二日目 昼
「うわ……こんなになるのか……」
石に従って家に入るなりその構造に圧倒された。ほんの数時間しか離れていないのに既にいくつもの部屋が規則正しく並んでいる。
「こちらが寝室です。そしてここが蓮さんの研究室。インターネット回線も完備しております」
「インターネットを知っているのか……?」
この星にはネットワークがある?─────いや今はそんなことを気にしている場合ではないな。
「お前の部屋は?」
「ございません。夜は寝室で眠り、昼は活動するだけです」
───────なんと悲しい人生だろう。
私は静かな憐憫の情を感じた。私が助けてやらねばならない───────
「そうだ、昨日の」
「ええ」
「昨日の夜私に渡した鉱石があるだろう。さっき外へ出たとき集めてきたのだが、これは何かわかるか?」
結晶を摘んで見せる。
「ええ。テクタイトです」
「テクタイト?」
テクタイトとは隕石落下の際に大気中の物質が固まったものだったと記憶している。こんなに輝く結晶になるはずはない。
「何か、勘違いしているんじゃないか?」
「いえ、この星ではそれをテクタイトと呼びます」
「これは何で出来ている?」
「わかりませんよ。少なくとも、蓮さんに説明したところで理解しませんでしょう」
非常に腹が立った。私に理解できないというのか。この秀才に?
「何がなんでも聞いてやろう」と凄む。
「わかりました」さっきからこの女は静かな微笑みを湛えただけで、表情ひとつ崩さない。
「それは……日光の結晶ですよ」
───────?────────
「……なんのこっちゃ?」
「そのままですけど」
「馬鹿め、光エネルギーが物質化するとは」
「なんと実現するんです」
「……えっと、こんなに黒いのに?」
「ええ、だからです」
「…………………」
これでは埒が明かないとその場を離れて研究室へ籠る。まったくアレには悩まされる。私をからかっているようにしか思えない。どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだ、この星の人間は!
まあ、良い。研究室は構成してくれたのだ、有難く使わせてもらおうか。早速─────どうやって創造したのかは知らないが─────パソコンの電源を入れて検索─────まずはこの星、「BLUE LIMBO」について。
「ない」
全く無い。
やっぱりこんな星無いんじゃないか?
わかった、これはそういう……テレビ番組か何かの企画で、それでやはりここは地球なのだろう。ははあ、やはりあの女は私を騙している。クソ、善良な一般人を巻き込みやがって。
ふと目の端に映る。この生き物は何か?
白くてふわふわ、耳は長い。対して目は黒、足もまた長い。
何か?まづ、調べる。画像検索。
「……………ウサギ」
名は聞いていた。見たこともある。昔から好きだったような、触れたこともあるような……だが名と体は結びつかない。私は学生生活を棒に振っていた気がする。もっとも棒は振っていないが。
率直に言うと可愛くて仕方が無い。さて、技術者の私が次にすることは何か?
「作ろう」
何を思ったか、私はする当てもないのに似たものを作ることにした。この危機の中でなんて呑気な、って?この程度の気楽もなければやってられるかって。機材の収集には、やはりあの女を使うしかない。正直不本意だが……
「ヴィナス」
「はい」
「長い耳と足、目は黒くて飛び跳ねるものはなんだ?」
「タスマニアデビル?」
「全然違うだろう……」
イヤ、ここまでは聞いただけだ。
「ウサギだ、ヴィナス」
「ええ、それがどうなさりました?」
なんだか反応に肩透かしを食らったような気がしつつも答える。
「作ろうと思うんだよ、ウサギを」
「欲しいのであれば出しますけど」と自分の手を握ったところからウサギのものらしき耳を引きずり出そうとする。私はそれを急ぎで止めなければならなかった。理由は簡単。
「必要ない、アレルギーなんだ」と鼻を啜ってみせる。
「では、私にどうされたいのですか?」
いやに皮肉めいた喋り方をする。私に恥をかかせるつもりか……仕方ない。
「……機材を出してくれ」
「わかりました」と二つ返事で研究室へ入る。
───────どうした蓮、何をこんな女に恥じることがある───お前はただ傲慢で威圧的な態度を保持していればいいだけなのに────謙虚な人間でもないのに、何をそんなに怯える!
ヴィナスを頼るのはプライドに反する。
たった数分程度でヴィナスが部屋から出てきた。それはもう『できましたよ』と言わんばかりに。本当に言う前に部屋へ駆け込む。
───────完璧だ!
部屋に入った瞬間、驚くような興奮が押し寄せた。
早速作業へ取り掛かる。設計図?計画?今やもう無い!何故か?ああ、ヴィナスの所為だというなら私も全て説明がついたろう!
さて、本当にヴィナスにはそのような力があるらしく、本来数年かかるだろうこの騒ぎは日暮れで済んだ。
「ハッ……完成だ!」
一仕事終えて吐いた息の吹き掛かる先には、横に長い耳を楕円形の輪郭に鎮座させるウサギを模したロボットがある。
「あら、かわいいですね」
「ヒッ!……あ、ああ、そうだろう」
自分が『かわいい』と言われたのかと思ってしまった……馬鹿な、なぜそんな勘違いをしたんだ!
「でもなんだか……ウサギとは似てませんよね?」
「ア……」
確かに垂れ下がった長い耳は厚みがあるし、ロップイヤーを模したにしても何よりこいつは二足歩行なのだ。……似てない。イヤ、自分の作品に難癖つけるのは良くないな───
「名前はあるのですか?」
「……あっ!」すっかり忘れていた!そうだ、コレは────古きインターネットの名を────実際には───────
「……AMIGA-B-LIMBO-001-F」
「うーん……」
マズイ、不安だ。
「もっと呼びやすい名前にしては?」
「しかしこれは……」
「蓮さんさっき言った名前覚えてます?」
「A……」
「ほら……もっと簡単な……」
簡単な────じゃあなんだ、Fからとろうか?───
「F、F…Fact……Factory……Fumble……Factor……あっ、ファクタ……」
「まあ、いい名前ですね!早速呼んであげてください!」
今思えば、何故ファクタなどという名前を付けたのだろう。「〜太」という語呂に合わせたのだろうか?
しかしロボットの名を呼ぶなんて変だ……
「……ファクタ」
「はい!」
「ヒェーッ!?」
呼ぶと同時にソレが答えた。さて私は答えたと同時に腰を抜かしてしまった。横ではヴィナスが見ているというのに、これ程自分を情けなく感じたことはない……
ヴィナスに手を引かれてなんとか立ち上がれた。尚更情けない……
「ソレ」と会話を試みる。
「えー……っと、ファクタ?」
「なんです?」
「何故お前は対話が出来るのかわかるか?」
「博士が作ってくれたからでしょ?」
「そういうことではない、それに私は博士じゃないんだ」
博士じゃないというのは事実だ。だって私は博士号習得経路を通っていない。
「僕を作ったって事実だけで博士なんですよ、博士!……そうだ博士!なにか手伝えることってないですか?」
「そうだな……」
─────実を言うと、私はこのロボットにテクタイトを埋め込んでいる。突然喋り出すのも、その恩恵と言われれば納得したかもしれない─────
「……卵を」
「本当にそんなんでいいんですか?」
と、ファクタは当然の如く卵を取り出した。
……やはりテクタイトか。
私はこのロボットを量産することにした。これから長い付き合いになるのなら、数十体程度は必要になるだろうと考えたからだ。そこで一時的に量産機を造って、部屋に取り付ける。この作業がほんの一時間で済むなんて思わなんだ。材料はどこから来るか?テクタイトは足りるか?勿論ヴィナスに頼るに限る。不可解な事象はなんでもヴィナスだといえばその通りなのだが。
腹の減ってきたのを考えるに、今は昼にあたるだろうと思う。そこでひとつ提案する。
「ヴィナス、野外研究に行かないか」
「ええ、もちろん」
野外研究────外界の植物などを採取して土壌を観察するものだが────この星にはいかんせん植物がないため、せめて動物だけでも発見できないかと思ったのだ。
それが何故空腹に繋がるか?
恐らく私は軽いピクニックも兼ねようとしたのだと思う。
さて、私とヴィナスはまるで登山にでも行くような格好をして─────もっともそんな格好をしていたのは私だけだったが─────研究所を出るのだ。
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