第35話
男の子たちは森の奥へ行ったのだから、街へはその逆方向へ進めばいい。
それくらいのことは思い付けて、ネノンは街に辿り着くことができた。家を出てからたくさん歩いたと思ったけれど、実はそんなに離れていなかったらしい。
顔を出したのは北側で、森から町に入ったことを証明するように、急に笛や太鼓の音が聞こえてきた。変な歌も相変わらず変なまま、ネノンの耳に侵入してくる。
他に聞こえるのは、不思議に湿った足音だった。昨日と違って人がいる。そんなに多くはないけれど、少なくもないくらいの人数が、そんなに広くはないけれど狭くもない道を歩いている。ただ、みんな見たことがない変な顔をしていて、歩き方もぎこちないように見えたけれど、まあ町だってそこまで狭いわけでもないから、色んな人がいるはずだ。
それよりネノンは、お祭りのような音が妙に耳に響く気がして、それから離れるように歩き始めた。そして歩きながら、どうして街に来てしまったんだろうと考え始めた。
家にいられなかったけれど、街に来るのだって辛かったはずだ。だから森の中に逃げ込んだのだから。だというのに、ネノンは自分で森を出て、街に来た。迷った結果でもなくて、きちんと街に来ようと思って、街に来たのだ。
もちろん、辛いのがなくなったわけじゃない。街並みはまた少し変化して、色んな家や塀が歪んで、道や方角を狂わせるような奇妙な角度になっているけれど、それを見ても色々なことを思い出してしまう。それも全部、嫌なことだ。
そもそも最近はずっと、嫌なことばかりだった気がする。そしてそのきっかけになったのが、この近くで起きていた泥棒騒ぎだ。
ネノンはとりわけそれを思い出して、気持ちを落ち込ませていった。あの失敗がなければどうなっていただろうか。今でも自分は元気に遊んで、元気に人助けができていたのかもしれない。そう思ってしまうと、なおのこと辛くなる。
そんな時、ネノンはふと、いつの間にか俯いていた顔を上げた。音が聞こえなくなっていることに気が付いたのだ。
うるさいくらいに耳の中に響いてきた、不思議なお祭りのような笛や太鼓、歌の声。それが全部、綺麗に消えている。
音がとうとう止んだのかもしれないけれど、そうではないような気もした。音はまだまだ続いているけど、この場所だけで聞こえないようになっているんじゃないだろうか。
そう思えたのは、そこが見たことのある場所だったからかもしれない。それも失敗した嫌な記憶の場所と似ているけれど、少し違う場所。ネノンが最初に、本当に泥棒を捕まえた家の前だった。そこまで歩いてきてしまったらしい。
丸っこい三角形の屋根をした、赤茶色のレンガ造りの古い家。そんなに広くない庭の芝は枯れていて、家の窓にはそれと似た雰囲気の、ボロボロの白いカーテンが掛かっている。もちろん全部閉まっていて、よくよく見ても前に見えたような気がした、赤い瞳は見えなかった。猫のような犬のような、奇妙な動物の姿もない。
ネノンはどうしてここで笛や太鼓が聞こえないのか、理由を探そうとしてキョロキョロと周りを見回した。いつの間にか入り込んでいたらしい細道は、他の場所と違って家も塀も歪んでいない。見ているだけで平衡感覚を失って、転んでしまいそうな角度はなにもなかった。
だけど不思議がっていると、急に音が聞こえてきた。
ただ、それは笛でも太鼓でも歌でもなく、てくてくと歩く小さな足音だ。街に入った時に聞いた、ぎこちない歩き方をする人たちの、湿っぽい音でもない、普通の足音。
それが近くの角から歩いてきて、ひょこっと顔を出すと、今度は声も聞こえてきた。
「あれ? キミはこの前の……ネノンちゃん、だっけ?」
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