《√1/がらがらどん》
自分は弱くて構わないと思っていた。だけど私より弱い生き物は沢山いて。でもそれと同じくらい強い生き物もいる。比べるべきは同じ種類の中での話だったのかもしれないけれど、他と比べること自体が間違った思考なのかと気が付いたときには大抵手遅れだ――
極当たり前に生きていて身分違いの恋というようなことを感じたことがあるだろうか。世界には恋愛の風潮が蔓延し、多くの男女は付き合ったり、別れたり、また付き合ったりを繰り返す。きっとそこにはとんでもなく深く狭い思考が存在してて、自分の内なる感情と戦ったり、策を廻らせたり、そうした人の動きはとてもエンターテーメント性が強いのだろう。特に身分違いの恋や悲恋ものはウケがいい。日常の様で非日常だからだろう。日々の雑談の中でも一番盛り上がるのは誰と誰が別れたという話題だったりする。
私は子オオカミの毛をブラッシングしながらそんなウケを狙った様なドラマを見て重怠い気分になっているところだ。当たり前のように生きていると身分の違いなんて考えないし、こうして誇張されなければ気が付きもしないのかもしれないけれど世界には沢山の身分の違いがある。もっと簡単に言ってしまえば価値観の違いだ。でもその単純な価値観も差が開く程、現代の身分といっても良いのではないかと私は考えてしまう。
そうでなければ、私は今こうして子オオカミの毛をブラッシングしてることもなかったのではないかと思う。そんな私の気持ちなど知らずに子オオカミは大きな欠伸をする。
不意に蘇る記憶の中でカレは笑っていた。私は叫ぶように必死に自分の想いをぶつけているのに、ただただ笑っていて、指切りをした。
「「約束」」
本当に好きで諦められなかったから、そうするしかなくて、このドラマの登場人物のように色んな策略を巡らせた。でも私はヒロインにはなれず、幸せにもなれず、狂ったように世界の理を外れて、今がある。この子オオカミがいる。
でもある意味では本当に愛していて、信頼されてるからこの子はここに居るのかもしれないとも感じる。だとすると、これは幸せなのだろうか?
「ノビノー、ノビノのこともブラッシングしてあげようか?」
子オオカミはニコニコと私を見上げている。私の中身も過去も知らずに。
「ありがとう。お気持ちだけ頂いておきます」
頭を撫でてやると、子オオカミは照れたように笑う。
違う。これは私が望んだ幸せじゃない。私が望んだのは、そうあのとき愛した人に願い、受け入れられなかった望み。それは『殺されたかった』。それだけで、あのときならまだ何の罪にもならなかったのに、カレは私に大きな罰を与え、苦しめる。今もなお。この子オオカミはその罰の象徴だ。
私は立ち上がると台所に向かい、甘い甘いココアを作る。
「フゥ君、ココア飲む? 今日のココアはチョコレートを混ぜ込んだ本格使用よ」
昔、カレ専用にしていたカップに注いだココアを見せると子オオカミはとても無邪気に明るい顔で飛んできた。
「熱いから気を付けてね」
ゆっくりとカップを渡すと「ノビノ、大すき!」と子オオカミは笑いながらテレビの前に戻り、アニメを見始める。その姿に胸が痛んだ。無意識に口から「ゴメンね」という言葉がこぼれていた。けれど鏡を見なくてもわかるほど私の顔は笑っていて、子オオカミは毒を飲み干していく。
私も台所に立ったまま同じココアを飲み、カレのことを、アナタのことを想い、誓いとあのときにアナタが叶えてくれなかった望みを胸に改めるのだった。
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