは唾液の様で、自分の息なのに首が締まれば締まるほど、他人のものに感じて、子オオカミかカレが傍に居る気がした。
ねぇねぇ。私はどんな表情をしていましたか? 泣いていましたか? 笑っていましたか? 寂しさに怯えていませんでしたか?
「ゴメン……スウ。フゥ君――」
こと切れる様に体の力が抜け、とても軽かった。
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