最高のスパイスは"お友達"
三軒茶目
最高のスパイスは"お友達"
「カレーを作るのです」
「我々を満足させるカレーを作るのです」
ジャパリ図書館を縄張りとするふたりのフレンズ、コノハ博士とミミちゃん助手はカフェに来るなりアルパカにそう言い放った。
「えーと……博士ぇ、今日はお湯の出る機械の修理に来てくれたんじゃなかったっけぇ?」
本来、彼女らの来る理由はそれであったはずである。定期的に二人はジャパリカフェのお湯の調子を見に来てくれるのだ。そして毎回紅茶を飲んで、よくわからない難しい話をした後帰っていく。しかし、今日は珍しくアルパカに無理難題を押し付けて来た。
「えっとー、カレーってぇ、この前ゆうえんちで食べたアレよねぇ」
茶色くて、ドロドロしていて、辛いのに食べたくなってしまうもの。アルパカも一度口にしたので、どういうものなのかイメージは出来た。たしか、ヒグマが火に怯えながらも作ってくれたのもちらりと見かけた覚えがある。
「それです」
「我々はカレーをいつでも食べられるようにしてほしいのです」
それはアルパカも同感であった。火を扱えるフレンズはヒグマくらいしかいないため、カレーをもう一度食べるとなると彼女の力が必要になる。だが、彼女はセルリアンハンターとして戦っているため、カレーを作ってほしいという理由のためだけに会いにいくのは申し訳なく感じてしまう。ゆえに他のフレンズに火を使ってもらう方が早いのだが、アルパカも火が使えるわけではない。
「なんであたしの所にぃ?ヒグマちゃんにお願いしたらぁ、博士たちになら作ってくれるんじゃないのぉ?」
そう尋ねると、二人はふっふっふ、と得意げに笑いはじめた。
「火を使わなくてもカレーを作る方法がわかったのです」
「そしてその実現には、ジャパリカフェの設備が必要なのです」
「んぅー……?まぁ、いっかぁ。ジャパリカフェで作れるならぁ、作ろぉ」
アルパカは何が何だかわからないままだったが、博士たちの言うことだから、と首を縦に振った。
いつもの整備に加え、余計に3時間ほどかけてその設備は完成した。お湯の出る所の横につるりとした黒い板が設置され、博士たちは得意げにアルパカを見つめる。
「ふふん。私たちは賢いので、気がついてしまったのです」
「お湯を作る仕組みを応用すれば、カレーを作ることができるのです」
コノハ博士とミミちゃん助手はこの装置は電気コンロと言って、と自慢の知識を披露しはじめたが、アルパカの耳には入っていなかった。
「ふわぁぁぁ……すごーい!でぇ、これをどうやったらカレーができるのぉ?」
「ここからはアルパカのお仕事なのです」
「我々は本を読んで"対価"というものを知りました。何かをしてもらったら、代わりに何かをしてあげる、という考え方です」
「ろーどー……ふんふん、それでぇ?」
「我々はジャパリカフェでカレーを作れるようにしてあげたので、アルパカはカレーを我々に作るのです」
多分、何かしてもらったらお礼を言う、のすごいやつなのだろう、とアルパカは理解した。なるほど、博士たちの言うことは正しいのかもしれない。
「まかせてぇ!ジャパリカフェでカレーをいつでも食べられるように頑張るよぉ!」
アルパカは両手をぐっと握り、二人のためにカレーを作れるようになることを決めた。
「では、材料を持ってくるのです」
「今回は電気コンロの使い方も含めてアルパカに教えるのです。我々は優しいので」
こうして、ジャパリカフェでのカレー作りが始まった。
材料があらかじめ切られていたのを見て、アルパカはホッとした。ゆうえんちで食べたカレーは、野菜という植物の実や根っこを一口で食べられるように切ってあったのを覚えていた。だが、アルパカには鋭い爪がない。トキに頼めば切ってくれるかもしれないと思ったが、彼女はジャパリカフェの大切なお客さんである。もしこれが切られていなかったら、そのまま煮るかもしくは叩き潰して煮ることになっていたかもしれない。
「鍋に野菜と水とコンソメを入れて、黒い板の横にあるボタンを押すのです。そしたら火を使うのと同じ効果になります。しばらくほっといて、ぐつぐつしてきたら小麦粉とカレー粉を入れて煮詰めるのです」
「はぁい、お水と、おやさいと」
博士の指示に従い、アルパカはテキパキと調理を進める。紅茶を淹れるのに比べるとはるかに多い手順だが、博士と助手がしっかり教えてくれるのでアルパカはスムーズにカレーを作っていく。アルパカは今使っている野菜や調味料がどうやって作られているのかもわからない。だが、博士がこうするといいと教えてくれる事に従って、悪いことが起きたことはなかった。
「ぐつぐつしてきたのです。アルパカ、小麦粉とカレー粉を入れるのです」
「はぁい、小麦粉、カレー粉」
だからアルパカはカレーを作る。いつも知恵を貸してくれる二人に、お礼をしたいから。コノハ博士やミミちゃん助手が喜ぶ顔を見たいから。そして、ジャパリカフェにたくさんのフレンズが来てほしいから。今回の博士たちの要望が、ジャパリカフェの集客にもなると感じたのである。
カフェの中に、スパイスの良い香りが満ちていく。野菜の煮える甘い匂いと、コンソメの食欲をそそる匂いが鼻をくすぐる。
「そしたらぁ、あとはどうすればぁ」
「あとはじっくり待つのです」
「かばんは一緒に飯ごうを使ってお米を炊いていましたが、そこまでのワガママは言えないのです」
いつも無表情な二人だが、この時は少し残念そうな声だったのをアルパカは聞き逃さなかった。おこめ、というものもいつか作り方を教えてもらおう。そう考えながら、慣れた手つきでいつものアレを作り出す。
「そぉ?じゃあ、紅茶でも飲んでゆっくり待っててぇ」
博士と助手は、ほんの少しだけ口の端を持ち上げて笑いながらティーカップを受け取った。
博士と助手のいつもの難しい話をBGMとして聴きながら、時折鍋を混ぜる。ゆうえんちで食べたあのカレーと同じくらいにどろりとした時、からんからん、とドアのベルが鳴った。
「ただいま。……いい匂い。もしかして、カレー?」
大切なお友達が、今日も帰ってきてくれた。アルパカはトキに駆け寄り、
「おかえりぃ!ねぇねぇ、博士がカレーの作り方を教えてくれてね、火を使わなくてもジャパリカフェで作れるようにしてくれたんだよぉ!」
「本当?私も食べたいな、アルパカのカレー」
「食べたいってぇ。いいかなぁ、博士ぇ?」
「美味しいものはみんなで食べるともっと美味しくなります」
「ゆうえんちで食べたカレーも美味しかったので、ジャパリカフェで食べるカレーも美味しいと予想されるのです」
アルパカのカフェで、のんびり食事を楽しむためにあれこれと話をする三人を見て、アルパカは一人微笑んだ。
「うん!じゃあ、みんなで食べよぉ!」
ジャパリカフェで初めて作ったカレーは、優しいお友達というスパイスにより、とても美味しい一皿になったのでした。
最高のスパイスは"お友達" 三軒茶目 @sankentyame
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