第26話

「どうしてくれるんだ!」

 その怒鳴り声が、ネノンの頭の中にずっと響き続けていた。

 そしてそれを聞くたびに、びくっと肩を縮こまらせる。

「…………」

 あの後、ネノンは酷く怒られた。特に泥棒と誤解してしまった人に、それはもう怒られた。

 男の人は鍵を失くしてしまい、どうにか家に入れないかとしていたところだったらしい。仕事で使う大事なものが家にあるから、急いでいたのだという。

 声をかけずいきなり捕まえようとしたせいで、ネノンはそれに気付けなかったというわけだ。

 男の人はそのせいで酷くバツが悪くなってしまっただけでなく、どうやら少しだけれど足をひねってしまい、仕事にも間に合わなくなってしまったらしい。

 おかげで男の人から何度も何度も怒られて、近所の人からも「人騒がせね」と叱られた。騒ぎを聞きつけてやってきた警察官は、ジューンズではなかったけれど、事情を聞くと呆れてやっぱりネノンを少し叱ってきた。

 ネノンは昨日のお手柄があった分だけ、余計にそう言われたのかもしれない。ため息混じりに「警察の仕事はそんなに簡単じゃないんだから、警察ごっこもほどほどにね」と言われ、冷ややかな目を受けながら帰されることになった。

 けれどその帰り道は、今までみたいに堂々と歩くことなんてできなくて、街に慣れていなかった頃のように、ひょっとしたらそれよりも隠れるように、端っこで身体を縮こまらせていた。

「…………」

 ため息も落とせないまま、とぼとぼと歩く。街にいるのが嫌で、今は早く帰りたかった。自分の足が短くて、少しずつしか進めないのがもどかしくて、走りたいくらいだった。けれど、走るだけの元気もなくて、結局とぼとぼとしか歩けない。

「わたし、ダメだったのかな……」

 ネノンはぽつりと、そう呟いた。誰にも聞こえない声。だけど自分の頭にはものすごく大きく聞こえてきた。それが男の人の怒鳴り声を混ざり合って、近所の人の声と混ざり合って、警察官の言葉と混ざり合って、頭痛がするほどますます大きくなっていく。

「わたし……」

 泣きそうなくらいに、ネノンはまた呟いて。

 その時だった。

 ネノンの足元に、また小さな穴が空いた。次の瞬間、もう驚く間もなくすぐにその中に落とされる。真っ暗闇の穴の中。

 ひゅーっと落ちていく音はしない。ころころ転がる音もしない。だけどその真っ暗闇な中から飛び出した時には、どたんっと自分が転がる大きな音が聞こえてきた。

 そこはもちろん、ネノンの家。いつもの広間。ぽんぽんたちが、いつもみたいに出迎えるように飛び跳ねている。

 そしていつもの穴に落ちた時と同じく、また管が一本減って、ぽんぽんが増えている。そんな新入りも含めて、大所帯のぽんぽんたちが踊り出す。いつもみたいに遊ぼうよと言うように。

「…………」

 だけどネノンは、今は一緒に遊べる気分じゃなかった。すぐに帰りたいという願いは叶ったけれど、気持ちが晴れるわけではなかった。ぽんぽんたちに小さく、またあとでねと呟いて、逆さまから立ち上がる。

 広間には大きな窓が一つあって、ネノンはなんとなくそこから外を眺めてみた。

 帰り道はまだ昼間だったはずなのに、そこから見える景色はいつの間にか、穴の中と同じような真っ暗な夜になっている。

 外には、夜のせいで黒い原っぱと、夜の中でも白い尖った石が見える。ネノンは少し怖くなった。家の周りに生える石。それが、何かの動物の牙に思えてしまったのだ。

 大きな、家より大きな口を開けて、ゆっくりとその頭を現そうとしている巨大な獣。この丘は、そんな獣が埋まっているんじゃないだろうか。そんなあり得ないことを考えてしまうほど、ネノンは心を落ち込ませていた。

「失敗しちゃった……」

 誰にでもなく、しょんぼりと言う。こんなことは初めてだし、こんなに怒られたのも初めてだった。だから余計に辛くなってくる。

 だけどそんな時、ふと疑問が頭に浮かんだ。

 関係ないけど、関係あること。

 穴が空いて、管からころんっと出てくる時は、いいことをした時じゃないのかな?

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