二日目 朝

強い日差しで目を覚ました。また今日も石の上だ。腐臭はなお強くなってきてどこを向いても鼻をつく中、ほのかに血の匂いがする。

ああ、昨日のことだ。思い返すと胸は痛むのに、なぜだか少し心地良し。後悔してないわけじゃない。ただ私のせいではあるまいに​─────

起きようとすると急に腰が痛み出して思わず後頭部を石に叩きつけた。とても痛い。なにもかもこの石のベッドのせいだ。畜生。

「ヴィナス!おいヴィナス、いるか?」

「はい」とヴィナスは戸を開けて顔を出した。

思えばこの家は一部屋しかなく、戸の外はまったくの砂漠なのだ。この星を救うのにいくつ掛かるかわからないというのに、ここでは何日も過ごせまい。

「お前は、なんでも、出せるのだったな」

「ハイ、勿論です」

「では、なんでも消すことは」

「ハイ、可能です」

ベッドを変えてもらうだけのつもりだったが、私はヴィナスにこう言った。

「家を改修しろ。私に広い研究所を与えよ。星の救世主のためなら、それくらいお前には簡単だろう」

さすがにそんなことは無理だろうと考えていたのだが、「ええ、その通りです。早速取り掛かりましょう」とヴィナスは早々に壁に指を伝わせてヒビを埋めていった。

「あっ、ヴィナス、部屋の数なんだが」

「いえ、任せておいてください。蓮さんは外の空気でも吸ってらっしゃいな」

「ああ……」

言われるままに外に出されてしまった。こんな砂だらけの場所で何を吸うものがあろうか。それにしてもこの砂は、本当に地球と同じものなのだろうか?家から少し離れたところまで歩き、そこの砂を漁った。

手に乗せて見る。まったく地球と変わらない。ある部分を除いては​─────時折、小さな黒い欠片を見つける。それだけなら地球でも見たろう。しかしそれは、恐ろしいほど黒く澄んで、異常な妖気を発している。これが昨晩拾った結晶と同じだというのは一目瞭然であった。研究したいがため、見つける度につまんで集めてポケットへ。この、カスタードクリームを粒子に分離させたような砂浜には、大きなこれの結晶があるのではないかとまた漁る。ヴィナスに頼めばよいのかもしれないが、彼女は今は忙しい。自分のすることなど向こうよりは遥かに楽だ。​​─────多少腰は痛んだが、まあ大丈夫だ。

指先にツイと硬いものが当たった。掘り出すと出てきたのは、まさに、黒い鉱物!実に8面体、全長は10cmほどで手に収まる。これだけあるなら完璧だ。

澄んだ綺麗な石である。近くでなければ向こう側は見えないが、その中心では真っ黒いブラックホールを形成したような「核」が渦巻いている。妖気は健在だ。近づくほどに向こう側の世は黒く染まり、厳格な炎の匂いが漂い、さらに近くではブーンという音がした。全てはこの石の成すことか。既に、科学の理念は圧縮されつつあった。

さて、目的は果たしたのだ。改修はどれほどだろうか。家へ帰ろう、と思ったはよいが、すっかり遠くまで来てしまって家がどこだかわからない。辺りを見回しても砂、砂、砂だらけだ。私は方向音痴だったか、畜生。


次に家に帰りたいと思った時には家の前である。

急すぎてよくわからないかもしれないが、家の前で立ちすくんでいた。何故か?

問いを思った矢先に手に握りしめた石が、まるで自分だと応えるように光る。この場合科学などは捨ててしまう方が良いのだろうか。ヴィナスほどの威力はないにしても、物体を出現させることは可能だろうか。

「卵」

石が一瞬光って変化するに……ほら出てきた。お前はいつも卵だ。投げて割った中から出てきたのは、黄身ではなくまたこの石。便利だ。

石を覗いて空を見上げる。陽は隠れてまるで雨雲。と、陽の近くを飛ぶものを見た。そのイカロスはこちらに向かっているらしく、地表から約6m程でそれが人だとわかった。

「やあ蓮さん!」

「誰でしたっけ?」

「俺ですよ、マーズです!」

私はなかなか人の名前を覚えない。言われて初めて、昨日の男だと気がついた。

マーズは黒く巨大な羽を畳んでこちらに近づいた。内心驚愕だ。

「何か用ですか?」

「あなたの助手をください!」

「は?」

「ですから……」そうではないのだ。いきなり来て何を言い出すかと思えばこの男は。たった一日会った女に惚れるのか、馬鹿は。……私が馬鹿だと。そうか。

「それにしてもマーズさん、貴方は何をされていたんですか?」

「俺はさっき魂を刈って送って帰ってきたところだったんです」

「魂を?」

「ええ。俺は西洋で云う、死神って奴ですからね。家はこことは別にあるんですが」

「はあ…………ええっと、魂を刈ると言いましたね……この星ではいくつの魂を刈れましたか?」

死神が実在するなどとは考えられないが、今はそうも言っていられない。ひとつ、科学の発展のためには信用するしかないのだ。

「この星の魂……」マーズはしばらく考える素振りをしてから言った。

「ここ100年ではほとんどない、ですね。それより前ではいくつかあったのだけど。丁度昨日2人死んだだけで……」

「そうですか……ありがとうございます」

「いえいいんです!……でも助手さんは……どうしても、頂けないんでしょうか?場合によってはあなたを犠牲にすることもできるんですけど」

「ダメ、です」

そう……とマーズはやはり悲しげに空に昇っていった。


困ったものだ!それが本当ならば、タービンが100年以上前から回っていないことは確かだ。油を注さないとな……と思った直後、あることに気がついてしまった。

では​─────あの女は​見たところ20歳そこらだが───親もないなら一体どこから​?─────本当はいくつなのか?​────

石は応えてはくれなかった。代わりに手から滑り落ち、家の戸まで転がっていった。

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