第15話
その人は、オウイという名前だった。
髪をほとんど刈り上げて、顎に髭を生やした怖い顔のおじさん。頬と目の横に傷があるから、余計に怖い。大柄で、ちょっとでっぷりしているけど筋肉もすごい。そこはそんなには怖くなかったけど、迫力はあった。
よれよれの黒いワイシャツにスラックスを履いている。ネクタイを締めていないのは、首が苦しいからだと言っていた。
ネノンはそんなオウイに言われて、彼の店に案内されていた。不動産と書かれた、窓に紙がびっしり貼られた店だ。結局なんの店なのかは、ネノンにはほとんどわからなかったけど、オウイは「それで十分じゃ」と笑っていた。
店の中にはテーブルを挟んで向かい合うようにソファーがあって、そこに座ることになった。向かい側にオウイが座って、お茶を出してくれる。怖がらせてしまったお詫びと言っていた。
「熱いから気ぃ付けるんよ」と言われたので、ふーふーと何度も息を吹きかけてから、ゆっくりと飲んでいく。
半分くらいまで飲む間、オウイから名前を聞かれたり、住んでいる場所を聞かれたりして、ネノンは緊張しながら答えていった。オウイは最初に思ったほど怖い人ではなさそうだったけど、それでもやっぱりまだ少し、怖いかもしれないと思えたから。
だからネノンの方から話しかける時も、どこかおっかなびっくりだった。
「あの。さっきはごめんなさい」
「ええよええよ。嬢ちゃんは悪いことしとらんからの。悪いなぁあのガキらじゃ」
怖い顔を笑顔にさせて、言ってくる。
「嬢ちゃんまで怖がらせてしもぉたおっちゃんも、ちぃたぁ悪かったがの。ほいじゃが、あがぁなガキにゃ、しっかり言うちゃらにゃいけんからのお」
いまいちなんて言っているのかわかりにくかったけど、最後には「がっはっは!」と豪快に笑う。その口は大きくて、ネノンくらいなら本当に食べられそうなほどだった。
だけどネノンは、話すうちにどんどんオウイが怖くなくなってきた。ついでに、大人の人と話していると思っても、そんなに緊張しなくなってくる。
それに嬉しくなっていると、オウイはテーブル越しにネノンの頭にぽんと優しく手を置いた。
「嬢ちゃんも、遊ぶんはええが、悪いこたぁしちゃいけんで」
「うん」
手を置かれたまま、こくっと頷く。ネノンはまだ色んなことがわからなかったけど、流石に「悪いことってどんなこと?」とは聞かなかった。
ただその代わり、もうちょっとだけ違うことがわからなくて、尋ねる。
「悪いことをすると、どうなっちゃうの? おじさんに食べられちゃう?」
「?」
オウイはそれを聞いて、きょとんとまばたきした。そうしてじっとネノンの目を見つめてから、急にまた大きな声で「がっはっは!」と笑い出した。
そのあと自分を指差して、
「そうじゃのぉ。悪いことをすると、おっちゃんみたいになっちまうかのぉ」
「おじさんみたいに?」
今度はネノンがきょとんとする。それで少し考えて、また聞く。それは少し悪いことのような気がしたから、肩を縮こまらせて、申し訳なさそうに、恐る恐る小さな声でだったけど。
「じゃあ……おじさんは悪い人なの?」
「さあて、どうかのぉ」
オウイは気を悪くした様子はなくて、そう聞かれるのを予想していたようでもあった。ネノンにはぴったりの、けれど彼の身体には低いテーブルに肘をつくと、手の上に顎を乗せる。考えるような格好になりながら、それでも気楽に言ってくる。
「いたしいことじゃけえ、おっちゃんもまだまだ悩み中じゃが」
そう言って、オウイはまたネノンの方を向いた。怖い顔を目一杯優しくさせて。
「次ん時にゃぁ、ちゃんと答えられるようにしとかんとのぉ」
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