二日目 夜

昨日失くしたスポーツカーを探した。運転は苦手だがそれを使わないことに長距離での探索はできなかった。しかし見つからない。スポーツカーは研究所に運ばれ、ファクタらの手によって高速車両へと変化していたからだ。これがなかなか良い。運転席の上は綺麗に磨かれたガラス張りで、かっこいい。最高速度も200kmを優に超えてくれる。その上ここは無法地帯。道も壁も法律もない。乗ってさっさと迎えてやろう。

その通り、全く世話の焼ける尼だ!

『そう思うなら行くな、行ったってどうにもなりゃしねぇぜ!』

またあの声だ。清はまた邪魔をする気らしい。

「何の用だ清!畜生、私の邪魔をするな!さもなくばぶち殺してやる!」

『できるものならやってみろ!俺は行きたくないなら行くなと言っているんだ!』

誰が行きたくないと言ったんだ、世話が焼けると思っただけじゃないか……

『…………助けに行くのか』

清が問う。当たり前じゃないか。

『何故だ』

何故って、ヴィナスは恩人であるし、仮にも一人の女であるし、美しい。それに彼女を助けられるのは私しかいない、私一人だけだ。

『勝手にしろよ』

清の意識が消えていった。観念したようだ。馬鹿め、私に楯突くのがいけないんだ。俺たちの会話をそばで聞いていたファクタはすっかり呆然としている。立ち尽くすソイツが後部座席に乗るのに流し目を送りつつ車に乗り込んだ。

シートベルトを付けると限りない高揚感を感じた。ハンドルを握るとさらに増した。ハンドルが握り返してくるようだ。あらゆる作業にも遥かな興奮が吹き上がる。アクセルを踏み潰す。もう止まらない。高速車両は轟音を鳴らし砂塵を巻き上げ颯爽と滑走する。両サイドの窓は開かせてもらった。ひとつの汚れもない完全なる風が吹き込んで前髪を揺らした。昔からこの感覚が好きだった。今や俺は500ファーレンハイトの熱を秒毎に燃焼する人間ショート回路なのだ。いや、もう人間ですらなかったかも​───────





気がついたときには全く知らない場所にいた。何も覚えていない。車を走らせてからの記憶がスッカリ抜け落ちてしまったようだ。

「ファ……ファクタァ……一体私は……」

戸惑い気味に後部座席を振り返ると小刻みに震えるファクタが見える。その手で押さえられた左耳を見ると半分ほどバッキリと折れていた。うーん、悪いことをした。

私の運転は荒いらしい。かつて友人もそう言っていた。友人の車を廃車に追いやったことは多いが記憶が飛んだのは初めてだ​。というのもやっぱり清の仕業なのか​─────そういえば、友人はどうしているのだろう​───

「博士」

ファクタはお怒りだ。

「ああ、後で直してやるから……」

と言いつつ辺りを見回すと近くには峡谷がある。砂漠には少し影が落ちていた。日は高くなったものの、夜はもうすぐだ。その中で、峡谷では緑がかった光を放ち空を照らしている。あれだろうか。

「行こうファクタ」

「もちろんです!でもどうやって」

「突破だ!」

ファクタの反論を待たずして俺の手は加速装置を彩り、足は鍵盤を叩くようにギアスを踏み鳴らし、そして峡谷の端のギリギリまで車を沿わせると一気にハンドルを切り​────峡谷の壁を走った。​─────もっともそれはほとんど真っ逆さまに落ちていたのに近かったのだが。

大破しなかったのが奇跡でしかない。車はタイヤ四つを下にして着地した。体がビリビリする。這い出るようにして車から降りると峡谷の奥には光源がある。

それは黒い檻越しにいるようだ。さらにはその光源の中心も黒い。なるほど、ヴィナスだ。どうやらヴィナスは光り輝くなんらかに覆われている。檻の周辺には色黒の人間が少なからずおり、現地の者かと考えた次第であるが、出で立ちは恐らくブードゥー教徒。私はそのうちの一人をつかまえて問おうとしたのだが、「その方、これは一体何をするか」と言うまでもなく首筋にカミソリと思しき刃物を突き立てられた。さて、私が刃物に黙っているうち、その色黒の男が聞き取れない言葉を叫ぶと辺り一帯にいた人型共が一斉に私に襲いかかってきた。手にはそれぞれ鈍器から鋭利な何か、武器ともないものを握り締めている。もう助からないと思ったその時。

ヴィナスが突如として電撃を放った。

きっとあれがヴィーナスを覆っていた光なのだ。電気のようなものはヴィナスから発生していて、その通り、ヴィナスは光源だったわけだ。

青白い雷光が私たちの足元を走り抜けるとブードゥー教徒らは飛び上がって痙攣する。なんとか命は助かった。私も電撃を食らって飛び上がり、カミソリが刺さりかけたこと以外には。

体力のない私がまだしばらく地上に横たわっているのをよそに、ブードゥー教徒は檻に駆け出す。檻の中でいまだヴィナスは雷鳴を轟かす。ブードゥー教徒らは走るごと倒れる。その目には憤りではなく恐怖の色が感じられる。ともかく、なにかこの状況を脱出する方法はないのか?逃げる以外でだ!

唖然とするファクタを見やる。─​─────​テクタイト!

「ファクタ!まさかとは思うが、テクタイトから生成された弓矢はなんらか威力を増していたりはしないね?」

「はぁ……するかもしれませんけど、それが何か」

「出せ!」

急に言われたって……とぼやきながらもファクタはしばらく口から弓矢を吐いた。火器のがいいかもしれないな。しかし私は硝煙アレルギーなのだ。症状が出ちゃあ照準がズレる。それにアーチェリーは高校の時に少しばかりやっていた。いける!

黒光りするシンプルなシルエットに手を掛けて一気に引いてはしなやかに矢を放つ。鏃は白い炎を纏い一人の男を射抜く。炎は比喩ではなく男を白く染め上げ、アッサリと燃してしまった。

何…………殺した……?

罪の恐怖に怯えていると、男はサラサラと崩れ落ち、一塊の土に変わってしまった。恐怖する余裕はない。他にも人型共はこちらへ走ってくる。だがこれでは埒が明かない……と思うと、檻の端がガタガタと鳴くのを聞いた。私は檻の両端に素早く矢を放つと思惑通り、檻の蓋はゴトリと音立てて倒れた。不吉の音に耳を疑うブードゥー教徒らは全員が揃いて振り返り、光源に恐れおののく。

「静粛に在れ也、土塊共」

ブードゥー教徒の中心に立つ者が甲高い声を出す。ローブを纏った小柄な男である。

「逆らうべからず、人の子に付く有」

ローブの男が歪んだ古語でそう言うと、ブードゥー教徒らは武器を捨てて私にゆっくりと近寄る。慌てて身構えるが今度は何もしてこない。

さて、光源​─────ヴィナスといえば、光り輝く様子も無く、ただ今朝のように笑っている限りである。

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