《√6/嵐の夜に》
それは風で家が揺れる程の嵐の夜だった。雷鳴が轟き暗い部屋の中を時折照らし出す。私は脚立がきちんと立っているか、倒れないかをそんな暗い部屋の中で確かめていた。雷は昔から嫌いだった。だったからより焦っていたのかもしれない。周りの音なんて聴こえず、風がドアを繰り返し叩いていて、そのまま風は窓をこじ開けて入ってきたのだ。小さな毛玉を片手に――
「過去に私、言いましたよね。この展開」
部屋に不法侵入した風は私のことを殴り飛ばして脚立を片付けるとタオルを要求してきた。そんな風に対し私はお茶を出しながらその言葉を言ったのだ。
毛玉はスピスピと鼻を鳴らしながら眠っている。
「上手くいかない。そのうちに逃げられるって言いましたよね。私」
風もとい人の皮を着たオオカミは目を逸らしながらお茶をすする。
「しかも自分でも言っていた最悪の状況での事態ですね。どうするおつもりですか?」
オオカミの正面に座って睨みつけるとオオカミは気まずそうに「その喋り方やめろよ」という。
「しりません。ろくに連絡もなかった癖にこんな厄介事」
自分もお茶を一口飲んだが、予想よりも冷めておらずその熱さに驚く。
「流石、お前だな。何も言わなくてもわかるとは」
「この状態でわからない方が馬鹿!なんじゃないですか?」
馬鹿という部分を強調するとカレの表情かなり不機嫌なものに変わった。さすがにこれ以上挑発するのはよくないか。お互いに黙り込んでいるとカレの方が口を開いた。が、カレの説明は昔から回りくどく長いので割愛する。
「要するに、探しに行きたいんですね」
喉まで出かかった「あんな女のどこがいいんだ」という言葉を飲み込む。
「あぁ、だから、お前にコイツを頼みたいんだ。コイツがいると――」
自分の拳がオオカミに、ましてやコイツに通じないのはわかっていた。でも、殴っていた。カレは痛みすら感じていない様子だった。肉体的には。
そこそこ振動があっただろうに、毛玉は相変わらず寝息をたて、外も変わらない荒れ模様。まるで私達の心の中を映し出している様な天気だ。
馬乗りになったまま、動けないでいる私の頭をカレは昔とは違う完全なる人の手で撫でた。それでもやっぱりその感触も近付いたときのこの香りも愛おしくて、何番目に頼られたのかはしらない。正直にいえばこの状況が嬉しかった。
「煙草、変えてないんだ」
雷鳴に混じった声だったが「変えてない。オレは基本的に何も変われてない」と返事があり、部屋の電灯がタイミングを計った様に切れる。
「お前も変わった様には見えない。暗闇になるとどこにいるかわかんない。本当に真っ黒だな。毛も腹の中も」
本当はわかっている癖にカレは昔からそういう。
「約束」
「勝手すぎる」
「知ってる」
私達のその夜とそれから先の主な会話はこれが最後だったと思う。
次の日は良い天気だった。そしてガラクタの詰まった段ボールが数箱と私のあまり見慣れない恰好でカレは改めて現れ、私が見たことのない顔をしていた。でもそれはアチラも同じ様子で目を丸くしている。
そして私の嵐の夜は始まりを告げただけで、今日も今日とて毛玉という嵐雲から発せられる雷が家の中では鳴り響く。
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