第16話
ネノンはそのあとも少しだけオウイと他愛ない話をしたけど、お客さんが来たようだったので、お礼を言って店を出た。
店の外で、「はふぅ」とゆっくり大きく息を吐く。
怒られなかったことと、大人の人とちゃんと話せたことが嬉しかった。自分が何か大きなことをやり遂げた凄い人のように思えて、ネノンは少し興奮していた。どこか遠くから聞こえてくる甲高い笛のような音が、まるで自分を褒めてくれているみたいに思えてくる。
空を見ると、蛇のような虫のような大きな鳥が、飛びながら何かをぽたぽた垂らしている横で、太陽が輝いている。
それはもう少しで夕方になってしまいそうな高さだったけど、家に帰るにはまだ少し早いような気がした。大人と話ができたことで、気が大きくなっているせいかもしれない。
「もうちょっとだけ、いいよね」
だからネノンは意気揚々と、町の探検を続けることにして歩き出した。男の子たちと走った道を、今度は歩いて観察していく。
町はどこでもそうだけど、ここもいくつも家と店とが折り重なっていた。家が三軒あったと思えば、その隣はピカピカ光る変な服屋だったり、肉屋と小さな美術館が並んでいて、その隣が教会だったり。ごちゃごちゃで、住んでいる人でも混乱してしまいそうだなと思ってしまう。
ついでに、いい匂いを漂わせる料理屋さんの隣に建つ、斑に赤い家の人は、お腹が空いて大変なんじゃないかな? と思ったりする。ボロボロのドアが少しだけ開いていて、中に恨めしそうな黒い目が見えたからかもしれないけれど。
そんな風に歩いていると。
花壇が並ぶ家の前で、見たことのある子がしゃがんでいるのを見つけた。
眼鏡をかけた男の子。名前は確か、エインだった。四人と一緒に走り抜けている時に、いじめられていた子だ。彼は大人の人が着るような、紺色のスーツみたいな服を着ていたけど、それが汚れるのも構わず道に這いつくばっていた。
何をしているんだろうと思って近付いていくと、なんとなくわかる。必死な様子で、呟いている声が聞こえてきたから。それは、ほとんど泣き出してしまいそうな声だった。
「あと一個……この辺に落ちたはずなんだけど……」
花壇の横には箱が置いてある。通りかかった時に見た、ふたりに取り上げられていたガラス玉の入った箱だ。少しだけ開いた蓋の隙間から、さっきの家の人の目みたいな、光るガラス玉がちらっと見える。
手伝ってあげた方がいいのかな? とネノンは考えた。だけど自分にちゃんと手伝えるのか不安だったし、言うのも少し恥ずかしい。
だけどどうしようかなと思って立ち止まっていると、誰かが横を通り過ぎていった。
道を歩く大人の人ではない。身体は見劣りしないと思うくらい大きく思えたけど、それが大人じゃないということを、ネノンは知っていた。ゴッスとテリシシと呼ばれていたふたりだ。
何をしているんだろうと見ていると、ふたりはそーっとそーっと、エインの後ろに近付いていくようだった。ニヤニヤ笑いながら、探すのに夢中になって地面しか見ていないエインの、脇に置かれた箱をまた盗み取ろうとしているのだ。
ネノンはそれに気付くと、もうどうしようとも考えずに、思わず走り出していた。
もちろん、ゴッスたちの方に、だ。
そしてふたりの後ろに立つと、緊張しながらも必死に声をかける。オウイのように怒ることはできなかったけど、それでもなんとか止めたくて。
「え……えとっ! その箱は、その子のもの、だよ?」
その声に、最初に振り返ったのは細長い顔をした小柄な方、テリシシだった。次にエインがふたりに気付いて顔を上げ、最後にゴッスがゆっくりと怒ったような顔で振り返った。
「あ? なんだ、お前」
四角い顔に乗った鋭い目に、大きな鼻と大きな口。それを全部中央に集めるように渋面を作って、ネノンを睨んで言ってくる。
ネノンはその迫力に驚いて、思わず後ずさりそうになってしまった。だけどそれをなんとか堪えて、もう一度言う。
「人のもの、だから……盗っちゃダメ、だと思うから」
ますます不機嫌そうな顔になるゴッス。その横では、テリシシがひょろっとした目や口を強張らせていて、奥にいるエインはぽかんとしているようだった。
ひょっとしたら殴られちゃうかも。と、ネノンはいまさら怖がった。だけどもう逃げられないし、逃げたくもなくて、必死にその場に留まって、ゴッスたちを見続ける。
ゴッスもそのまま、睨み合いを続けてきた。けれどしばらくすると、ニヤッと笑って目を逸らした。顎で道の先を示すと、テリシシの方に向かって言う。
「おい、行くぞ」
「え、いいの? ゴッスに逆らったのに?」
「いいからさっさとしろ」
ぼかんっとテリシシの頭を殴って、歩き始めるゴッス。テリシシはわけもわからず片目に涙を浮かべながら、それでも「待ってよ!」と慌ててゴッスを追いかけていった。最後に一度振り返って、べーっと舌を出したようだったけど。
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