第14話

 ゆっくりだった走る速さも、そのうちまた元に戻ってきた。

 嫌そうだった顔もどんどん元通りになっていって、立ち止まる頃には、みんなすっかり元の元気な顔と声になっている。

 ネノンは十歩くらい遅れて到着すると、ぜえはあと疲れて息をしながら、そんな男の子たちの声を聞いていた。

「じゃーん! ここがオレたちの秘密の場所だぜ」

 そう言って、手を広げて見せてくる。

 辿り着いたのは町の南の方。端っこでもないけれど、真ん中でもない。それくらいのところかなぁと、ネノンはなんとなく思った。

 男の子たちが得意そうな顔で見せてきたのは、そんな中にある空き地だった。

 公園の半分くらいの広さで、芝生になっているけど、遊具は何も置いていない。ただ真ん中辺りが突然に、大きな獣か何かに噛み千切られたようにえぐれていて、その中に一つ、ネノンにはよくわからない看板が転がっているだけ。

 周りには人がいないし、その空き地の中にも人がいない。周りに人がいないのは、ここには家ばっかりで、お店がほとんどないからかもしれない。そのお店の看板も、これまたネノンにはよくわからないものだけだった。一番近くにあるものは、不動産と書かれている。

 男の子たちが『秘密の場所』と言い張る空き地の中に人がいないのは、当たり前といえば当たり前だった。だってそこは、立ち入り禁止と書かれたテープが張られていたんだから。

 だけど男の子たちは、すごいだろと言いながら、気にせずテープを乗り越えていった。

「ほら、こっちこっち。あれが来る前に遊ぼうぜ!」

「あれって今はどこにいるんだ?」

「さあ? どうせその辺で寝てるんだろ」

 よくわからないことを言い合いながら、当たり前のように空き地の中に入って遊び始めようとする。「ここにボールを隠しておいたんだぜ」などと言って、看板の裏からゴムボールを取り出したりもしていた。

 ネノンは慌てて、テープの外から声をかけた。

「え、えと、入っていいの?」

「何言ってんだよ。ダメに決まってんじゃん!」

「ええぇっ!?」

 あんまりあっさり言われたから、ネノンは驚いてしまった。けれど彼らはニカッと笑いながら言ってくる。

「入ってよかったら秘密じゃないだろー?」

「大丈夫だって。見つからないうちに帰ればいいんだしさ。ほら、いくぞー」

「よっしゃ、こーい!」

 口々に言い合いながら、元気にボールを投げ合おうとする。ネノンはやっぱりどうしていいかわからなくて、テープの外でおろおろしていた。

 そんな時。

「ぅらあ! われ、何しちょるんじゃ!」

 ネノンの後ろから、急にものすごく大きな声が飛んできた。

 それも家の周りや町の中でも時々聞こえていたような、怖い動物が唸るような低い声で、ネノンはびっくりして一メートルくらいは飛び上がってしまったかもしれないほどだった。

「やべ、もう戻ってきた!」

「逃げろ逃げろ!」

 空き地の中にいた男の子たちも驚いて、焦って叫んで逃げていく。声は空き地の入り口からだったから、みんなは奥にある建物と建物の隙間の方に、蛇が引っ込むように消えていった。

「あわわわわ」

 残されたのは、ネノンひとりだけ。

 それも声はすぐ後ろからだったし、そこに誰かが立っているような気配もあった。

 しかもそれは自分を飲み込んでしまうほど大きくて、今にもバクッと頭から食べられてしまうのではないか。とさえ思えてしまうほどだった。なにしろその誰かの影が、自分をすっぽり覆っていたのだから。

 おかげでネノンは震えて慌てて怖がって、もう後ろを見ることもできずに立ち尽くすしかなかった。せめて肩を縮こまらせて、見えないくらい小さくなろうとする。いくら小さなネノンでもそこまで小型化はできないから、結局は意味がなかったけど。

「あわ、わわわ……」

 とにかくどうしようと思って、考える。けれど頭の中は真っ白で、足も震えて、逃げることができなかったから、どうしようもなかった。

 そうしていると、後ろの大きな誰かはゆっくりと動き出した。一歩も歩いてないけれど、手を持ち上げているんだなと、ネノンはなんとなく気付いていた。

 もしかしてそれで頭を叩かれるのかも。そしたらそのまま気絶しちゃうかも。でも気絶しちゃうなら、いっそその方がいいのかも?

 なんて思ってしまっていると。腕は本当に、ネノンの頭に降ってきた!

「ひぅっ!」

 とネノンは悲鳴を上げて……だけど、頭は痛くなかった。

 ぼこんっとも、ごつんっとも音がしない。気絶は全然してなくて、思わず閉じた目を恐る恐る開くと、そこには相変わらず、誰もいなくなった空き地が見えた。そして頭に、誰かの手が乗っている感触がある。大きくてごつごつした手だ。指もちゃんと五本ある。

 あれ? と思っていると、声が聞こえてくる。

「嬢ちゃん、あんなぁらに連れてこられたんか」

「はへ?」

 低くて大きな、さっきの人の声。だけどそこにはさっきのような、例えば食べられてしまうかもと思うような怖さはなかった。

 ネノンはどこか拍子抜けするようにきょとんとして、頭に手を乗せられたまま、ゆっくりと振り返った。

 最初に見えたのは、茶色い革のベルトだった。そこから上を向くと、ようやく顔が見えてくる。少し身を屈めているせいで、傘みたいにネノンに影を落とす大きな男の人だ。

 その人は、ニッと歯を見せて笑いかけてきた。

「悪かったのぉ。怖がらせてしもぉたか」

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