第18話
「それで、どうしたの? 何か困ってるみたいだったけど」
ハスラットが改めて聞いてくる。
ネノンたちは顔を見合わせて、ふたりで事情を説明し始めた。
特にエインは、ネノンも知らなかった、いじめられるようになった時のことも話してくれた。何日か前、彼がもっと小さな子たちに勉強を教えてあげていたのを見たゴッスたちに、「そんなの覚えても意味がない」と言われたのが始まりらしい。
それからというもの、外で会えば何かと嫌なことを言われるし、時には今日みたいに手を出されることもあるようだった。
「うぅん……そっか」
話を聞いたハスラットは、深刻そうに頷いた。それで何か考えているようだったけど、ネノンたちを見回して言ってくる。
「とりあえず、ガラス玉を探そう。花壇にあるかもしれないなら、ボクが家の人に、探してもいいか聞いてくるよ」
そう言って、家の中へ入っていった。
「……あ、そっか。聞けばよかったんだ」
と、いまさらに気付いたのはネノンだったけど。
とにかくそれからは、ハスラットも入れた三人で探すことになった。
花壇は家の人に許可をもらって少しだけ土を掘ってみたけど、結局は何も見つからなかった。
それでも三人とも諦めることなく、「誰かに蹴られて飛んでいったのかも」と、場所を移しながら探し続けた。
そうしてだんだんと日が暮れてきて、とうとう石の色をしていた道が、夕焼けの色に変わってしまう。町全体も同じような色に変わって、少なくなってきた通りを歩く人も、やっぱりその色になっている。
もちろんネノンたちも夕焼け色になってしまい、だけどガラス玉はまだ見つかっていない。
それだけ探していたからみんな疲れてきて、少し休憩しようという話になった。
でも。そんな時、言ってきたのはエインだった。
「その、もう大丈夫だよ。きっとどこかに落ちちゃったか、誰かに踏まれて割れちゃったんだ」
寂しそうな顔をしてから、探してくれてありがとうと微笑む。諦めようということらしい。
「そんな!」
と止めたのはネノンだった。そして、まだ諦めちゃダメだと言おうとして……だけどそれを口にするのは少し躊躇われた。
もう最初にいた花壇の家まで戻ってくるくらい調べ尽くしたし、このままだと夜になってしまうだろう。そうなると、もう見つけられない。明日になってから改めて探すこともできるけど、時間が経てば経つほど見つけにくいはずだ。それこそ本当にどこかに落ちたり、踏まれたりしてしまうかもしれない。
それに気付いて、ネノンはしゅんと肩を落とす。ハスラットの方を見ると、彼はじっと考え込んでいた。諦めたくはないけれど、探すあてがなくて困っているという様子だ。
(どうしたらいいんだろう)
他にどこか探していない場所はないか、見つける方法はないかと考える。
だけどなんにも思い付かない。
困った人を助けようとしていたのに、それで自分が困ってしまうなんてという、奇妙な理不尽さを感じてしまう。それでもなんとかしたくて、ネノンはまた地面を這って、とにかく闇雲に近くを探し始めた。
「ネ、ネノンちゃん、大丈夫だから。もう遅くなっちゃうし、帰った方がいいよ……ごめんね、僕のせいで」
「でも……」
止めてくるエインに、顔を上げる。だけどやっぱり寂しそうな男の子の顔を見て、ネノンは胸が苦しくなっていた。だけど止められてしまって、それに抵抗することもできなくて、せめて目だけで周りを見回す。
地面には何もないし、家と家の隙間にもない。花壇の土の中にも見つからなかった。そこには咲きかけの白い花だけがあって、夕焼けで赤く染まっている。
その花は、ガラス玉の行方を見ていたかもしれない。だとしたら教えてくれてもよさそうなのに。ネノンはそんなことを考えて、少し花が恨めしくなってしまった。
だけど、その時だった。
「……あれ?」
花を睨んでいると、そこで何かが光った気がしたのだ。
どうしたのと聞いてくるエインに、ちょっと待ってと答えながら、花の方に近付いていく。
そして近くでよくよく見ると……咲きかけで折り重なった花びらの中に、何か丸いものが入っているように見える。そしてそれが、夕陽を浴びてキラキラ輝いているのだ。
「あ、あった、あったよ! きっとこれだよ!」
「えっ、ほ、ほんと!?」
ネノンが驚きと喜びの声を上げると、エインも慌てて駆け寄ってきた。ハスラットも一緒にそれを確認すると、すぐにまた家の人に、花を少しだけ開けさせてもらえるようにとお願いしに行ってくれる。
そしてすぐに許可をもらって、ゆっくりと花を開く。
するとそこから、ころんっと小さな玉が出てきた。
透明で、夕陽を浴びて輝く、指先くらいのガラス玉。中にはそれよりもっと小さな黒と青色をした玉が入っていて、なおさら綺麗に光ながらネノンたちを見つめていた。
エインはそれを手に取って、すぐに嬉しそうな笑顔になっていった。
「よかった……本当に、僕の探してたガラス玉だよ! よかった、本当によかったぁ」
嬉しくて泣き出してしまうんじゃないか、というくらいの顔だった。そして慎重に箱の中に入れると、大事そうにそれをぎゅっと胸に抱きかかえる。
「これはお父さんに貰った、大事なものだったから……見つけてもらって、本当に嬉しいよ」
するとハスラットが、そっと背中を押したような気がした。
それで一歩だけ、エインの前に出る。
彼は泣いてはいなかったけど、ぐしぐしと目元を擦って顔を上げた。
「ありがとう、ネノン! 本当に、本当に、ありがとう」
「えへへ……わたしも、喜んでもらえてよかった」
笑顔になった男の子に、ネノンも笑顔でそう応えて。
その時だった。
前みたいに、また突然ネノンの足元に穴が空いた。
「はへ?」
そしてまた前みたいに、いや前よりは少しだけ早く気付いて。ネノンはきょとんとしたまま、真っ暗闇の穴の中に落ちていった。
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