第14話風に消えないで
「注文、一件取れました!」
会社に戻って声高に報告すると、一瞬社内の時間が止まったように静まり返った。
「え、あ……マジ?」
「はい!」
信じられないと言う顔でこちらを見る笹山さんに、元気に答える。
今なら俺に謝りに行かせた理由も分かる。
それは、研修でもなんでもないただの尻拭いだったのだ。
だから笹山さんとしては俺がこっぴどくお叱りを受けて落ち込んで帰ってくると思っていたのだろう。
「あちらの課長さんがいい人で……」
「あー、安藤さんでしょ?」
「え? 佐藤さんですよ?」
「ああ、そう…………」
それきり先輩は黙りこくってしまった。
ちらっと女性社員の方を見ると、あからさまに顔には出さないが机の下で小さく拍手してくれていた。
「お、注文取れたかい?」
「部長! はい、一件頂きました!」
「おめでとう。そしたらもう、研修はおしまいでいい。よく頑張ったな」
「……ありがとうございます!」
「それと……」
俺に向けた笑顔をひっこめると、部長は冷たい視線で笹山さんを見やった。
「分かってるね?」
「はい……」
もはやいつもの軽い感じはどこへやら、がっくりと肩をおろし、そのまま部長について部屋を出ていく。
扉が閉まるのを確認すると、わっというように社員たちが押し寄せてきた。
「すごいな! ピンチをチャンスに変える、を見せてくれたな!」
「おめでとう! 笹山さんに打ち勝ったのは高橋君が初めてだよ!」
口々に言う社員に、俺は戸惑う。
「一か月、ずっと頑張ってたもんね高橋君」
「あ、ありがとうございます」
女性社員の言葉に、そう言えば一か月たったのかと気付かされる。
早く立派にならなきゃと、これ以上サオリを失望させたくないと必死だった。
残業して、家でも商品の勉強して。昼休みを削ったこともある。
でもこれは、頑張ってこれたのは全部サオリのお陰なんだ。
――サオリがいなきゃ、ここまで頑張れなかった。
眠いとか、仕事に行くのが億劫に感じる朝もあるけど、そんな時はいつもサオリを思い出す。
どうしようもない俺を養うために必死で働いてくれていたサオリのことを。
泣き言一つ言わずに生きてくれたサオリのことを。
『いってきます』
『ただいま』
朝行くときと、夜帰ってきた時の何気ない言葉。
それでもサオリがこの言葉を言わない日はなかった。
例え俺が寝ていたりして返さなくても言ってくれていたはずだ。
もっとちゃんと、俺も返せばよかった。
「今日、定時で上がってもいいですか?」
「いいよいいよ!」
「高橋君おめでとう!」
この日、猛スピードで仕事をこなし定時のチャイムとともに会社を出た。
急いで電車に乗って、交差点に向かおう。
サオリに会うために。研修を終えたことを、初めて注文を取れたことを。
これからも、気を抜かずに頑張ることを。
今の気持ちを、風にかき消されないように。
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