【黒ヤギさんは歪んでる】
恋和主 メリー
《プロローグ》
童話“赤ずきん”の中で主人公の少女はおばあちゃんのふりをしていたオオカミに何度も「ねぇねぇ」と質問する場面がある。そして食べられる。けれど我が家では小さなオオカミが「ねぇねぇ」と質問を繰り返す。とても無邪気な顔で――
まだ小さくて産毛の残るような完全に獣の姿をした子オオカミと髪の毛を白く染め、人のかたちをした黒ヤギ。
「ねぇねぇ、カラスはどこに帰るの?」
茜空の下を私は子オオカミと手を繋いで歩く。車道側には買い物袋、歩道側に子オオカミ。まだ四足歩行から二足歩行になって間もない子オオカミはおぼつかない足取りで見てるこちらが転ばないか心配になる。その上、歩幅も違いすぎて重たい荷物があるというのにスローペースを強いられ何気に辛い。けれど、子オオカミがそんな私の苦労を察するはずもなく「ねぇねぇ」と問いの答えを求めて真ん丸な目で繋がれた私の手を引っ張る。しかも引っ張られるとプニプニとした肉球から生えたまだ細い爪が人肌である手に食い込んでとても痛い。
「そうね、家族……いや、ご飯の用意されてる場所じゃないかしら」
空を飛んでいるのは子カラスのみで、多分カラスであろう気配のサラリーマンはバス停でスマホをいじっている。
「ごはん? ごはんはだれが作ってくれるの? ねぇねぇ」
ああ。この年齢の子供はどうしてこんなに質問だらけなのだろうか。別にそれが悪いとは思わない。多くのことに興味を持ち知識を取り入れたいという気持ちには賛同するけれど、自分がその回答役にならなければならないのはかなり面倒だと感じていた。
「……料理ができる人、そうね、ご飯を作れる人が作るんじゃないかしら」
バッサリと「お母さん」の一言で片付けられたらどんなに楽だろう。と心の中では思いながら慎重に言葉を選ぶ。
「フゥ君の場合は私がご飯を作れるから私が作るでしょ?」
笑みを浮かべる私に対して、子オオカミの顔色は少し青くなっている様に見えた。
「ねぇねぇ……ノビノっていっぱいいるの? ごはんあるところにノビノは居てて、ごはんの分だけノビノがいるの?」
この馬鹿さ加減はどうにもこの子と同じ顔をした男を思い出す。私は仕方がないので立ち止まり、子オオカミに身長を合わせるようにしゃがむ。
「フゥ君の場合はって言ったでしょ? 色んなお家があるけど、大体のお家にはお母さんとお父さんが居ててね、お母さんがご飯を作ることが多いわ」
私の言葉をきいて子オオカミは少しだけ周りを見回した。自分と同じくらいの子供が似た姿をした大人に手を引かれ楽しそうに笑っている。子オオカミはその姿を真ん丸な目でジッと見つめていた。
「よく聞いて、フゥ君」
視界を遮る様に子オオカミの顔を掴んでこちらを向かせる。
「フゥ君には私がいる。私はフゥ君の為にごはんを作る。フゥ君が転ばない様に手を繋ぐ。フゥ君が知りたいことがあれば私が答える。フゥ君が幸せでいられるように私は何にでもなる」
子オオカミはやはり私が遮った先の親子を見ていたけれど、少し俯いて大きな声で「うん!」と返事をした。
「ぼくにはノビノがいて、ノビノはぼくになんでもしてくれる! ぼく、ノビノがいればそれでいい!」
その言葉に胸がチクリと痛んだ。だけど同時に自分の中の黒色が疼く。
「そう。フゥ君には私がいるよ。でもフゥ君も一つだけ気を付けておいてね。私以外の人について行っちゃ駄目だよ。お菓子をあげるって言われたりしてもついて行っちゃ駄目。ついて行ったらフゥ君はまだ子供だからフゥ君がご飯にされちゃうかもしれないから」
頭を撫でると子オオカミは「わかった!」と大きく返事をする。心の中で『本物のお父さんやお母さんでも』と口にしていたことを無邪気な子オオカミはしらない。
「さあ、早く帰って私達も美味しいご飯を食べようか」
子オオカミを抱き上げて歩き始めると、子オオカミは扇風機の様に尻尾を振って抱きついてくる。その愛らしさは本当に愛おしくて、憎悪で腕と共に心も千切れそうだった。
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