第2話 再び契約説明会に呼ばれる
不条理な契約説明会から数日たった頃だった。
ωさんからメールが届いた。
```
λ 様
σ学園のωです。
貴殿の採用・契約に関して、回答が決まりました。
「頭髪を自然な髪色(地毛色)にしていただく」
この点を遵守されることを前提として、契約する意向です。
σ学園は、顧客への安心・安全・信頼を目的に、就業規則にて従業員の頭髪色
をはじめ、身嗜みについて制限をしています。
入社段階だけでなく契約以後も該当するため、承諾いただけない場合は弊社とは
契約できません。
ご了承ください。
契約を希望される場合、直近の新規契約・初任者研修は下記の通りです。
参加される場合は会の30分程前に来館いただき、貴殿と面談を行います。
<契約説明ならびに初任者研修>
n月m日 xx:xx~xx:xx
本社ビル地下1階会議室
※事前に面談を行いますので、xx:xxに来館ください
また、採用会時の参加者(貴殿を含む)へ対する採用担当からの説明(頭髪に関す
る制約事項、他)ですが、特に問題ないことが確認されました。
合わせて報告します。
以上、よろしくお願いします。
```
雇う気はありそうやな。ただ、最後の文章は気に食わんな。特に問題ないことが確認されました?そんな内々でやられても納得できんな。そもそも根拠がないし。
まあ、その件については契約してからゆっくり追求していこう。とりあえず髪染めなな。財布が苦しいなあ…
余計な出費は最小限に抑えたかったので、Amazonで安くて強力そうな黒染めを探して購入した。
これが想像以上に強力で、僕の髪はまるでイカスミパスタのようになった。
***
2度目の契約説明会のために、海辺の気取ったオフィス街を歩いて本社ビルへ向かう。また、あのωさんと会わなければならないのかと考えると足取りが重くなる。
これでまた「イカスミパスタみたいな人とは契約できません」とか言われたらどうしよう。会話録音しといたほうがええんかな?
契約説明会の前に30分程面談をする予定になっており、その内容が気になって不安だった。
本社ビルのエントランスにつくとインターホンでωさんを呼ぶ。すぐに地下の個室まで来るように言われた。
大理石でできたゴージャスな階段を降りて地下へ向かうとωさんが待っていた。
「おおー、λくんやなー。来てくれたんやね。」
取り繕ったような笑顔で馴れ馴れしく話しかけてきた。
「こんにちは。面談に参りました。」
「あ、はいはい。まあバッチリやね。じゃあやろか。」
と言って、個室に案内されて座らされた。
なにがバッチリなんや?しかし恐ろしい笑顔や。
「完璧やね。これだけ黒かったら大丈夫です。ちょっと後ろも見せて。」
さらっと僕の髪を全方位から確認する。
「問題ないでしょう。ところでλくんどのへん住んでるの?」
え?もう確認終わりなん?えらいすんなりやな。この人の考えてることが読まれへん。
「えーと、θ区の方です。」
面談終了予定時刻までの25分間。大した内容のない雑談が続いた。
***
面談が終わって会議室へ向かうと、中では契約に来た大学生たちが静かに自分の席へと座っていた。こっそりとその中に交じる。
しばらくしてωさんが資料を持って入室してくると契約説明会が始まった。
「こんにちはー。」
大学生たちはどのタイミングで挨拶してよいのかわからず、会釈したかしていないのか分からない程度に頭を下げるだけで黙っている。その反応に対してωさんは。
「反応うすっ!これから先生になる人達がこれでは心配ですね。」
と、満面の笑みで言う。
なんかこのやり取り見たことあるで。そうや、前の契約説明会のときや。なにこれ鉄板ネタみたいな感じで使いまわしてるんか。
それから前回の契約説明会と全く同じと言っていいような話が続いた。
「うちは他の塾と比べて髪の色にかなり厳しい基準を設けています。まあ男性はそもそも髪なんか染めないでしょうからいいとして、女性にはJHCAのレベル8というのは物足りなく感じるかもしれません。」
そうか、この人は男が髪染めるなんてありえへんと考えてるんか。だからJHCAのレベル8がどうとかは関係なく、僕の髪が明るいことが気に食わんかったんか。厄介なタイプや。
「うちは結構女性の先生が活躍してらっしゃるので女性の方々は働きやすいと思いますよ。特に集団(指導)の先生は他社なんかやとほぼ男の先生ばっかりやったりするんですけど、うちは積極的に女性の先生を採用してるので3割近くいます。」
うわー、こういう男女共同参画社会的なこと言う人に限って男女区別するよな。「男は髪染めるな」みたいなこと言ってたくせによく言うわ。
そうして一通り説明が終わると契約書を書く時間になる。
全ての欄を埋めて捺印を終わらせると契約書は回収された。
やったー、無事契約完了。さあヘアカラー代金を取り返す熱い戦いの始まりや。
ちょうどこの契約説明会の後に入社したばかりのアルバイトを教育する初任者研修があるらしく、ついでに研修も受けれることになった。休憩を挟むと既に契約は終わっているらしい大学生が数人加わって研修が始まった。
***
研修の内容は至って普通で、企業理念や就業規則について説明された。その後、「先生とは何か」というような解説が始まる。
「生徒が話を聞いてくれないのは生徒が悪いんじゃないですからね。先生の話が面白くないのが悪いんです。」
なるほど、正論かもな。
真面目に聞いていたつもりだったが、当たり前の話をずっと聞いていると眠たくなったしまいウトウトしてしまった。
「これ!寝たらあかんよ。」
幸いωさんは満面の笑みだったので怒ってはないようだが注意されてしまった。
なんか思い出したぞ。生徒が話を聞いてくれないのは生徒が悪いんじゃないですからね。先生の話が面白くないのが悪いんです。
いやいや、言い訳したあかんわ。立場が違う。今は従業員やからな。
その後はなんとか持ちこたえて、ようやく説明が終了した。どうやらこの先OJT研修という現場での研修があるらしい。説明の最後にOJT研修の仮配属先が告げられた。
講師として働けるようになるのはいつになることやら。
***
すっかり暗くなった夜のオフィス街を歩いていると、後ろから誰かがやってきた。
「お疲れさま。」
見ると、多分さっきまで同じ研修を受けていたであろう大学生がいた。「お疲れさまです。」と返事すると同じペースで歩き始める。
気まずいな。なんか話さな。
この時期のアルバイトの新規採用はほとんど1回生だと思われるのでタメ口で話してみる。
「あたり前のことばっかり話してたな。」
「そうやなあ。そんなに収穫なかったな。」
僕はコミュニケーション能力の無さには自信があるので会話を切り出してみたもののこれ以上話を広げられない。「申し訳ないなあ」と思っていると彼の方から話してくれた。
「髪の毛染めたんやな。」
待て待て、なんでその話知ってるねん。全部バレてるん?
「なんで知ってるん?」
「前の契約説明会のとき俺おってんよ。もう来んのやと思ってたわ。」
「全部見られててんな。ヤバいやつみたいに思ってるやろ?」
すると、人の良さそうな笑顔で笑われる。この反応を見て安心した。
またお互い無言になったので、こちらから切り出す。
「仮配属先どこなん?」
「θ中央校やで。」
わお!僕と同じところやん。これは早々に髪色騒動が広まるかもしらんな。
「一緒やん。僕もθ中央校やで。よろしく。」
この帰り道の会話で名前を聞くことはなかったが、κくんとはこの先同じ職場で長い付き合いになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます