《√7/蜘蛛の糸》

 人生という旅路で持ち続けていられるものは少ないというし、少ない方が良いともきいたことがある。けれど、その旅路の終わりとはどこで、どこまで持っていけばゴールなのだろうか。それこそ地獄の果てとでもいえばユーモラスと言われるのかしれない――


 自分の死に方を選べる人は少なく、理想通りに死ねる人は幸せだなんていう考えもあるかもしれない。でも大抵の人間は死ぬこと自体が嫌でできる限り死にたくないと願う。私の場合はカレに殺して貰えたらそれが最大の幸せだと考えている訳だけど、その願いが叶うことはあるのだろうかと絶望もしたりする。

 そんなことと棺桶に持ち込むものについて考えながら晩御飯を用意していると子オオカミが子ネズミをくわえて帰ってきた。そして無邪気な顔で「つかまえたの。おにごっこ」と笑う。鬼ごっこというよりはお肉ごっこに変貌しているがこれがオオカミの血なのだ。

 私は子オオカミの頭を撫で、口から子ネズミを受け取った。子オオカミはとても嬉しそうな顔だ。それとは対照的に瀕死の子ネズミは耳元に近付けないとわからない程の小さな声で「たすけて、たすけて」と次第に呼吸を短くしていく。

 今日は考え事が多い。などと子オオカミをテレビの前に追いやって私は手の中の子ネズミを眺める。ヤギとしての本分、大人としての本分。社会的価値観。野生的価値観。この世界は本当に複雑だ。でも私という存在がやってはいけないことだけは明確で『この子ネズミの死に手出ししてはいけない』が総合的な答えだと私は理解している。が、私は自分の手を切らない様に気を付けながら子ネズミの頭を落として血抜きを始めた。

 私は優先させたのだ。正解よりも。オオカミを育てているということを。自分の欲を……

 血抜きを終えた子ネズミはある程度原型を残しつつも食べやすい様に調理を施す。


「ノビノ。これは?」

「フゥ君がとってきてくれた獲物だよ」

「えもの?」

「そう。フゥ君はオオカミさんだからこれからもこうして獲物を捕ってきてね」


 晩御飯にそえられた子ネズミのフライを見て子オオカミはそんな質問をしてきたのだった。


「私に誘拐される前もそうだったでしょ。お父さんがこうして獲物を捕ってきてお母さんが料理してくれてなかったかな?」

 慣れてきたロングスカートの裾を整えながら席に着くと子オオカミは少し考え込んでいる。

「おとうさんはね、ときどきこういうのとってきてくれた。でもおかあさんそれみるときらいっておこって、けんかになってた」

 私は眉間に手を当てて、目に見える様なその様子に頭を痛めた。加えて出てきた記憶に自分の中の感情が暴れ出しそうなのを感じて、水を一気飲みにして冷静さを取り戻す。

「ごめんね。前はそうだったかもしれないけど、私はフゥ君を立派なオオカミに育てたいと思ってるの。だからお父さんみたいに色んな獲物をとってきて欲しいな。そしたら私が調理してあげる」

 微笑んでみせると子オオカミは「わかった!」と大きく頷いて子ネズミのフライをパクリと食べ「美味しい!」と笑う。

「これからはもっといっぱい捕ってくる!」と無邪気な顔で張り切る子オオカミに「怪我をしない程度にね」と私は再び微笑んだ。そう、この子にはカレに劣らない立派なオオカミになって貰わなくては。ヒツジもヤギも食い殺せるくらい立派なオオカミに。

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