《√10/金の斧と銀の斧》

 人の気持ちが本当にわかる人なんていないという。でも自分自身だって自分の気持ちが本当にわかっているのか証明できる人はいないのではないだろうか。それに、愛されるとなんとなく好きになるし、嫌われればとても嫌いになる。結局はみんな空っぽなのかもしれない――


 子オオカミを預かると決まった朝、私は黒かった髪の毛の色を白く染めた。

 一つは子オオカミの母親に対するあこがれだったと思う。なってみたかった自分。だから彼女が着ていた様な洋服も買ってきてみた。とても着心地が悪く、動くのも大変だった。スカートという制限のある服は動きにくいのなんのって。飾りのついた服もすぐにあちらこちらに引っかかって慣れるまで、何度縫い直したことか。

 でも一番の理由は子オオカミに嫌われてカレとの関わりを逃すことが恐かったからかもしれない。それに同じような姿をしていたら少しはカレも私を見てくれるんじゃないかって思った。


 結局その機会を棒に振ったのは自分自身で、再会した頃にはこの白い髪にも動きにくかった服装にもすっかり慣れた頃。


 昔から自分を偽るのは得意だった。髪を染めてすぐは少し未練があった。黒い髪はカレとお揃いだったから。けど、彼みたいに綺麗な漆黒ではなかったし、手触りも良くはない。だから今の髪の色の方が良いと自分には言い聞かせたけど、彼女の様に綺麗な白色にもなれず、親の期待を背負いきれなかったときの感覚ととても近い思い。

 くわえて、彼女、子オオカミの母親と出会って少しの間は鏡を割りたくなる程に気分が悪かった。それでもそのままの姿で居たのは、一つの示しと決意を揺るがさないための儀式に近かった。制服業の人間が制服を着ると気が引き締まるのと同じような感覚。


 夢の中で幾度となく黒い姿、元の姿の自分に笑われた。

「まるで七匹の子ヤギを騙したオオカミだな!」

 素行が悪そうで、行儀もなっていない黒い私はニヤニヤと笑みを浮かべている。

「実際、騙してるからね」

 その姿は殆ど獣で、でもどこか楽しそうで、羨ましいと感じた。

「いつまで騙すんだ?」

「殺されるその日まで――」


 この子オオカミはどこまで気が付いているのだろうか。私の嘘に。この子は本当に純粋で、嗅覚が鋭い。人の気持ちを察する嗅覚が。子供の成長に正解なんてものとはいうし、私のせいじゃない部分も多い。でも出てくるのは「ゴメンね」という言葉だけだ。

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