Sexy Modern
自室に籠って考える。タービンのこと、双子のこと、そして─────ヴィナスのこと。
麗しい女だ。年齢不詳で、謎めいた女。修道着の中がどうなっているやら知らぬ。
『またあの女のことか!』
よく知る声を聞いた。当たり前だ、トーンこそ変えているが私の声に相違ない。
「清、なんの用だ」
目には見えないが、清が部屋のあちこちを犬のように歩き回るのを感じる。ただの人格に過ぎないのに。
『何がお前をそんなにさせた!それほどあの女はいい女なのか?素性もわからぬくせに!』
まったくその通りだ。だが私はヴィナスに優しさを感じている。会った時から献身的だ。私の世話も焼いてくれた。
『馬鹿を言いやがれ!今に取って食われるぜ!』
清の言い分に、腹の虫が治まらなくなった。
「畜生!お前なんて消えてしまえ!」私はついに堪忍袋の緒が切れた。「第一お前はなんで私にまとわりつくんだ!私はお前になんの義理もないぞ。お前さえいなければ双子を酷い目に遭わすこともなかったのに。お前にヴィナスの何がわかる。お前なんか必要ないんだ。死ね!とっとと死んじまえ!」
私が怒鳴っている間、自分が涙を流していることに気がついた。私は感極まってなどいなかったから、それが清の涙であることもわかった。
「お前は誰からも愛されない」
私の言葉を聞いた清は、やっとのことで涙混じりの声を出した。
『愛……愛だと…………愛など……存在するものか…………ありえないんだ、非科学的だ』
ああ、これはなんという感情なのか。「愛」などという戯言はこうも苦しいものか。畜生、愛だと。すべての元凶はあの女、今にでも寝首をかいてやろう。この天才科学者の尊厳を踏みにじった罪の重さを思い知らせてやろうじゃないか…………
いつしか俺は寝室の戸に手をかけていた。開ければベッドに、ヴィーナスは座っている。寝たんじゃあなかったのか。俺の足が急に折れる。蓮がヴィーナスに触れようとしているらしい。俺は力を絞って立ち上がり「ぶち殺してやる」と喚くが、ヴィーナスは微笑んだままびくともしない。次第に力がなくなり、結局ヴィーナスに跪く形になってしまった。
「助手、俺にはどうやっても愛というものがわからない。畜生、俺をコケにしやがって。ぶち殺してやる、生かしてはやらないぞ」
俺はヴィーナスの前に跪いたまま情けなくも負け犬のごとく吠えている。
「清────」ヴィーナスはなぜ俺の名を知っている。「恐れないで、清───愛は素直な者の前では恐ろしいものではないわ」
「恐れる者の前では……?」
「きっと、狂気ね」
「助手………………俺は消えるべきなのだ」
「どうしてそんなことを言うの。清は蓮さんにとって重要な側面なのに」
「俺は害悪なんだよ。いるだけで不幸を起こすし、衝動は凶悪だ」
ヴィーナスは被っていたものを取って畳む。黒い艶やかな髪がさらさらと流れた。ああ、こんなに綺麗な髪をしていたのか……
「清は死にたいの」
清はその言葉に涙を流した。
「そんなことはない。俺は永く生きたい。誰よりも生き永らえたい。この馬鹿げた星で、馬鹿な体で、天才と言い続ける馬鹿のまま静かに暮したい」
「清───────」ヴィーナスは明白だ。「それも愛ですわ」
愛と言うには座標のバグのように歪みすぎている。そのバグの元は一体何にある。
蓮のトラウマだろうか。
蓮は女に愛されることはなかった。俺の存在は愛情の飢餓だろうか。それがバグの要因とすれば───────
「心を許した人間からの激励は最良たるメンテナンス……?」
「その通り、だから最善を尽しましょう」
言うが早いか、ヴィーナスはすっかり裸になった。嘘だろう、俺にどうしろというんだ。俺はどうにもそういうことに疎いのだ。と、自分の腕が勝手に服を脱ぎ出した。蓮、か。エスコートってことになるんだろうか。蓮は裸になると、その上から白衣を着込んだ。
何故、と問うと蓮は返す。
「寒さには耐えきれない」
「俺はお前を認めたわけじゃないぞ」
全くの嘘だ。そうでもなければこんな童貞が他人に体を許すはずがない。自分の、短くもそそり立つ陰部を見て気味悪がり、ヴィーナスの性器を捉え顔を赤くする男だ。
しばらくの無言の躊躇の後で、私たちはようやく合体した。実は私は自慰の一つもしたことがない。セックスなんてもっとどうやるんだか……ともかく、知らずとも身体は勝手に動いた。私か清のどちらかが動かすわけじゃない。恐らくは、本能なるものに動かされるのだろう。ともかく、感じたことの無い快楽が秒ごと全身に走った。そうだ、ヴィナスはきっと私に体を合わせていて、最高の快楽を起こさせるのだろう。この肉感も、豊穣の胸も、バルトリン腺液すら、私のためだけに出来ているのだ。
蓮はヴィナスの顔を見た。微笑みをたたえた潤んだ目も、またこちらを見ていた。二人は性交の途中、ガッチリと目が合ったのだ。
「私を愛していただけますか」
ああ、もちろん!私はお前を愛してやろう!
清はあまりの快感と羞恥心に口も利けないようである。しかし、なんとか口を開くと、私が思ってもないようなことを言うのが清だ。
「お前は……いつも、口ばかり、じゃないか…………お前は俺を、愛、してるのか……」
ヴィナスはかっと目を見開いた。
「私は……お前を心の底から愛せたんだ」
私がひどく泣いて呻くのとほとんど同時に、ヴィナスが痙攣する。
蓮はそれを感じ取るが早いか、間もなく疲労の渦に呑まれていった。
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