二日目 深夜
「これから……ええと、何を話せばいいんだっけ?」
私の目の前にはブードゥー教徒らが大勢床に座っている。さて、私は一人、そのブードゥー教徒らの前にまるで予備校講師のように立っているわけだ。
私とヴィナスはフードの男に交渉を試みた。
この男は教徒たちの長だという。言うに、私がここで安全に暮らすには、教徒たちの信用が必要だというが、ここのブードゥー教徒らは頭が固い。信用を得るには、私がこの世界のために何を貢献できるか、ということを証明するべきだ…………
と、いうので私は研究所に彼らを連れ込んだのだ。移動方法?それはヴィナスに聞いてくれ。
ブードゥー教徒たちは、それこそ授業を受けるかのよう。さて、何から話したものか。
私はひどいあがり症の上、赤面症である。暫くヒ、ヒグ、カフ、などと声にならない声を上げていたのだが、漸く決心がついた。
「エェーット……ゲェホッ。BLUE LIMBOの先住民の方々、こんばんは。私が今回話をさせていただきます、夢良咲と申します」
早速声が裏返った。既に赤いだろう自分の顔がさらに熱を持つのを感じる。ブードゥー教徒たちは何も言わずにずっと私を見ている。マズイ、吃音を起こしそうだ。
「下の名前は」
「はっ?」
ブードゥー教徒の一人が言った。これがまた抑揚のない喋り方でありこの世のものでない気がする。
「下の名前は」またも人間的でない声で。
「蓮…………ム、夢良咲 蓮、です」
緊張するとすぐにこうだ。しかも人見知りとくると、医者として芳しくないと思う。
「蓮先生」先程のブードゥー教徒である。「先生はどこからいらした」
なるほど、敬語は使えるようである。それにしても、なぜこの星で日本語が使われているのか。今更ながら、またも騙されている気がする。
「良い質問ですね」
私が説明しようとした途端、「善い質問でしょうか」と、ブードゥー教徒は翻した。
自分から質問しておいてどういう態度だ、コイツは。
「私どもは救世主の使用する言語をこの星の公用語とするのです。そのように神から指示されました」
「神?それは一体なんと」
「質問にお答えください、先生」
畜生、私にだって質問する権利はあるはずだぞ。反論しても仕方ない、答えよう。
「ええ。私は地球から来ました。来た、といってもわざわざ訪ねてきたわけではございません。ええ、ええ、私はどうやら何者かによってここに連れて来られたのです」
それを聞いた途端、ブードゥー教徒らは怪訝そうな表情をする。しまった、彼らは受身の態度がお嫌いなようだ。まったく地雷がどこにあるんだかわかったものじゃない。
「先生」別のブードゥー教徒が言う。「先生はタービンがどこにあるのかご存知で?」
「いいえ、全く知りません」
ブードゥー教徒、再び怪訝。
「…………どこにあるのでしょうか?」
ブードゥー教徒、部屋の真ん中へ向かって知らぬ言葉で囁き合う。
「教えていただくことなどは……」
ブードゥー教徒らの集いに近づくと、不意に見た目にそぐわぬ怪力で袖───部屋の隅───に控えていたフードの男に手を引かれた。と同時に鼻先を掠める剃刀。危うく鼻を削がれるところだった。見ればブードゥー教徒らは手に手に武器を持ってこちらへジリジリ─────私は思わず白衣のポケットに手を突っ込む───────と、指先に硬いものが当たった────これは灰色ベイスのメタリック──────携帯だ。
私は携帯がどうにも好きでなくてすっかり存在を忘れていた。そうだ、これを使えば誰かに連絡できるかも……と、そんなことを考えている場合じゃないとはわかっていたものの思わず携帯を開いた。
ブードゥー教徒ら、突如として沸き立つ。ガシャガシャという音に驚いて顔を上げれば、ブードゥー教徒ら、一斉に寄り集まり私の携帯に熱い視線。…………珍しいのか、携帯?
そういえばサイレントモードのままだった。モードを解こうと携帯を弄る─────操作を間違えて響く着信音。驚く私、ブードゥー教徒らの歓声、結局解かれぬモード。
ウーム、どうやらこのブードゥー教徒、科学に関心がありそうである。それが「貢献」なるものだろうか。となれば私の得意分野ではある。手順を考えると私の携帯を分解するわけにはいかないので───────
「ファクタ!ちょっと来てくれ」
袖にいたファクタを呼び寄せると、民衆の前に立たせた。
「これを見てください」ファクタを後ろ向きにすると、後頭部にあたる鉄板を外してテクタイトの欠片を取り出した。
「これはテクタイト。この星で採取した鉱物です」ファクタはテクタイトを取り出されて意識が無い。「そしてこちらを」
私はファクタの胴部に取り付けられた臨時電流装置を稼働させる─────するとファクタの手が痙攣するように動く。沸くブードゥー教徒。さらに強い電流。ファクタが歩く。騒ぐブードゥー教徒。
「ご覧下さい。これが私の科学力です。私のいた星ではこれほどの科学が応用されるのです。私はこの力を利用し、この星のために尽くすことを誓いましょう。このロボットこそが私の力の証明です」
ブードゥー教徒たちは喝采である。なるほど、チョロいものじゃないか、と思ったのが運の尽き。
「これは現代科学が生み出した……」と、言いかけたところで勢いを失った。ブードゥー教徒らは全員、これまでに見た事がないほどの形相で私を睨みつける。
何、が……悪かったのか…………?
「嘘言う よくない!」
とは私が声を発するより早く叫んだブードゥー教徒の言葉である。
それからは私のことなどどうでもよくなったようで、ブードゥー教徒らは皆それぞれで乱闘を始めた。
曰く、「科学は生み出すから女だ」「いや、光を当て、秩序をもたらすから男だ」云々。
ああ、教卓があったならいいのに!私はコアの無くなったファクタの後ろに極力隠れ、テクタイトを埋め込む作業をする。頬の近くを刃物が飛んだ。
ファクタの意識が戻る頃、ヴィナスが飛び交う武器も気に留めず、勇敢にも私に背を向け大きく両手を横に広げた。
そして、一気に手を叩く。
するとどうだ、ブードゥー教徒らは衝撃を受けて、服も手足もザラザラ崩れ、最後には全員土塊に変わってしまった。私はただ目を見張ることしかできない。驚く私をよそに、助けた時と同じように何事も無く振る舞うヴィナス。振り返って、私に慈愛の微笑み、献身の仕草。さて、土塊の中心にはいつからいたのかフードの男。
なぜこの長は土に還らないのだ?
「センセー」
フードの男が口を開く。聞き覚えのある声だ。顔は思い出せるが名前が出てこない。すると男はフードを剥ぐ。脳裏の人物と一致した。やはり名前は出てこない。
「マーキュリー」
男が言うまでわからなかった。そうだ、マーキュリーじゃないか。
「これはどういうことだ」
私が問いただすと、マーキュリーは即刻答える。
「どれもこれも、お前の真意を汲み取るためじゃないか」私には言っている意味がわからない。「お前、タービンを回すつもりはあるのか」
「まあな。見つかりさえすれば追々……」
「バカ言え!」
マーキュリーは急に怒鳴り出した。ただし顔はまったく、鉄仮面。
「俺たちには時間がないんだ」
「そんなこと言われたって、どこにあるんだか誰も教えてくれないんだし……」
「それもそうだ、だが……結構近いところにあると思うんだがなぁ」
マーキュリーは考えるような素振りを見せ、部屋の窓辺まで行くと回れ右をして私に向き直る。
「西は無窮の最中、それがヒントだろうな」
「どういうことだ?」
「教えてやるもんか」
マーキュリーは窓から出ていってしまった。部屋に残されたのは私と、ヴィナスとファクタ、それから大量の土塊だけだ。もう夜も遅かったし、掃除は明日にすることにして、今日はもう寝てしまおうとヴィナスに提案した。もっとも私は部屋に籠るつもりであったが。
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