ホピの淵

「あら……寝ちゃったみたい」

ヴィーナスは泣きつく蓮を抱き支えているうちに、耳元で寝息が聞こえるのに気がついたので、家に戻ろうと蓮を担いだ。部屋には電灯などなかったから、ヴィーナスはどこからともなく電灯を現して天井から吊るした。蓮を石のベッドに寝かし、自分は再び外へ出かけていった。


蓮がさっき言おうとしたことは、言わずともわかっている。なぜなら彼女は神の創造物だからだ。ヴィーナスがサイキッカーのように人の心を読めるのも、物を出すことも動かすこともできるのは、エスパーだからということではなく、彼女が神の手によって作られたからなのだ。

この遥かなBLUE LIMBOの星は、何千年という昔から、いつこの星が滅ぶのか予言されてきた。BLUE LIMBOの人々は、それに対して怖れるわけでもなく、対策を練るでもなく、それは神によって決められたことだからと受け入れていた。

そしてヴィーナスは、この星のつかの間の繁栄のために原始からここへ配属された。5億年というBLUE LIMBOの歴史を、生きるとも死ぬともない状態で見ていた。彼女はただ普通の地球人のように生きてきたのではない。彼女は、星の繁栄の為に創造された「永久生殖機」という顔を持っている。神の遺伝子の保存により、ヴィーナスは同じ意識のまま幾度も姿を変えてこの世のあらゆる生物・植物と交尾を行い、相手の死を見届けた次の日に死ぬことで永久に生きていた。生態系の繁栄のためには人間のように一対一で番になるようなことはなく、仮に子育てをしている間でも別のオスと性行為を行うことは常識的だった。

ただしすべての言動はヴィーナス自身の意思によって行われない。彼女は神が生態系の潤滑化のために作ったものであったから、欲求も感情も、ましてや性感もないし、本能に至っては人に従うように仕組まれている。先ほどの能力も、元は番のオスを繁殖行動に移させるための求愛行動に過ぎない。

そうして最後まで繁殖を行わなかったのが、「ヒト」である。ヒトは他の原始的生物よりも性交に及ぶまでが困難だ。だがそれから先は繁殖するだけなら全く単純だ。

ヴィーナスの見た目は、必ず神の予言するオスに愛される見た目として作られる。彼女の澄んだ瞳も艶やかな髪も豊穣の胸も、すべてあの男の為に構成されたのだ。

愛はいつだって見た目からだ。

さてあの男、蓮はこの星を救ってくれるのだろうか​────ヴィーナスは思いつめて今夜もあの場所へ出かけるのだ。

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